Vol.154-2 新しい地域社会像を考える


財団法人 山梨総合研究所
副理事長 早川 源

はじめに

 東日本大震災から2ヶ月以上が過ぎたが、原発・放射能汚染問題は収束せず長期化の様相を呈している。そうしたなかで政府は各分野の識者を集め五百旗頭真氏を会長とした「復興構想会議」を立ち上げ、復旧ではなく歴史的評価に耐えうる復興計画策定に着手し、6月を目途に基本的な提言をまとめる方針である。
 今回の復興計画策定は、失ったストックが15兆円から20数兆円と巨額であり、しかも被災地域がきわめて広域にわたっているうえ、地球環境の限界、エネルギーの限界、食糧・水の限界、人口問題など、縮小文明社会への歴史的な転換期にあることから、これまでわれわれが築いてきた政治・経済・社会・文化のあり方に根本的な転換を迫っており、「拡大・発展」から「環境と情報の融合、安全・安心・持続」といった新たな視点が求められている。

 そこで本稿では、人口減少社会に焦点を当て、新しい地域社会像について ①価値観の変化、②エネルギー、③生活スタイル、④都市の持続的な発展など身近な問題から考えてみた。

1.歴史に見る人口減少社会

 2005年をピークに日本の人口は減少に転じた。これまで人類が理念として掲げてきた「拡大・増大・増加」から「縮小・減少・撤退」への転換であることから、とかく悲観的に捉えがちである。しかし、鬼頭宏上智大学教授は「歴史人口学を知る」の中で国内総生産(GDP)ではなく、ブータンの国王が提唱する国民総幸福量(GNH)やフランスのサルコジ大統領が提唱して発足した幸福度測定委員会を取り上げ「幸福度」の向上を提唱し、人口や経済の量的成長が停止しても豊かな生活を実現することは可能であり、その中で持続的な社会の構築をめざし、好ましいワークライフバランスを達成するなど新たな社会経済モデルを構築すべきであると論じている。

 また、東京工業大学教授であった渡辺貴介氏は、日本の歴史を振り返ってみると、人口が停滞乃至減少した時代は平安中期・後期、室町期、江戸中期・後期の3回あった。
 平安中期・後期という時代は、ひらがな表記・和歌・竹取物語・源氏物語・など日本文化の基底をなすものを創造した時代であった。
 室町期は、能の幽玄の美・茶道・和風建築の原型となる書院造様式・和風料理の原型となる京料理を生み出している。岡倉天心は室町期の雪舟の水墨画に日本美術は最高水準に達したと評価している。ちなみに、岡倉天心が建てた五浦の六角堂は今般の震災・津波で消失してしまい誠に残念だが、この時代も文化成熟の時代であった。
 さらに、3度目の江戸中期・後期は、歌舞伎・浄瑠璃・浮世絵・俳句などが隆盛となり、大衆文化が花開いた時代であった。

これらの時代に共通する特徴として渡辺貴介氏は

  • ①経済優先の時代から文化成熟の時代へ
  • ②中央集権的時代から地方分権的時代へ
  • ③外国依存的な時代から自給的立国の時代へ
  • ④都市を作る時代から都市を使う時代へ
  • ⑤男が活躍する時代から女が元気で活躍する時代へ

と分析しており、必ずしも悲観的に捉えていない。むしろ価値観の転換によって文化が花開いた豊かな社会であったと促えている。

(1)経済優先の価値観に変化

 鬼頭宏氏や渡辺貴介氏の分析を総合して考えると、人口減少は物的価値から精神的価値へ、経済的価値から文化的価値へという流れを作り出す。確かに、最近若者の車離れ現象が目立ってきている。カーシェアリングへの取り組みも始まっている。カーシェアリングについてはすでに当研究所の依田真司主任研究員が山梨総研アニュアルレポートVOL.12 p129「カーシェアリングの可能性」の中で提言しているが、環境やエネルギー問題とも関連して「所有価値から使用価値」へというモノに執着しない価値観が定着しつつある。藻谷浩介氏は近著「デフレの正体」(角川新書)の中で「経済を動かしているのは景気の波でなく人口の波である。少子高齢化とひと括りにしているが、その中身は消費活動が活発な生産年齢人口の減少とモノに執着しなくなる高齢化人口の激増として捉えるべきである」と述べている。

