システムとして考える環境と経済
毎日新聞No.110 【平成13年 9月 4日発行】
-高い卵を買うスイスの人々-
スイスに在住したことのある友人との話をした時、卵の値段の話になった。ヨーロッパでも卵の値段は日本とさほど変わらないが、スイス産の卵は特に高いということである。友人の言うには、「それにしても彼らは偉いよ。この卵はスイスの自然環境を守っているから高い。俺はスイスの環境を守りたいから高い卵を買うんだと言って、本当に高い卵を買うんだから。」
ヨーロッパの山岳部には、農業の耕作条件が悪い条件不利地があり、幾つかの国では農家に対する所得補償政策が行われている。特にスイスでは、食料供給の保証、有機農業の基盤確立、アルプスの自然景観の保存、過疎化の防止と人口の分散という農業の4つの目標のもと、様々な補助金や所得補償が制度化されており、特に国防上の意味合いから食料供給の保証をあげている点がこの国の特色となっている。
友人が指摘したのは、アルプスの自然景観の保存を目的とした農家の直接所得補償制度で、「粗放化」農業を対象とした自然保全プログラム補助金のことである。補助の趣旨は、なるべく自然に手を加えない農業を求めるもので、傾斜地に手を加え棚田のように平地化したり、農薬や肥料・土壌改良剤を加えたり、牧草の収穫回数を多くしたりすると、補助金の額が減る仕組みとなっている。少々荒っぽい表現をすると、手を抜けば抜くほど補助金が多くもらえる仕組みとも言える。
スイスが粗放化農業を推進する目的は、アルプスの自然景観の保全である。農家があまり自然に手を加えないことで、森と草原と山からなる雄大な景観が形成でき、それが観光資源となって観光客を誘い、観光客の増加により宿泊等のサービス産業や生産物の販売増加につながるという構図である。あまり手をかけないので、農業の生産性は悪くなる。このため補助金を受けたとはいえ、農産物の価格は高めに設定せざるを得ない。一方で消費者にとっては、このような高い農産物を買うことが巡り巡って自らの所得を増やすことにもつながる。
卵一つの中にも、このような物語がある。「環境保全」と「産業振興」との調和を考えると、両者の関係は一見矛盾するように感じられるが、自然-景観-農業-観光-産業というように、全体をシステムとして体系的に考えると、お互いに補完しながら全体を治めることができる。相反する概念をシステムとして捉えること、新しいビジネスモデルの構築とも言えるこのような考え方が、これからの時代に求められる「知恵」の一つと思われる。
(財団法人山梨総合研究所 主任研究員 広瀬久文)