「人の思い込み」の怖さ
毎日新聞No.98 【平成13年 2月27日発行】
~慣れや集中力欠落が誘発~
日航機があわや大惨事のニアミスをした。最も優れたITを駆使した航空機システムと官制システムも、「人の思い込み」までは検知できなかった。事故の発端は研修中の男性管制官が指示した便名の言い違いである。ペアを組んでいた女性管制官もまったく気づかなかった。
基本的に機長は管制官の指示に従うが、最終的には自己の判断にゆだねられるという。乗員と乗客にけが人が出たが、何とか全員が生きて戻った。私も飛行機には何度も乗り、国内ではかなりの飛行場に降りている。もちろん旅客機が大半である。これだけ乗ると危険な事態にも遭遇する。
6年ほど前のことである。全日空で羽田から山口・宇部に向かった。機種はダグラスだったと思う。機体は定刻に山口宇部空港の「上空」に着いた。着陸態勢に入ったので客室乗務員も所定の席に座っていた。快晴の日で、真下に空港がよく見えた。ところが機体は旋回を繰り返し、なかなか降りない。そのうちに機長から、「機体が故障した。このままでは山口宇部空港に着陸できないので、これから10分ほど先の福岡空港へ向かう」と伝えられた。機体は上昇し、すぐに下降して着陸態勢に入った。さほど恐怖はなかった。 ところが新たな機内放送で、「本機はフラップ故障のため逆噴射ができない。手動で制動するので強い衝撃がある。荷物は下に置き、両手を前の席について、頭を腕の中に入れてほしい」と指示された。客室乗務員が幼児を抱えて座ったのを見て、にわかに恐怖が訪れた。窓外を見た。機体はスピードを落とすことなく滑走路に突入し、悲鳴と強い衝撃の中で機体は停止した。 妊婦が失神したが、けが人はなかった。滑走路上には消防車と救急車が待機していた。時間の経過とともに恐怖が増し、大きな事故だと思ったが、翌日のマスコミでは報道されなかった。この種の事故は日常らしい。ちなみに機長がフラップのテストを怠り、思い込みで山口宇部空港に着陸したならば、機体は回転して大破するか、滑走路長不足から突っ込むだろうと言われた。
フェイル・セーフは多重化されている。双方の航空機とも、まず異常接近のアラームが鳴り、次に超危険レベルのアラームと指示がフェイル・セーフシステムから出された。下降を始めてから40秒間に何度か回避の機会はあったものの、管制塔から誤った指示を受けた機長は下降を続け、途中で疑問を感じたが下降の続行を決断した。接近距離はわずか10メートルほどだったというから驚く。歩いて20歩の距離である。
慣れや集中力の欠落での「思い込み」は誰にでもある。高速道路に障害物は落ちていないと「思い込んで」走っていたが、角材が落ちていたことがある。そう言えば、あの初恋も「思い込み」であった・・・(回想)
(山梨総合研究所 主任研究員 向山 建)