アジア通貨危機の教訓
毎日新聞No.157 【平成15年 7月29日発行】
資本移動の自由化に慎重な中国
「国際金融のトリレンマ」と呼ばれる定説がある。どの国も為替の安定、自由な資本移動、独立した金融政策の3つを同時には達成できないというものである。これらのうち、何と何を優先し、何を犠牲にするかを選択する必要がある。例えば、国際金融センターとして機能してきた香港では、為替の安定、自由な資本移動を優先し、金融政策の独立性は放棄してきた。香港の金利は金利裁定を通じ米国金利と連動するため、香港経済の変動緩和を目的に、金利を操作することは困難となっている。
1997年7月のタイ・バーツの暴落に端を発したアジア通貨危機の発生から、ほぼ丸6年が経過した。タイ、韓国など通貨危機に見舞われた国々では、それまで、為替の安定と資本移動の自由化を優先していた。海外投資家の為替リスクが軽減され、経常収支赤字の補填に必要な額を上回る長期や短期の資本が流入し、高成長につながった。しかし、逃げ足の速い短期資本への依存度が高まったため、ひとたび、輸出に悪化の兆しが出ると、大量の資本が短期間で流出したり、投機筋につけ込まれることになった。タイなどでは自国通貨をドルに固定したドルペッグ制を放棄し、変動相場制に移行した。結果として、自国通貨が大きく減価し、海外からの資金流入が細り、投資が縮小し成長率が鈍化してしまった。
アジア通貨危機からの教訓として言えるのは、発展途上国は、早い段階で資本移動を自由化すべきではないということである。アジア通貨危機後も、年7~8%程度の高成長を続けている中国では、為替の安定と金融政策の独立性の確保を優先し、資本移動は厳しく制限している。現在の中国は経常収支が黒字であり、当時のタイなどとは状況が異なる面もあるが、中国はアジア通貨危機を十分に研究しているといわれ、資本移動の自由化は急がない姿勢を見せている。県内の企業の中には、中国で事業を展開しているところも多く、上記のような視点から中国当局の政策を見ていくことも必要であろう。
(山梨総合研究所 調査研究部長 波木井 昇)