オリンピックと異人町


毎日新聞No.99 【平成13年 3月13日発行】

~五輪招致のうねりの中で~

 大阪府生野区鶴橋、JR大阪環状線と近鉄難波線が交差する駅のガード下には、連日活況を呈する巨大な韓国市場がある。ここでは、1千を越す店舗がひしめき合い、韓国料理の食材や色鮮やかなチョゴリ、近くの卸売市場から運ばれた新鮮な魚介類などが、戦後の闇市の雰囲気を残した店で売られ、それらを目当てに全国から多くの人々が訪れている。
 一方、ここから10数分歩いたところに、地元の人が「コリアンタウン」というもう一つの異人町がある。付近には韓国系の住民が多いため、客の希望する品物を揃えて販売している間に町全体が自然に「韓国市場」の様相を呈してきたという。戦時中、軍事目的に利用するために平野運河を掘削した際に、その「人足」として主に韓国の済州島から大勢の人々が強制的に連行されたのが始まりと言う。
 このコリアンタウンが、今、オリンピックを巡って揺れている。大阪オリンピックを招致するための一環として、大阪が国際的な都市であることを宣伝するために、ここの商店街を「コリアンタウン」として大々的に売り出さないかという申し出が、青年会議所からあったとのことで、真新しい韓国風の案内板や街灯にその影響が感じられる。
 案内してくれた方は、この商店街と通りを隔てた別の商店街を指差した。そちらの商店街の方が心なしか人通りが多いように感じられたが、よく見ると店の造作や販売する商品は、こちらの商店街と同じ韓国風である。実は、組合が違うだけで成り立ちとしては両方とも同じであるという。一方の商店街は、青年会議所の申し出に沿ってコリアンタウンとして売り出すことに同意し、もう片方はその同意を保留した。これには、これまで異国人としての差別的な視線の中で韓国名を隠し日本名を名乗ってきたという背景も影響しているという。「オリンピックは一時的なもの、これまで静かに暮らしてきたのだから、このままそっとしておいて欲しいという住民の気持ちも分かる」と案内人は言う。
 中心市街地の活性化を考えると、活力の源泉は何かというところに行き着く。私は、「まち」は、自分に無い何かを求めるところ、交易の場であり刺激を求める場であると感じており、その主人公として「若者」「芸術家」「異国人」を想定している。これらの人々の持つ活力が人々を引きつける魅力となり、活性化の源泉となる可能性を考えている。横浜や神戸の中華街に見られるように、異文化の持つ刺激的な香りは、確かに人々を魅了し活力を与えてくれている。しかしながら、単なる自分勝手な輝きではなく、地域と調和しながら「キラリ」と光る何かを持つことが重要である。オリンピックという大きなうねりと、過去の悲しい歴史の中で翻弄されている人達の姿が見える。

(山梨総合研究所・主任研究員 広瀬久文)