一瞬にかける熱意


毎日新聞No.18 【平成10年10月22日発行】

~スチール写真へのこだわり~

 ひと月ほど前、富士吉田市内でプロの動物写真家として活躍している 中川雄三さんにお会いした。 中川さんは動物写真のグランプリ賞をとった方である。

  その中川さんから、「狙う動物はいつ来るか分からない。待つ間は 苦にならないが、シャッターを押す瞬間にすごい重圧を感じる」という話を 聞いた。その時、「私にもそのような経験があった」と思った。
高校1年に なりたての頃、長姉からもらったカメラは私に眠れない興奮をもたらした。すぐさま写真部の門をたたいて入部する。写真部ではフィルムは個人持ちだ が、現像から焼き付けまで部の予算でできた。もちろんモノクロ写真である。 ファインダーをのぞくと緊張し、世の中が情報という宝の山に見えた。そのうちに秋の学園祭の準備となり、1年生も作品が出せるという。そこで被写 体をわが家の猫に決めた。
そして、「夕暮れに南アルプスを望む」と題した 逆光の猫をとらえた。まあまあの作品であった。3年生になって部長に推薦 され、高校写真連盟の撮影会に参加してショックを受けるまで、私はその固 定レンズの安物カメラを愛用した。撮影会で受けたショックとは、他校の生徒 のほとんどが望遠レンズや広角レンズを駆使していたのである。それから大学 に進学して東京に出た私は、あれほど愛したカメラを山梨に置き去りにする。 就職してから新しいカメラを購入し、欲しかった135ミリの望遠レンズも 買った。そのカメラも重いからと、いつしかコンパクトカメラを多用していた。 そしてデジタルカメラが欲しくなった。
 日を改め、中川さんからデジタルカメラの話を聞いた。中川さんは、 「スチール写真へのこだわりはある。それは私の感性の問題だ。デジタルには 保存、使いまわし、合成、加工、その場からの伝達、現像液不用などメリット は多い。いつかデジタルカメラで撮影した画質もスチール写真に近づくと思う が、今はデジタルカメラのファインダーに、あの一瞬の熱意が持てない」と言った。

 新しいものを追い、簡単に愛したものを見捨てた自分が恥ずかしかった。

 環境問題にも取り組んでいる中川さんは、11月4日に山梨学院大学で 開かれる山梨総合研究所開所記念フォーラムで「地域価値を創造する人々」と して出演される。

(山梨総合研究所 主任研究員 向山 建生)