Vol.153-1 建設産業の活性化へ向けて


~相談窓口現場からのリポート~

山梨県県土整備部 建設業対策室
専任相談員 金丸 猛雄

1.はじめに

 江戸の昔から建築・土木工事などを請け負う専門職人の集団はその名称の末尾に「組」という字をあてていた。大工の「組」をはじめ左官、鳶などは代表的だ。今でも建設会社の名前の一部に使われているのはその名残であろうか。このような組は、地域社会との関わりをも深めている。当時は、人の智力の限りを尽くした治山治水インフラも現在のものとは比べ物にならないくらい規模・質ともに脆弱であった。そのため、大雨や台風の度に河川の氾濫など災害が多発した。そんな時は、各地の「組」は地域住民の先頭に立って災害復旧活動に当たったのであろう。なかでも「鳶」の多くの組が江戸の町に頻発した火事消防に活躍し競い合った話は有名である。
 このような地域社会と建設業との密接な関わりは昔から今日に至るまで脈々と受け継がれていると思う。建設産業は道路をはじめとする交通網や治山治水などの社会基盤整備に欠かせないものであり、地域経済の発展にとって雇用の機会を提供するなど重要な産業のひとつでもある。
 経済の発展の礎となったこの主要産業が、近年、受難の時を迎えている。それは工事量が長期間にわたり減少し続けていることである。数字でみるとこうだ、建設投資額は全国が88兆円で平成3年度にピークを、山梨県が8,360億円で翌年の平成4年度にピークを迎えた。以降、年を追って全国・山梨ともに投資額は逓減している。ピークから17年後の平成21年に、本県は総投資額3,516億円に縮減となり、平成4年度に比べ42.1%まで落ち込んだ。仕事が半分以下となった計算になる。
 この長期低落の原因を大くくりすると、大戦後の復興期、高度経済成長期を経て、円高・オイルショックを克服して安定成長を維持し、バブルがはじけるまで続いた我が国の社会・経済のダイナミックな拡大が終焉し成熟社会が到来したと考える。こうした大きな流れの中で、本県建設産業においても業界は供給過剰構造となり受注工事高の減少や収益率の低下がみられ厳しい経営状況となっている。今後も公共事業費の段階的縮減、民間建設投資の低迷のため大幅な回復は見込めないのが現状である。

2.建設産業の経営多角化・新分野進出

 平成20年度から県では厳しい経営環境に置かれた建設産業に対し目指すべき次の3つの方向への取り組みを促進している。①技術力・経営力の強化、②経営多角化・新分野進出、③企業合併・企業連携 である。ここでは、建設業相談窓口に寄せられた相談のうち「経営多角化・新分野進出」について2例を紹介する。
 新分野進出・経営多角化を目指す企業規模は従業者数が役員を含め10名以下のところが多く家族従業者中心のところが目立つ。新分野事業への投資額も1,000万円以内が多い。また、新分野事業への取組みの度合では新会社を設立したケースを除くと、要員の異動・雇用計画からみて既存の建設業を中心に置き、新規部門を補完的に位置づけたものとなっている。
 一例目、事業多角化・新分野への進出を企てた理由を聞いた。先ず返ってくるのが余剰雇用対策である。公共事業の受注が多くを占める土木関係の建設会社の社長は言う。
 「3月に年度が終わると毎年4月から7月頃までは公共事業はほとんど出てこない、閑散期に入るのがいつものパターンです。景気のよい時には資金繰りも余力があったし、つなぎに民間仕事も取ったりして乗り越えることもできた。が、今は違う、激しい競争にさらされ苦戦し、受注できたところで収益はない、往時と違い企業体力がグーンと落ちている。資材置場や重機車両の掃除・手入れも1週間もやれば終わってしまう。この間の人件費など経費負担を少しでも軽減できればと考えた」と。
 そして、同社では、地域振興へのお手伝いの意味もこめて耕作継続が難しい農地を借用し、作物栽培に着手した。
 二例目に、大工・工務店の奥様がその闊達な営業力をして経営多角化へと大きく舵を切る原動力となった事例を紹介したい。住宅建築における在来工法にかわり、ツーバイフォーをはじめとする洋式工法が普及し、大手住宅メーカーの進出が本格化した頃、奥さんは昔からごひいきの施主さんが歳を重ねるにつれ「階段に手すりを取り付けてもらいたい」「敷居の段差を低くして欲しい」とのお話を多くもらうようになった。これを新規事業分野として、リフォームの仕事に繋いだ。地域の人との繋がりを原点にした営業というよりも生活自体が仕事に結びついている。時あたかも介護保険が制度化されお年寄り介護の環境が整った。
 すると、ごひいきの施主さんからは、介護用品の調達をも相談されるようになり、急いで介護用品レンタルの営業許可も取得した。老人介護のデイケアーサービスの許可を得て事業をはじめた。本人は工務店事務・営業を主力に置き、通所介護施設はケアマネージャーなど専門スタッフを雇用しその運営を任せている。本業の工務店と通所介護施設のブログを立ち上げ、インターネットで多く人とコミニュケションの輪を広げている。

3.建設産業の活性化へ向かって

 本県の建設産業は、かつてない厳しい経営状況にあるが、一方で産業界の使命として、県民に対して低コストで良質な社会資本を提供することが求められている。
 状況を打破するためには、厳しい環境に対応した技術力、経営力の強化や新分野進出等による経営の改善に取り組む必要がある。
 そうした中にあって、3月に入り東日本を未曾有の大震災が襲った。連日伝えられる悲惨な光景、自衛隊・消防団・地域住民ボランティアの必死の救援・支援活動を目の当たりにする、想像を逞しくしてあの江戸時代の「組」の活躍を重ね合わせる。郡内の土木建設会社の奥さんが「うちの社長は台風が来り大雨が降ると夜中でも川を見回りによく行ったものです」と語ってくれたのを思い出した。
 一方、震災復興についての議論も始まった。復興対策を単に災害地の防災・復興の枠にとどまらず、新しい都市・産業形成や地域コミュニティーのあり方まで踏み込んだものとし、また、原発事故の教訓をもとに新しいクリーンでエコエネルギーの拡充対策の構想具体化が望まれる。広範なテーマを巻き込んだ議論が進み目標が見えてくるとおのずから新しい時代の社会インフラの構築も明らかとなるだろう。
 この歴史的大震災を契機に、地域のよき相互扶助精神が蘇えり、新しい時代が要請する社会基盤の整備が鮮明になれば必ずや建設産業の進むべき道も開けるものと考える。