「徒歩10分」のまちづくり


毎日新聞No.22 【平成10年12月3日発行】

~「遠さ」も逆手に取れば・・・~

 以前「おしん」や「銀山温泉」で有名な山形県尾花沢市を訪れたときのことである。のんびりした田園風景を楽しみながら散策していると、「○○湖まで徒歩3時間30分、○○駅まで徒歩4時間」という案内板が目についた。はじめは冗談かと思ったが、あちこちにそのような案内板があるところをみると、どうやら本気らしい。「そのくらい時間をかけて、おらが町を見てほしい」という気構えと納得してしまった。
 ほんのちょっとの気持ちで歩き出したつもりが、結局1時間以上も坂道をたどってしまったのが、広島県の尾道である。家と家とのすき間みたいな坂道を上っていくと、急に瀬戸内の海が開けたり、また風格のある寺院に出くわしたりする。時間の谷間に迷い込んだような気持ちであった。

 振り返ってわが山梨をみると、ミレーの美術館にしても武田神社にしても、あまり歩くということをしない。目的地のすぐそばに駐車場がある。以前、県民文化ホールの駐車場不足が大いに話題になったが、ゆっくり歩いて10分くらいの所に駐車場があってもいいのではないだろうか?

 その間の歩道を整備し、楽しく往来できるようにすることで、「遠い」という欠点を克服し、逆にまちづくりの軸とすることが可能であろう。東京ディズニーランドや東京ドームにしても駅から少々歩くところにある。そこを歩く時間が、日常生活からテーマパークという異次元空間にワープしていく、つまり、気持ちを切り替えるために効果があると言われている。

 パークアンド・バスライドの実験など、交通混雑を緩和するための研究が盛んである。「ゆっくり歩いて10分」は、通勤・通学などの急がしい時間帯では、ほぼ5分くらいであろう。朝の「5分」という時間は貴重であるが、健康管理の意味も込めて、駅からそのくらいのところに駐車場を借りてみてはどうか?

 また、行政がそのような視点を取り入れることも考えられよう。案外そのような日常の積み重ねが、中心商店街の復活に結びつくのかも知れない。

(財団法人山梨総合研究所主任研究員・廣瀬久文)