映画化される浅川巧「白磁の人」


毎日新聞No.288 【平成21年5月29日発行】

  ソウルの金浦空港にはじめて下り立ったのは10年ほど前の雨の日であった。韓国林業試験場の方が出迎えてくれ、浅川巧が眠るソウル郊外の忘憂里(マンウリ)の丘まで案内してくださった。巧が亡くなって80年近く経つが、今でも墓は、韓国の人々によって大切に守られている。
  浅川巧は、北杜市(旧高根町)出身、1913(大正2)年に、日本の統治下にあった朝鮮に林業技師として渡り、朝鮮の緑化に取り組む傍ら、李朝白磁など朝鮮の日用雑器(民芸)のなかに美を見出し、柳宗悦などに大きな影響を与えた人である。朝鮮の人々を愛した巧の人となりについては安倍能成が旧制中学の教科書に『人間の価値』という名文を寄せている。

  さて、浅川巧の生涯を描いた「白磁の人」(江宮隆之著)が映画化されることとなった。制作発表会が3月14日、山梨で開かれた。会場には、第15代沈壽官窯元や韓国の宮田輝といわれている元アナウンサー崔李煥さんなど日韓から350人を超える関係者が集まった。ソウル市・光州市の名誉市民で韓国の国民勲章である「冬柏賞」を受勲している浅川巧の信奉者河正雄さんにも久しぶりに再会することができた。
  日韓併合100年に当たる来年3月、「シネカノン」から配給され、公開の予定だが、挨拶にたった神山征二郎監督は、「朝鮮の人たちがなぜ巧の棺を担ぎたかったのか、そこが見せ場である・・・」と語った。  

  これまで、韓国は近くて遠い国といわれてきた。また、韓流ブームも少し下火になってきた。このところのウオン安で韓国からの観光客数も激減している。しかし、物見遊山や為替変動を当て込んだ交流ではなく、日韓の歴史に思いをはせ、朝鮮の土となった日本人といわれた巧の心やそれぞれの地域に堆積している文化に触れる喜びをこの映画「白磁の人」は発信してくれるに違いない。息の長い日韓交流の起爆剤になることを期待し、今から楽しみにしている。

(山梨総合研究所 副理事長 早川 源)