課題に応じ見直しを


毎日新聞No.149 【平成15年 4月 9日発行】

~合意形成の在り方、他にも~

 昨年(2002年)12月7日の各紙は、道路関係4公団民営化推進委員会の記事で埋め尽くされた。最終報告書に関する混乱を報じるもので、委員長の今井敬氏が、他の5名の委員と意見が合わず辞任し、委員長不在のまま多数決で5人の委員の案を最終報告書とすることを採決した、というものである。驚くことに、今井委員長は「多数決には賛成できない。」と言い、石原伸晃行革担当大臣は「地方の声を考えると政治的に持つか疑問だ。」と述べ、政府の責任により道路建設を可能とする方向で調整する方針を示した。自民党議員からは「多数決は横暴だ」と最終報告書を無視するような発言が相次いだ。常套手段として数の理論を振りかざし、多数決で物事を決めていた人々が「多数決は横暴だ」と言う。

 10年ほど前、東北のある村を訪れた時、「内密」の語源は「内々の話と密々の話」から発生している、と聞いた。例えば村内に流れる堰の改修の必要が生じ、これに伴い費用が発生する事態になったとする。その際、村の長(おさ)がまず各戸を回り、堰の状況を内々に説明し費用の発生をにおわす。村人の空気を把握した村長は個別の調整に入る。ここまでが内々の話である。ある程度の合意形成が図られると、各戸の経済状況を勘案し個別に費用負担の相談に行く。これが密々の話である。内々の話と密々の話が調整されると、村長は村総会を開き堰の改修を決定していくという。今日では、時代劇の1シーンで、悪徳商人が代官に「ひとつ内密に」などと呟くため、どうもイメージがよくないが、本来は優れた合意形成の手法が語源であるようだ。
また、民俗学者の宮本常一氏が、対馬のとある村に代々伝わる趣意書を書き写したいと要望したところ、村総会が開催され3日3晩にわたる徹夜の議論の末同意が得られたという。さらに、長野県野沢温泉村には、現在も最小単位の自治組織として「野沢組」という組織が残り、この中で合意形成が図られているという。合意形成の仕組みばかりではなく河川工学の世界にも「見試し」という手法が残っていた。これは、長年に亘る試行錯誤を経て、経験を積み重ねることにより確立されていく技術であり、全国画一的ではなく、各地域の特性、個々の河川の性格を巧みに生かした技術である。

 このように、我が国には、地域や課題に応じた合意形成の手法が多数存在していた。にも拘わらず、戦後民主主義は多数決に課題解決の全てを任せてしまった。多数決は確かに優れた技術である。しかし、全てを委ねるには不十分と言わざるを得ない。そもそも、多数決による民主主義を大事にしてきた国が、これを無視して戦争を始めてしまった。もう一度我が国に残されてきた合意形成のあり方を読み直す必要が生じている。

(山梨総合研究所 主任研究員 手塚 伸)