「言葉」によせて
毎日新聞No.11 【平成10年8月20日発行】
~「経済」へ果敢な決断を期待~
「経済再生内閣」を旗印に小渕内閣がスタートし、蔵相には宮沢元総理を 起用した。小渕総理は早稲田大学の雄弁会出身であり、宮沢元総理は英語が達者 なことで知られている。昔から日本では、「沈黙は金」とか「巧言令色鮮し仁」 というように言葉に対する評価はあまり高くないが、為替レートがアメリカの要 人の発言に機敏に反応するように、世界的にみると「言葉」の果たす役割は大きい。
ルナールの博物誌には、次のような優美な一節がある。「蝶-二つ折りの 恋文が、花の番地を捜している」。また、お堅いはずの辞書も最近はかなり事情 が違うようで、三省堂の新明解国語辞典で「恋愛」を引くと次のようになっている。
「恋愛-特定の異性に特別の愛情をいだき、高揚した気分で、2人だけで一 緒にいたい、精神的な一体感を分かち合いたい、出来るなら肉体的な一体感も得た いと願いながら、常にはかなえられないで、やるせない思いに駆られたり、まれに かなえられて歓喜したりする状態に身を置くこと」。ところが、同じ辞典でもビア スの悪魔の辞典となると、かなり表現も手厳しくなる。「経済-とても買う余裕の ない牝牛一頭分の値段で、要りもしないウィスキー一樽を買いこむこと」。
ソ連崩壊後における世界共通の言葉は「数字」すなわち「経済」である。 アジア各国の通貨下落は、諸指標の示す経済状況の悪化を投機筋に読み込まれた 結果であり、また最近の日本の金融機関に対しては、デリバティブと呼ばれる高 度な数学技術に対するノウハウの不足が指摘されている。言葉という面に非常に たけている先のお二方には、世界共通の言語「経済」に対する深い理解と、果敢 な決断を期待したい。「経済-経国済民、つまり国を治め人民の生活苦を救う意」 (新明解国語辞典から)。
(山梨総合研究所主任研究員・廣瀬久文)