スローフードのすすめ


毎日新聞No.103 【平成13年 5月 8日発行】

~食事は大切な一コマ~

 私は「めし」を食べるのが大変速い。特に昼食では職場の仲間と同じメニューを注文しても、自分ひとりだけが早く食べ終わってしまう。たばこを吸うこともやめてしまったので、何となく手持ちぶさたになる。朝食も時間との戦いなので、当然速い。残るは夕食であるが、やはり速い。(晩酌時間を除く。)

 そうは言っても食事の時間は大切な人生の1コマである。ゆったりと食することも必要だなと感じているときに、「ブラ」の話を聞いた。
 ブラ(BRA)とはイタリアの片田舎の町であるが、既に新聞やテレビ等でたびたび紹介されているからご存知の方も多いと思う。ブラは「スローフード」の町。ファーストフードの反対語と言えばわかりやすいかもしれない。直訳すれば「ゆっくりご飯」になるが、ゆっくりだけではない。
 サラダを注文するとマヨネーズが出てくる。当たり前のことである。ただし、ブラのレストランでは、老シェフがお客のテーブルの脇で、半熟卵をつぶすことから始まる。ゆったりとしたパフォーマンスで丹念に卵をつぶし、塩やオリーブオイルと混ぜ合わす。どんな野菜にかけても美味しそうだが、サラダの中味は、地元で採れた、新鮮な旬の食材である。

① 消えてゆく恐れのある伝統的な食材や料理、質のよい食品、ワイン(酒)を守る。
② 質のよい素材を提供する小生産者を守る。
③ 子供たちを含め、消費者に味の教育を進める。 

ブラで発足した「スローフード協会」のコンセプトである。文章にすると堅苦しいが、要するに、地元で採れた食材を、旬の時季に手作りで料理し、ゆっくり味わっていただこうというものである。ブラではこうしたコンセプトのもと、町を挙げてスローフードに取り組み、食に関するお祭りも開かれている。お祭りには世界中から「食する人」だけはなく、食材を生産する人も集まり、食と時間を楽しむ。いまや「スローフード」はブラの主要産業になっている。

 さて、ドッグイヤーやらキャットイヤーやら言われているうちに21世紀になり、いつの間にか新しい年度になってしまった。人生の中で、あと何回食事をするかはわからないが、せめて休日の夕食くらいは、メニューはどうあれスローフードをいただきたい。ファーストフードだけでは見えなかった何かが、見えてくるような気がする。

(山梨総合研究所・研究員 水石和仁)