Vol.155-2 団塊世代による農業担い手確保を目指して


公益財団法人 山梨総合研究所
主任研究員   古屋   亮

1 はじめに

 4 月上旬、桃の花が咲き空気すらピンク色に見えるような壮観な風景が展開していた甲府 盆地も、6 月下旬となり、いたるところでサクランボの実が赤く色付き、モモには小さい実 が付き始めている。またブドウ棚には緑の葉が広がり、畑には整然とトウモロコシが並ん でいる風景を眺めることが出来る。県内にはいつもと変わらない農村の風景がある。富士 山の雄大な眺め、南アルプスや八ヶ岳など標高の高い山々の紺色、里山の緑色、盆地に広 がる果樹園の薄緑色、土の茶色、川の水色。本県では、これら景観と畑で作業をする農家 の人々の姿が絶妙のバランスの中に成り立つ風景の中で農業生産が展開されている。その 光景を思い浮かべながら、他県および世界中の他のもと比較しても色、形、質ともに最高 級であり、単なる農産物というより芸術品と呼ぶにふさわしい農産物を食すことができる。
 このように考えてみると、私達は当たり前の光景となっている本県の農業生産風景及び 農産物から、非常に贅沢な恩恵を受けていると言える。しかしながら、今、本県の農業は、 構造的な問題を多く抱え存続の危機に瀕している。特に問題とされているのが、担い手減 少問題と耕作放棄地の問題であろう。
 本県の耕作放棄地については、平成 17 年と平成 22 年を比較すると、面積は 5,786ha と 同じである。しかしその内訳は、販売農家では 1,297ha から 1,087ha へと 16.2%も減少し、 自給的農家と土地持ち非農家の面積の割合が増加している。このように、耕作放棄地と分 類される農地の中には農家の特徴や所有形態、場所、発生背景などから条件が異なる場合 が多々ある点に留意して、全ての耕作放棄地を一元として考えるのではなく、十分な議論 のもとに利用の在り方を検討し各種対策や施策を展開する必要がある。
 そうした中、本県では、農地として復元が困難な耕作放棄地を大規模太陽光発電所の用 地として、活用する方向で検討(平成 23 年 6 月 27 日発表)に入っている。
 この施策を推進するにあたり、耕作放棄地を農業的に利用するという点から離れ、別の 視点で有効的に利用するという議論が展開されていることは大いに評価できる。東日本大 震災後の福島第一原発問題から、自然エネルギーへの転換、推進が期待されはじめている状況下、本県の自然資源を利活用できるとしたら、環境先進県としての存在を国内及び世界に向けて発信できる機会であり、本県のイメージ向上に大きく貢献するものと考えられ る。今後も、農業的土地利用を推進する土地、農業的土地利用は諦め、別の視点から利用 する土地、耕地から山野に戻す土地といったように耕作放棄地を分類し、耕作放棄地率解 消の動きや施策を展開してもらいたい。
 担い手減少問題についても、担い手が減少している要因を把握し、支援や施策を展開す る必要があるが、担い手の減少には複数の要因が絡みあい単純ではない。この担い手減少 問題は、本県に限らず他都道府県でも起こっていることであり、日本農業の構造的問題で あるため、地域で出来る対応は限られているかもしれない。しかしながら、知恵を出し合 い何らかの対応策を模索することは可能であろう。
 そこで本稿では、担い手減少問題についてどのような対応が可能であるかについて記し たい。そのために、まず本県農業の概況について記し、次いで今後の担い手不足解消に向 けた取り組みを考えていく。

2 本県農業の概況と担い手確保への課題

 県内農家の就業人口をみると、平成 2 年から 22 年までの 20 年間で約 2 万 9 千人が減少 している。毎年 1,400 人近く減少していることになる。一方、ここ数年の新規農業就農者 は 100 人にも満たない状態が続いていた。平成 22 年に 189 人となり平成に入り過去最高を 更新したものの、減少数に対し 13.5%ほどの補充率でしかない。また、農業担い手の平均 年齢は年々上昇していて、平成 22 年には 67 歳を超えており、このままでは、20 年後には 本県の農業は担い手不足から崩壊するかもしれない。

山梨県   農業就業人口の推移

155-2-1

出典:各年農業センサス及び平成23年山梨県統計データバンク

 次に年齢階層別に農業就業人口をみてみると、平成 17 年と比較し、平成 22 年では、15 歳~54 歳階層が大きく減少していることがわかる。特に 15 歳~29 歳では 65.8%も減少し ていることがわかる。

農業就業人口(販売農家)

