自己実現を目指そう


毎日新聞No.80 【平成12年 7月19日発行】

~21世紀の「幸せ」とはいったい何か~

 ご存じだと思うが、山梨県の総合計画は「幸住県計画」という。今年4月から「幸せに住む県」山梨で暮らすことになった私にとって、この名前は何とも心地よい響きだ。が、果たして私たちにとって「幸せ」とは、いったい何だろうか?
 心理学者A・マズローによると、人間は彼が示した4段階の「人間の欲求の階層」に従って発達するとされる。この中で「幸せ」とは、各段階における人々の欲求が満たされている状態だろう。しかし、いったんそれが満たされると、人間はさらに高い階層へと上っていくと考えられる。
 20世紀の日本人が抱く幸福感の変化を振り返ってみると、この4段階が当てはまるように思える。底辺の段階である「生存」への欲求に直面する状況は、おそらく戦争体験であろう。1950年代の特需景気から60年代の高度経済成長に移行するにつれて、人々は生存への欲求を満たし、新たな段階である「帰属」に対する欲求へとシフトしてきた。60年代の東京五輪や大阪万博は、日本人にとって我が国の復興の象徴であった。労働環境では、終身雇用、年功序列によって会社に対する帰属意識を強めることにより、世界に類をみない経済成長を遂げた。日常生活においても、60年代の「三種の神器」や70年代の「3C」を、目指すべき生活水準としてとらえてきた。
 しかし、このような帰属意識を満たすことによって、人々は目立ちたい、有名になりたい、成功したいといった「自尊心」への強い欲求が目覚めてきた。「差別化」や「多様性」という言葉に代表されるように、こうした欲求が20世紀の終わりに至る今日まで、個人の欲求の中心的なテーマであると考えられる。しかしながら、この欲求は必ずしも個人のライフコースの広がりを表しているだけではなく、むしろ個人の反社会的な行為を通して自己を表現しようとする、現代社会のゆがんだ一面を映し出しているとも言える。
 さて、このような混とんとした現状から脱出して、21世紀における幸せの方向性は、欲求の最高位である「自己実現」を目指すべきであろう。山梨の豊かな自然を大切にしながら、これから私たちは、生活や仕事の場で、どのような「自己実現」が可能であるかを考えてみることが必要であろう。

(山梨総合研究所主任研究員・佐藤文昭)