地域の哲学
毎日新聞No.165 【平成15年12月23日発行】
発想の転換が必要
社会保障・人口問題研究所の推計では、日本の人口はこれから30年の間に1000万人以上減少する。これは東京の人口がそっくり消えてしまうということである。経済の縮小は避けられそうになく、“夢よもう一度”とあがいても徒労に終わりそうである。発想を転換しなければだめだとみんな頭では分かっているが、いざ実行段階になると高度成長の呪縛にがんじがらめにされてしまう。
11月18日放送のNHKテレビ「プロジェクトX」で、30年にわたる湯布院のまちづくりが放映された。溝口薫平さんや中谷健太郎さんたちは、世間が「リゾート法」や「バブル経済」に酔っているとき、その誘惑に立ち向かい先人が築き上げた牧歌的な景観や農林業と観光業を融合させた地産地消の仕組みなど地味ではあるが歴史のふるいにかけられてきた地域文化をかたくなに守りつづけてきた。いまや、全国の女性が行ってみたいNo.1の「癒しの郷」を実現している。数年前、湯布院を訪れたとき中谷さんは「散歩したくなるようなまちにしたい。そのためには“もてなしと案内”が大切。400万人もの観光客を当てこんで金鱗湖の周りには何処で作ったかわからないような土産品店が出てきてしまったが自分たちの金でそれらを一軒一軒買い取っているのです」。このシビックトラスト(市民らが資金を出し、地域環境の改善を進める制度)とも言える活動の根底にある地域の哲学、それを持続してきた底力にはまったく敬服するばかりである。
さて、先日久しぶりに南アルプス芦安山岳館長の塩沢久仙さんにお目にかかった。「今年は林道の崩落で大変でしたね」と申し上げると、「観光客は3分の1に減ってしまい経済的には厳しいが、山は健康になりました。お客様が大勢来た時には全く見えなかったものが見えてきましたよ」と笑っている。地域の哲学が問われる時代である。量を求めず、南アルプスの山岳文化とは何か、伝統の技とは何かなど地域の価値を問い直さなければならない。塩沢氏の言葉を噛みしめ南アルプスの観光を考えたい。
(山梨総合研究所 専務理事 早川源)