Vol.153-2 企業文化を意識した経営


公益財団法人 山梨総合研究所
専務理事 福田 加男

1.はじめに

 一つの企業が創業から成長・発展に至る流れの中で、創業者の起業哲学が重要な意味を持つ。つまり経営者がどのような理念・信条、価値観を持っているか。あるいはどのような、理想を掲げてその企業を興したのか。そして、数人から創業した企業も成長とともに従業員が増え、組織としての形が整った時、経営者の理念・信条、価値基準、事業にかける理想的な姿をどのようにして従業員に伝え理解させているのか。従業員が同じ方向に向かって歩を合わせるリーダーシップを発揮しているか。あるいは、従業員に信頼される人間的魅力を持っているかなど、経営者には様々な資質が要求されることになる。そしてこの経営者の資質こそが企業の成長プロセスと、創業期から連綿と受け継がれることになる企業文化に大きな影響を及ぼすことになる。
 それでは何故、創業者の理念・信条・価値観あるいは、これ等の総和としての企業文化が形成され進化する企業とそうでない企業があり、且つそれが企業業績あるいは、企業の成長にまで影響を及ぼすのか考えてみたい。そして実は、この企業文化なるものが企業の社会的貢献を標榜する現代経営にとって重要な経営課題であることにも触れる。

2.企業文化の定義

 企業文化の形成、進化あるいは衰退を考える上で、最初に企業文化の定義を明確にしておきたい。吉森賢氏は放送大学の教材「経営システムⅡ」の中で、「企業文化とは、企業理念に基づき形成され、最高経営責任者から従業員にいたるまで共有され、実践され、継承された態度と行動を意味する」と定義している。そして「企業文化の上位概念として企業理念がある。企業理念が企業内の大部分の構成員により合意され、共有された場合、企業文化になる」と述べている。また、企業理念は日本では、社是、社訓などの名前で成文化されることが多いが、企業文化は成文化されることが少ない。しかし、企業理念と矛盾する企業文化はありえないとし、企業文化と企業理念の強い相関関係を述べている。
 本稿では、吉森賢氏が言うところの企業文化を基本に考える。

3.起業家は高い理想を持って創業する

 社史などを読むと、大方の企業の創業者は、それぞれ立派な理念や価値観を持ち合わせて起業している。ところが、時代が移り、経営者の代が変わると創業者の理念、価値観が希薄化してしまい、そのことは企業の行動原理の崩壊に繋がり、結果として産地偽装や賞味期限切れ商品の再利用など企業の不祥事件として表面化しているケースがあることも事実である。
 一方で、創業当時の理念を環境に合わせた形で進化させている企業も多い。こうした理念・信条・価値観がしっかり継承されている企業は、現在も成長を続けており、そうでない企業は社会から駆逐されあるいは、衰退したりしている。野村進著「千年働いてきました」によると創業100年以上の老舗企業数は、日本が1万5千社超と世界で一番多い。その要因は「日本列島に住む人々は、文化の大きな循環の中で生きてきた。そのことをもっとも鮮やかに具現しているのが、老舗企業の姿ではないか」と言っている。
 氏が言う「文化の大きな循環」とは、時代の潮流であり、変化である。長い歴史の中でその時々の潮流・変化に適合すべく企業文化を進化させてきた企業が老舗企業として現代に残っているということであろう。これは日本経済新聞の連載記事「200年企業」に取上げられている老舗企業からも窺い知ることが出来る。例えば、2011年3月に紹介された1808年創業の塩野香料㈱(大阪市中央区)がある。同社6代目社長塩野太郎氏(現相談役)は、7代目社長に「会社は大きくするな。200~300人で長く続けろ」と説いている。同社は、規模を追わず、度重なる危機も技術で克服してきた。歴代当主が実践してきた事業継続の哲学が生き続けている好事例である。こうした事実から企業の持続的な成長・発展にとって経営者の理念・信条・価値観あるいは、そこから派生するであろう企業文化は重要であることが理解できる。
 つまり、創業者精神やそこから派生してきた企業文化が経営者の代が変わってもしっかり継承されているかどうかが重要である。

4.企業風土と企業文化

(1)企業風土と企業文化の違い

 ところで企業文化を語る場合、よく「A社とB社の社風は違っている」とか「C社の企業風土は従業員に優しいが、D社のそれは違っている」など、社風とか風土という表現がよく使われる。実は、この社風あるいは、風土というものが企業の文化に大きく関係していることは事実であるが、これは企業文化ではない。
 梅澤正氏著「人が見える企業文化」からの引用である。「風土は、本来気象学上の用語から推量されるように人為的コントロールが及ばない面がある。しかし、人々は取り敢えず地理的・気象学的な制約を甘受し、それを踏まえて、自らのライフスタイルをより望ましいものへと形成することになる。企業風土にも同じことが言える」と言っている。
 つまり企業風土には様々な条件と要因によって、自然発生的に醸成されたものという性格がある。一方、企業文化は、人でも組織でも等しく目指す価値の実現に向けて、主体的な行動と努力が為されることによって形成されるという特徴がある。従って、企業文化の形成には、その前段階として企業風土が存在するという関係にある。

