地域に同一性ネットを


毎日新聞No.142 【平成14年11月26日発行】

~産業空洞化の処方せん~

 日本企業の国際競争力の低下、それに伴って加速する生産拠点の海外移転は、東アジア諸国の競争力強化を促し、ますます日本経済に閉塞感を漂わせている。情報サービス業などの先端産業は、大都市圏(特に、東京圏)への一極集中の様相を見せ、地方といった意味での地域経済は非常に厳しい状況に立たされている。

  その中でも地域社会に大きな影響を与えているのは、雇用を含む産業の空洞化であろう。それは、大企業地方工場や地域産業集積(主に製造業)の空洞化、中心市街地(主に商業)の空洞化、第3セクター(主にサービス業)の空洞化であり、まさに「3重の空洞化」ともいえる重層的な展開を見せている。そして、その克服のための有効な処方箋の作成は、「地域をどのように考えるのか」といったことから始めなければならない。
地域とは何かを考える場合、自分自身が同一の地域の住民であるとする面的な同一性(=同質性)と、それらの人々をつなぎ合わせる相互依存関係(=結節性)が特に重要な概念となる。地域へのアプローチについては、その地域を他の地域と区分する同一性と、その中での相互依存関係に注目することが大切であり、そのことは地域を結節点(ノード)と線(リンク)とのネットワーク構造として理解することでもある。
 すなわち、地域の「3重の空洞化」に対する処方箋の作成については、地域の同一性に基づいた産業のネットワーク化に注目することが求められる。そして、地域の同一性に基づいて地域産業がネットワーク化された場合、それが最適に機能するため、その中での情報やものの流れといったサプライチェーン(供給連鎖)の統合が図られなければならない。サプライチェーンにおいて戦略的に重要な機能、すなわち事業のタネとなる技術シーズや、専門的な知識や設備、物的流通などは、地理的な近接性によってより強固になり、差別化された競争優位が育まれる。地域産業ネットワークとして望ましいサプライチェーンの構造は、それぞれの機能とそれを担うべき構成メンバーの観点からアプローチすることが望ましいのである。(※下図参照)
  ここで特に大切なことは、地域としての同一性に裏付けられた技術シーズ(事業のタネ)の存在である。例えば、先端技術を磨き・学ぶ長い伝統のある京都の風土から、ノーベル賞を育んだ島津製作所の技術シーズが芽生えている。そして、それらが重なり合って醸成し、地域の産業の目指すべき方向性となり、その方向性に的を絞った産学官の連携や、経営資源の集中的な投下が可能になる。すなわち、地域としての産業の方向性(=地域のドメイン)に協賛するメンバーによって地域産業のネットワーク化が図られ、その中でのサプライチェーンの最適統合が図られたとき、他の地域と差別化された独自性のある競争優位が産み出され、地域産業を繁栄に導くのである。

  また、産業ネットワークとして地域を捉える場合、その具体的な区域設定については、現在の市区町村といった行政区域ではなく、あくまでもそのネットワークを構成するメンバーが同意できる「地域としての同一性」を基準とすべきである。そして、その同一性に協賛できるメンバーについては、地域内での立地の有無は問わず、地域としてのグローバル化を指向することも大切であろう。

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(山梨総合研究所 主任研究員 田中 史人)