折り返し点過ぎた人類


毎日新聞No.139 【平成14年10月 8日発行】

~価値観の転換も大切~

 今年7月に長野県飯山市で、3人委員会飯山哲学塾が開催された。3人委員会哲学塾とは、内山節(哲学者)、大熊孝(河川工学)、鬼頭秀一(環境倫理学)の3氏が主要メンバーとなり、地域から新しい思想を創るため、1997年、静岡県掛川市において3人委員会掛川哲学塾を開催し、5回の開催を経た後、飯山に舞台を移したものである。結論を出すための議論ではなく、徹底的にことの本質を見つめるため、全国からの人々が2泊3日で議論を行う。7月の哲学塾では、衝撃的な議論が展開された。それは「人類は歴史の折り返し点を通過しており、このことを前提に今後の生き様を考える必要がある」というものだ。

 私達は、前世紀に様々な科学技術の進歩を経験した。そして確かに豊かな生活を享受しているように見える。例えば、アポロ計画により月に人類が降り立ったことは、科学にとって大きな進歩である。しかし一方で「竹取物語」を生み出したような、月を巡る私たちの想像力が生み出した文化が大きく後退したことも事実であり、失ったものも少なくない。
私達は、ひたすら右肩上がりの進歩を信じて驚くほどの速度で右45度へ走ろうとしてきた。しかし、21世紀になり、このことに対する疑問が日々大きくなっているように思える。もう一度、私たちの暮らしや技能、知恵といったものを振り返る必要があるのではないか、こうした思いが「折り返し点を過ぎた私達」という言葉の中に凝縮されている。
掛川市では、5年間の蓄積を下地に、11月1日から1ヶ月、スローライフ月間を開催する。スローライフとは「大量生産・大量消費の”急ぐ”社会から、ものと心を大切に”急がない”社会へ」価値観を転換していくことである。この中で、スローペース(自動車文明で糖尿病から歩行文化で、頭脳明晰、無事故に)、スローフード(和食・茶道(和食空間作法)、日本酒・食の文化)、スローハウス・スローウエア(長持ちする住宅の生活、和服、和紙)、スローインダストリー(農林漁業(丹精込める)、循環型農業、園芸、市民農園)、スローエジュケーション(大器晩成、地域生涯学習、総合的学習、ゆとり、声掛け)、スローエイジング(1世紀1週間人生(注)、美しく老いる、サクセスフルエイジング)、スローマイウエイ(趣味道楽・芸術文化、手間ひまかける価値の追求)等の提案が実現されようとしている。

 今、全国各地で新しい価値観に基づいた注目すべき地域経営への挑戦が始まっている。

注)1世紀1週間人生とは、100歳まで長生きして、健康を損ねたら苦しまず1週間で天命を全うすること。

(山梨総合研究所 主任研究員 手塚 伸)