(2)企業風土から企業文化へ

 外部の者がある企業を見た時、その企業の行動様式あるいは生み出される製品を見て、その特質を「こうした製品を開発するのがA社の企業風土だ」とか「企業文化だ」と表現することがある。それは、企業文化と企業風土は混在されたまま使われていることが多いからである。
 それでは、両者の流れを考えてみたい。企業風土を考える場合、創業期が分かりやすい。創業経営者は、自らの理念・信条・価値観を持って起業することは紛れもない事実であろう。この時、創業者は理念・信条・価値観といった抽象的な概念を少しでも分かりやすく従業員に伝えるため明文化することが多い。これが企業理念であり、社是、社訓とも言われる。こうした企業理念を掲げた後、あるべき企業像に向かい日々努力することになる。この段階では企業の雰囲気、空気、社風といった表現が使われ、外部に発信されることが多いが、これは企業風土に過ぎない。さらに経営者・従業員は、組織体制や各種規範を制定し、企業の制度や仕組みとして取り込みながら企業を最善の状態に作り上げようとする。
 この一連の過程は、企業風土を耕作すること、つまり人間の精神的生活に関わる行為であり、その結果として企業の倫理感・精神的支柱が生じ、さらに組織の行動原理・規範となり、これ等の総和として企業文化へと昇華することになる。吉森賢氏が言うところの企業理念と矛盾する企業文化はあり得ないと言うことである。
 このように企業文化は、その基となる企業風土、社風といった人為的コントロールが及ばないところがある。従って、放っておくと企業文化は育たない。企業が企業文化を形成しさらに進化させていくためには、その維持・管理が欠かせないことになる。最善の企業文化を構築しようとする経営者や従業員の努力があって、はじめて時代に適した企業文化が形成され、進化していくものである。

5.企業文化と企業の進化能力

 以上のことから企業文化の形成、進化の過程を推し量ると概略次のようになる。
 企業文化とは、企業組織の根底部分に潜んでおり、通常はほとんど意識されずに見過ごしている。しかし、組織の規範、行動などの面で、大きな影響力を及ぼす重要な位置を占めている。分かり易く言えば共有された「空気」・「行動原理」のようなものであり、その企業の業務プロセスである「仕事のやり方」を示しているとも言える。これこそ企業組織の規範、価値観、行動を反映している。従って「企業の進化能力」の強弱は「企業文化」の影響を強く受けるはずである。強い企業文化であれば、現状に安住せずに絶えず改革を指向していく。組織は過去の体験を「信頼」するだけでなく、それを「疑って」見直し、改めて新しい観点から変化を取り込み、同様に淘汰し、そこに以前とは違う新しい意味を見出すことができる。組織が変化に対して順応し、再び環境の変化に見合うだけの多様性を組織内に作り出せるサイクルが生まれる。また、適応性を失わないのは、「疑って」見直すシステムが組み込まれているからである。つまり企業文化という基底があって企業の進化能力が発揮されるということになる。

6.進化のない企業文化には衰退しかない

(1)旧松下電器産業中村邦夫元社長の言葉

 2000年6月に松下電器産業(当時)の6代目社長に中村邦夫氏が就任した。当時、日本はアジア通貨危機後の混乱期からようやくIT企業中心に経済活動が活性化しつつあった頃である。しかし日本の多くの製造業は相変わらず厳しい経営環境の中にあり、特に松下電器産業やソニーなど大手家電メーカーはトップ交代があった時期でもある。TV番組では、新社長へのインタビューがよく行われており、たまたま松下電器産業の社長に就任した中村邦夫氏があるTV番組に出演していた。筆者はこの番組を赴任先の海外で見ていた。画面のバックには幸之助が晩年PHP研究所において書き下ろした経営哲学に関する本が映し出されていた。
 松下電気産業における幸之助精神を象徴するような背景の中で同氏は「幸之助の精神は受け継ぐが、幸之助は変化を否定したのではない。幸之助精神を守りながら、時代にあった破壊と創造を実行する」といった発言をし、これが非常に印象的であったことをよく記憶している。
 これはまさに「松下電器産業の企業文化は、今の社会潮流と時代精神に合っているかどうか」を経営者と従業員双方に問い質したものと言える。つまり企業活動の盛衰は、企業文化の盛衰と強い相関関係にあり、企業の理念、哲学と言ったものがその時々の社会潮流と時代精神に適った形で機能しているかということを問うていたのである。

