「ユーロ」誕生の意味
毎日新聞No.27 【平成11年2月4日発行】
~地方分権の主役は地方~
不可能といわれた欧州通貨統合がこの新年、1月1日に始まった。欧州連合(EU)では、経済統合という今世紀最後の最大事業が単一通貨「ユーロ」の誕生とともに最終段階を迎えている。その一方で、政治統合という新たな第一歩を踏み出すことになった。
EUは、経済・通貨統合と、外交・安全保障政策の共通化や欧州市民権の導入などによる政治統合を規定したマーストリヒト条約(欧州連合条約)によって、EC(欧州共同体)を改称する形で1993年にスタートした。
政治的には連邦制ではない連合(経済的連邦制)を目指すEUは、この条約により、個々の加盟国が持つ権限と連合が持つ権限を区別し、責任範囲を明確にしている。その基本的な考え方がサブシディアリティー(補完性の原則)である。これは、「上位の統治機関の機能は可能な限り制限され、下位の統治機関の機能を補完しなければならない」という原則であり、権限の分担を意味している。
すなわち、政策の対象範囲の必然性と実行効率性から、下位の政府レベルよりも上位の政府レベルで実践した方が最適である政策分野だけを上位のレベルに引き上げるというものであり、市民→市町村→県・州→国→共同体(EU)という段階の中で、それぞれの政策に最も適した政策実施機関が決定されるというものである。
補完性の原則は、もともと異なる地域社会の連合体であり、地方主義が強い欧州では古くからある概念であるが、EUでは集権的な超国家にならないようにする歯止めの原理として導入されている。
さて、我が国における地方分権はどうであろうか。総論から各論へと進み、合併などの受け皿論議や行政権限配分を中心とした論議が行われているが、だれのための分権かが見えなくなりつつある。
補完性の原則は、個人や身近な共同体の自発性を尊重し、下から上へのアプローチを保証した原則である。ヨーロッパの人々は、共同体を創るにあたってこうした基本原則をまず決め、それぞれの地域の市民であると同時に欧州市民でもある道を選んだ。
国から地方への権限委譲という手段による地方分権化を目指す我が国には、経済政治統合により新世界秩序の主役を目指すEUのような基本原則がまだ見えない。地方分権の精神となる基本原則を、分権の主役である地方からそろそろ発信する時である。
(財団法人山梨総合研究所主任研究員・窪田洋二)