(2)分権・自治

 次に、集権から分権への流れは、国と地方の役割分担、機関委任事務制度の廃止など制度的な側面から進みつつあるが、同時にNGOやNPO活動など新しい公共への取り組みが活発化しつつある。たとえば、鳥取県智頭町で始まった「ひまわりシステム」は象徴的である。郵便局員が町内の独居老人を対象に日常生活の不便解消や安否確認、生活用雑貨購入支援などを「福祉はがき」という地域システムを構築して実施、これに郵政省が着目し、全国的に広めた事例である。地方に芽生えた活動が全国へ広がった分権的事例である。今回の震災支援についても、集権的な行政では時々刻々変化する被災者ニーズに応えていくことは難しく、分権自治の仕組みの必要性が明らかになった。たとえば、現在各県市町村単位で運営されている姉妹都市提携についても、災害支援を念頭に心の通った地域間相互支援システムとして再検討されるべきではないだろうか。

(3)自給的立国

 今回の震災後の状況を見ると、他者依存型システムが機能しなくなり、これまでの社会システムの限界を知らされる結果となっている。グローバル化の時代でありすべて自給というわけには行かない。特に、エネルギーについては難しいが、政府は中部電力に対し浜岡原発停止を要請、エネルギー計画についてもいったん計画を白紙に戻して議論する必要があると発表し、浜岡原発は停止された。
 電力の需給についてみると、2009年の国内10電力の年間総発電量は957TWh(TWhはテラワットアワー)その内訳は原子力278TWh(29%)・その他火力・水力など679TWh(71%)であった。仮に原子力発電を全面的に停止すると30%ぐらいの節約が必要となる。もう一点、電力は需要のピークに合わせて供給しなければならない。そこで、ピーク電力についてみると、需要のピークは毎年クーラー使用と高校野球のTV観戦が重なる7月末から8月上旬の時期である。過去最高値は2001年7月24日15時の183GWh(GWhはギガワットアワー)であった。ちなみに2009年8月7日15時では171GWhである。原発以外の発電設備の容量は134GWhであり、ピーク電力で見ると電力需要を25%程度節約しなければならない。この、総電力量で30%,ピーク電力で25%落とした生活は今から25年前、1985年ごろのエネルギー需要となる。

 1985年当時の山梨の生活をデータでみると、

 

1985年

2010年

車の保有台数

ごみ総収集量

309,992台

181,759t

455,908台

274,441t

 であり、車の保有台数は30%ほど減らし、ごみ排出量は35%ぐらい減らした生活スタイルが見えてくる。
 われわれが歴史に学ぶということはその時代に回帰することではない。しかし、これまでの工業化社会の画一的な発想ではなく、自律発展型の地域社会システムを構築していかなければならない。たとえば、先に述べた、カーシェアリング、自家用車から公共交通利用へ、山梨総研アニュアルブックVOL.12 p228拙稿「自販機文明に黄信号」の提言、また、太陽光や地熱・小水力・バイオマス・水素エネルギーなど持続可能なエネルギーへの転換、自給分散型発電やスマートグリッド(次世代送電線網)・スマートシティへの取り組みなど生活スタイルについても根本的な見直しが必要である。

(4)都市を使う時代へ

 そうしたなかで、本県においては現在二つの国家的なプロジェクトが進行している。一つはリニア中央新幹線であり、もう一つは中部横断高速自動車道である。

 ①リニア中央新幹線をめぐる動き

 中央新幹線構想は、全国新幹線鉄道整備法(全幹法)に基づき建設を開始すべき新幹線鉄道路線として1973年(S48年)に基本計画が決定された。その後、昭和49から平成20年にかけて地形・地質等調査が実施されてきた。
 東日本大震災後、国の交通政策審議会中央新幹線小委員会は、寺島実郎・藻谷浩介・堺屋太一・井口雅一・伊藤滋の5氏から中央新幹線に関する意見を聞いているが、それによると、5氏すべてが早期実現すべきとの見解であり、さらに意見として

