大円形劇場都市」のあり方
毎日新聞No.67 【平成12年 3月1日発行】
~ハワードに学ぼう~
「甲府盆地は大円形劇場ですね」。NHKの元チーフプロデューサーHさんの印象である。甲斐駒、南アルプス、御坂山系と富士山、そして秩父連峰。扇のように広がるこの大パノラマはまさにコロシアムというにふさわしい。先日、ある大手企業の役員をされている東京のAさんから手紙が届いた「小さな農園のある生活をしたい。山梨の里山あたりに見つけてくれないか…」と。
これまでわれわれは、アメリカ型の生活スタイルを豊かさの象徴としてきた。しかし、一人当たり二酸化炭素排出量は炭素換算にすると5.3トンと日本の倍以上であり、もはやそこに未来を見いだすことはできない。次世紀をいかに生きるか。生活のありようや新しい価値観が求められているといえよう。
さて、田園都市の概念を提唱したイギリスのエベネザー・ハワード(1850~1928)が「明日の田園都市」を著してから100年になる。当時のイギリスは、産業革命によって拡大した産業資本中心から世界市場を視野に入れた金融資本中心へと移行する時代であり、穀物法の廃止などによって国内は大不況に見舞われていた。都市はスラム化し、失業、犯罪、コレラのまん延などに悩まされていた。今日の日本にも共通するところが多いのではないだろうか。
そうした中で、彼は大都市の郊外に田園都市建設を提唱する。「都市と田園の結婚」というそのイメージは、一つは土地問題。有志が金を出し合い田園都市株式会社を作り、土地を小さく分割しない、農地は市街地予備軍にしない。もう一つは、コミュニティーづくり。人口3万2000人の小都市で職住が近接する安心で快適な生活を送れる都市づくりであった。それは美しい景観、広い猟園、森や林やせせらぎを社会資本としてとらえた試みであり、レッチワースやウエルウインという田園都市として結実していく。そして、この計画が今日の美しい英国を造りあげ、近代都市計画、地域計画の原点となったのである。
ところで山梨の里山には大勢の芸術家が移り住み、彼らにとっては既に緑豊かな理想郷である。まもなく我々の価値観も経済や物質のじゅ縛から解き放たれるときがくるだろう。”大円形劇場都市”とイメージされる山梨の時代がすぐそこまできているのではないか。
その時、どんな地域が、どんな都市が、どんな町が光り輝き、どんな生活のありようが選択されるのだろうか。ハワードの意味を改めて問わねばならない。
(山梨総合研究所専務理事・早川 源)