(2)企業文化の進化は必須条件

 山梨県は日本でも有数の果樹王国である。最近では海外市場に輸出する取り組みが官民一体となって展開されている。この見事な農産物の収穫には、常に果樹園の土作りから始まり、草取り、剪定、摘花など手を加え大切に育てられる。その成果として見事な農作物が実るのである。
 企業文化においても同様であると言える。創業者が高い理想と夢を持って事業を立ち上げ、次第に企業が成長する過程においてその理想・夢あるいは理念といった抽象的な概念を企業、つまり構成員である従業員に伝え、理解させ、行動にまで進化させなければならない。このことは、アンケート結果(「企業文化に対する経営者の意識調査」2010年2月。筆者実施)からも明らかである。経営者が信念・信条を従業員に伝えている企業は経営方針が理解されており、経営者も満足度が高いことが分かっている。
 さらには、こうした一連の流れが制度や行動規範として定着、習慣化するまでに仕上げなければならない。加えて、企業が存立している社会は常に価値観や文化や行動様式が変化している。従って、企業は理念・価値基準など根本的な精神風土を守りながらも、企業文化を常に耕作するという作業を続けていかなければ社会に存在を認められなくなることになる。こうした意味で企業文化は、進化することが必須となる。
 そしてこの進化した企業文化は常に「時代の潮流」というフィルターにかけられ社会から評価され続けることになる。従って、企業文化は、社会の潮流を鏡として自らの姿を映し出し、常に時代との適合を認識していかなければいけないものである。

7.まとめ

 企業文化の形成、進化、衰退の過程を見てきたが、創業期から始まる「企業文化の形成、進化」には、一つのパターンがある。それは、経営者の強い信念・思想、将来構想、役割の実践、リーダーシップの発揮が一番影響するということだ。次に経営者は自社を取巻く経営環境を把握し、自社の能力(強みと弱み)を考慮しながら意思決定し、さらに自らの考え、方針が従業員の一人ひとりにまで共有される仕組みを作り上げることが必要である。そして企業理念や価値観が共有された時、企業は、大きな力を発揮し成長につながる。
 こうしたサイクルが繰り返されることにより持続可能な企業の成長につながる。その成長の基底には既述したアンケート結果からも分かるように企業文化があり、組織内に定着すると企業の総合力として他社との差別化に繋がることになる。これこそ競争力としての企業文化といえる。
 また近年、企業に対する評価も変化してきた。つまり経営者・従業員の職業倫理が経営課題として取上げられることが多くなったのである。世界有数の投資銀行であるゴールドマン・サックスは、サブプライムローンに端を発する一連の世界的金融危機の元凶であったと批判を受けた。そして2010(平成22)年4月19日に、米証券取引委員会が米金融大手ゴールドマン・サックスを詐欺の疑いで民事提訴した。この時、イギリスのブラウン元首相は「ゴールドマン・サックスは、倫理が破綻した会社。この倫理の破綻にショックを受けている。恐らく最悪の事態の一つだ」と批判した(2010年4月20日付け山日新聞)。
 このように、企業統治システムが整っていると思われた大手企業が政府から提訴され、改めて我々は「企業の正しい文化」を考え直す必要があることに気付いた。つまり、今我々は「企業活動は倫理感という企業の質が問われる時代になった」ことを認識すべきである。
 ダグラス・マクレガーは著「企業の人間的側面」の中で次のように述べている。「将来の経営者作りは、現在の経営者が経営という仕事をどのようなものと考えるか、その考えを実行するための経営方針・施策をどのようなものと考えるかによってたいてい決まるものだと思う。人の問題こそ企業の決め手である」というものであり、これは経営者の資質と企業文化の重要性を訴えたものと言える。

〈参考文献〉

吉森 賢著『経営システムⅡ』 放送大学教育振興会2005年

三木佳光『その企業らしさの経営とは―企業DNA(遺伝子)』文教大学国際学部紀要, 第18巻2号2008年

トーマス・J・ワトソン・JR, 土居武夫訳『企業よ信念を持て』竹内書店新社1990年

ジョン・P・コッター著『幸之助論金井壽宏監訳・高橋啓訳』ダイヤモンド社2008年

勝又壽良・篠原勲著『企業文化力と経営新時代』同友館 2010年

加護野忠男『組織認識論序説』白桃書房

河野豊弘著『変革の企業文化』講談社現代新書1988年

ダグラス・マグレガー著『企業の人間的側面 高橋達男訳』産業能率大学出版部1966年

梅澤正『人が見える企業文化』講談社1990年

斉藤憲監修『企業不祥事事典』日外アソシエーツ2007年

有森隆『創業家物語』講談社2008年

野村進『千年働いてきました』角川書店2006年

梅澤正・上野征洋『企業文化論を学ぶ人のために』世界思想社1995年

小阪田興一『進化する企業はここが違う』産経新聞出版2008年

日経ビジネス『会社の寿命―盛者必衰の理―』日本経済新聞社1984年

日本経済新聞「200年企業」の連載記事