 * 開業を早めるための支援コンソーシアムを検討すべき

 * 今後の生産年齢人口の減少を考慮すれば、JR東海の需要見通しが楽観的過ぎるのではないか

 * 中央新幹線の整備に併せて東京一極集中を是正する施策を実施すべき

 * 今後の技術開発によるコスト低減及び様々な事故・災害に対するシミュレーションが必要

 * 中央新幹線の駅が建設される地方都市に、国が行っている環境対策などを集中投下し、環境モデル都市として対外的にアピールすべき

などの意見がだされた。
 続いて、5月12日、国土交通省交通政策審議会小委員会は大畠章宏国交相に対し南アルプスルートで整備するよう答申し、国家プロジェクトとして動きだす見通しとなった。
 新駅設置場所については、今秋発表されることになっているが、リニアが人(情報)を運ぶ手段であって物流の手段ではないことから広域からの集客可能性を重視し、高速道路との接続を重視するのではないかと思われる。
 JR東海は、リニア中央新幹線のルートである東京から大阪までの1時間圏域に8千万人が住むことになると発表しており、沿線の市町村は新駅誘致が地域発展につながるとして誘致合戦を積極化している。
 しかし、都市計画について、識者の見解をみると、都市計画家であり文明批評家でもあるL・マンフォードは、都市の発展は「集会や交際」にあると述べている。『交通が他のあらゆる都市機能に優先するとき、都市はもはやそれ自身の役割、つまり「集会や交際」を容易にするという役割を果たしえない』と述べている。
 また、世界的な観光プロデューサーアラン・フォーバスは、1972(S47年)沖縄本土復帰に当たり当時、沖縄開発庁・那覇事務局の通商産業部企画調整課長であった堺屋太一氏が沖縄振興策について尋ねたところ「ホテルや道路の建設は二の次、アトラクティブを作れ」観光におけるアトラクティブ(魅力)とは「歴史・物語・音楽と料理・歓楽・景色・ショッピング」であると述べている。堺屋太一はこのうち3つを選んで推進し見事に沖縄復帰を成功させた。彼らが指摘するとおり、都市は単に「駅があるから」「高速道路があるから」発展するものではない。「これがあるから山梨に行きたい」といえる「魅力」を用意できるか否かが地域発展の鍵を握っていると述べている。一つの事例を紹介したい。「小樽運河を守る会」を立ち上げた峰山冨美さん(今年1月に96歳でなくなられたが)は、20年にわたる「小樽戦争」といわれた運河保存市民運動を展開し、小樽運河を埋め立てて臨海道路とする都市計画決定を覆し、歴史と文化を優先するまちづくりを推進し、新しい都市の価値を生み出したことはよく知られている。リニアも中部横断道も手段であって目的ではない。リニアの高速性は十分認識すべきだが、鉄道事業は基本的には需要追随産業であって、需要創造産業ではないことを認識しておかねばならない。
 渡辺貴介氏は人口減少社会について「都市を使う時代である」と述べている。
 時速500km時代、東京まで15分、名古屋まで20分、上海から甲府まで1時間となると、山梨はどこの都市機能を使い、自らはどのような都市機能を発信・提供していくべきか。賑わいやモノづくりの機能はすでに東京や名古屋に集積している。山梨は地勢的に見ても、資源性から見ても、東京・名古屋の都市機能を使いながら「安全・安心、安らぎ、憩い、健康」などを提供するエリアと考えるべきではないか。また、盆地としての地勢的特性から持続可能なエネルギー、公共交通、ウエルネス・クラスターなどの社会実験エリアとしての可能性もある。

東京__(15分)__山梨__(20分)__名古屋・・・(1時間/上海、香港、北京など)

4.成長が期待される分野

 国は成長戦略として「環境・健康・観光」の3分野を挙げ、地球温暖化問題、資源の制約問題、グリーンイノベーション・ライフイノベーションなどに新たな需要と雇用の創出を期待している。これを受けて県は昨年「産業振興ビジョン」を策定したが、その中で成長が期待される分野として以下の5分野、11領域を示している。

  • ① インバウンド観光
  • ② 地域ブランドを活用したニューツーリズム
  • ③ 6次産業化をめざす農業
  • ④ 森・里・街をつなぐ森林・林業・木材産業
  • ⑤ ソーシャルビジネス
  • ⑥ クリーンエネルギー関連産業
  • ⑦ スマートディバイスや複合素材・環境素材に関連する部品加工産業
  • ⑧ 生産機器システム産業
  • ⑨ 医療機器、介護機器、生活支援ロボット製造産業
  • ⑩ ウエルネスツーリズム
  • ⑪ 安全安心な食品産業

 山梨は様々な可能性を秘めた県である。しかし、ハード面や経済的豊かさだけを追い求めるのではなく、何を目標にどんな地域づくりをめざすのか、暮らしと社会の仕組みのあり方を根本から見直すときではないか。