富士を世界遺産に
毎日新聞No.89 【平成12年11月 8日発行】
~ラスキンの思想、今こそ~
「21世紀の富士山を考える」と題して、富士吉田市制施行50周年記念シンポジウムが10月1日、日経連富士研修所で開かれた。宮下啓三・慶大教授の「富士山とアルプス、富士吉田市とシャモニーを結ぶ糸」と題する講演に続いて、パネルディスカッションに入った。パネリストは松田義幸・実践女子大教授、犬塚潤一郎・リベラルアーツ研究所代表、星野芳三・市文化財審議会会長、それに山梨県庁の手塚伸氏、富士山歴史の道を守る会の山地重廣氏と私が加わった。
富士浅間神社からはじまる歴史の道「吉田登山道」を復活させ、富士山を世界遺産にしたい。そんな議論の中で、英国の思想家J・ラスキンに話は及んだ。ラスキンが生きた19世紀末の英国は産業革命の真っただ中で、環境悪化や都市への人口集中による問題に悩んでおり、今日の日本に似通った時代であった。イングランドで最も素晴らしい景色に恵まれている湖水地方、そのブラントウッドにラスキンの家は建っているが、なぜそこが「知性の発電機」といわれるのか。また、ワーズワースが詩作にふけり、ピーター・ラビットの作者ポターが生まれ、ナショナル・トラストが誕生したのだろうか。
志賀高原東館山山頂に「山は万人共有の財産である。山岳は、思うに人類のために建てられた学堂であり伽藍である。学徒のためには典籍の宝庫となり、勤労者には素朴な教訓を示す。思索家のためには静かな僧庵となり、礼拝者のためには神聖な栄光となる�」というラスキンの碑が建っている。自然に対する畏敬と敬愛の念、自然が創造、創作の宝庫であることを余すところなく語っている。
我々は、富士をみて暮らすことの豊かさをどれほど認識しているであろうか。自然を見つめることは己を見つめること、そこに詩が生まれ、俳句、童話、小説、絵画、音楽やオペラ、演劇が生まれる。まさにネーチャーライテングの世界が広がって行く。物質主義に流れていく社会に批判の目を向け、「生命以外に富はない」とするラスキンの思想を真剣に受け止め、次の世紀に向けて新たな価値観、哲学をもって歴史の道の復活と富士山の世界遺産化に取り組まなければならない。それは近代化という大量消費時代を謳歌してきた我々の、子や孫へのせめてもの償いではないだろうか。夢を描き、学び、動きだしたいものである。
(山梨総合研究所専務理事・早川 源)