見直したい日本の良さ


毎日新聞No.227 【平成18年9月8日発行】

 私たち日本人の道徳観や行儀作法が著しく低下していることが気にかかる。NHKの調査によると、最近の日本人全般のモラルについて他人に対しては「モラルが低下している」と感じている一方で、「自分自身は高い」と考えている傾向が強いという結果が出た。低下した原因は「人間関係が希薄になり他人に配慮しなくなった」ことや、「家庭や学校できちんと教えていない」、「損得や効率が優先され道徳・倫理に気を配る余裕がない」といった回答が多い。

  なぜ、こんなにも私たち日本人の道徳観、行儀作法は乱れてしまったのだろう。
 長く経済成長至上主義の中で、日本人が普通に持っていた「人様に迷惑を掛けない」、「他人を思いやる気持ち」などが忘れ去られてしまったことにも一因があるようだ。市場経済主義の下での共通指標は、「市場が判断する」といった感覚であり、無味乾燥とした価値基準がそこにあるように思う。
 ところで、現代人には想像もつかないことであるが、江戸時代は育児や教育に熱心であり、子供を愛し、社会が子供を育てるような気風があったと日本教育史研究家の中江和恵氏は「江戸の子育て」(著)で述べている。そして、明治期に来日したイギリスの旅行作家、イザベラ・バードはその著「日本奥地紀行」の中で、日本人は、「小さいころから、作法を守ることを徹底的に鍛えられるから、よちよち歩きの子供でも、家の中にいる人には誰にでもきちんとあいさつする」と述べている。彼女が目にしたのは当時の大都会ではなく、旅先のごく普通の片田舎での光景である。また、ロシア軍艦ディアナ号艦長のゴローニンは、日本人の子育てを「幼少時代から、忍耐・質素・礼儀をきちんと教える」と賞賛している。
  江戸期、明治期の社会状況は今よりはるかに混とんとしていたに違いない。しかし、その中にあっても親子の愛情、秩序だった地域社会があり、その包み込むような暖かい社会の中で次代を担う子供たちは道徳観、倫理観、行儀作法を身に着けていったのである。

  今、私たちは改めて先人の知恵、諸外国までもがうらやむような日本の良さを見つめなおし、整然とした住みやすい社会を築き、その社会を後世に残す義務があるように思う。

(山梨総合研究所 主任研究員 福田加男)