単位:人

155-2-2

出典:平成23年 山梨県統計データバンク

 県内の総農家数をみてみると、平成 17 年 39,721 戸から 22 年には 36,810 戸に減少している。特に販売農家数が 22,529 戸から 20,048 戸へと 11.0%減少している。その一方で、 土地持ち非農家数が 16,324 戸から 16,762 戸へと 2.7%増加している。

総農家数等

単位:戸

155-2-3

 

出典:平成23年 山梨県統計データバンク

 販売農家を主副業別農家数別にみてみると、平成 22 年の主業農家数は 4,789 戸となっていて、平成 17 年と比較し 16.4%減少している。準主業農家数も 4,301 戸で 17.8%の減少 となっている。全体の構成比をみると、副業的農家が 51.4%から 54.7%へと増加している ことがわかる。

主副業別農家数(販売農家)

単位:戸

155-2-4

出典:平成23年 山梨県統計データバンク

(注)
  主 業 農 家:農業所得が主(農家所得の 50%以上が農業所得)で、65 歳未満の農業従事60 日以上の者がいる農家

  準主業農家:農外所得が主で、65 歳未満の農業従事 60 日以上の者がいる農家

  副業的農家:主業農家、準主業農家以外の農家をいう。

 最後に農産物販売金額をみてみると、平成 17 年と 22 年を比較し、500~1,000 万円層が23.7%、1,000~3,000 万円層が 22.5%の減少といったように、500~3,000 万円層が大きく 減少していることがわかる。

農産物販売金額規模別経営体数(農業経営体)

単位:経営体

155-2-5

出典:平成23年 山梨県統計データバンク

 以上のように、県内農業は、平成 17 年と比較し 22 年には就業人口が大幅に減少していて、平均年齢が 67.8 歳という高齢者労働力により支えられている。この就業人口の減少と 就業者の平均年齢の上昇は 15 歳~54 歳層において就業人口が大幅に減少していることが 影響している。
 また販売農家数も前回調査時より 11.0%減少し、販売農家数内において主業農家、準主 業農家が大きく減少する中で、副業的農家の減少幅は小さく、全体に占める構成比も上昇 している。
 農産物販売金額では、500~1,000 万円層、1,000~3,000 万円層の割合が大きく減少して いる。
 このようなことから、本県の農業担い手減少問題は、15~54 歳層において、就業人口が 大幅に減少した要因を追求する必要がある。また、販売農家における主業農家、準主業農 家の減少や、農産物販売金額が 500~3,000 万円層が減少していることからも、この要因も 合わせて検討した上で、対応する必要がある。特に安定的な農業担い手の確保には、15~54 歳層に属する新規就農者と現在就農している農家への対応を考える必要があろう。その 上で、15~64 歳までの生産年齢人口の確保対策を立てるのが最も有効であると考えられる。 しかしながら、国立社会保障・人口問題研究所による将来の推計人口では、本県の人口 は平成 22 年の 86 万人(平成 22 年度国勢調査速報値)から、平成 32 年には 82 万 9 千人に減少し、さらに平成 42 年には 77 万 2 千人まで減少すると予想されている。これほど大幅な人口減はないかもしれないが、少子高齢化が進行し、生産年齢人口が減少することは 確実である。また、現在、本県の総人口に占める 65 歳以上の高齢者の割合(高齢化率)は24%となっており、高齢化率が 50%の町村が6つもあり、それら地域ではひとり暮らし高 齢者の割合も高くなっている。しかし、これら高齢者人口のうち、何らかの介護を要する 高齢者は 1 割ほどと言われている上、本県は健康寿命(寝たきりにならない高齢者の割合) が全国 1 位、2 位となっている。今後、団塊世代の定年退職者が増加する中で、これら年齢 階層に属する人は、勤労意欲がありながら、都市部では就業機会が限られている。また、 家産である農地を荒廃させてしまってはいけないという問題意識が強く、自給的な農業に とどまらず、小規模直売所や企業的経営を志向する事例も多数ある。さらに、年金所得が ある場合があり、+α の農業所得で良い場合もある。このような理由から、10 年、20 年後 の本県農業は、団塊世代層を中心とする人々が担っていく方法を考えられないだろうか。
 当然、30 年、40 年後という長期的な視点に立てばこのような発想は役に立たない。しか し、本県の社会状況を考えれば、このような視点から農業担い手の確保を考えてみる必要 があるのではなかろうか。
 そこで次に、団塊世代層による農業担い手確保には、どのような対応が可能であるかみ てみたい。

3 団塊世代による担い手確保へ向けて

 団塊世代を対象にした農業人口確保については、都市からの新規就農、都市に出て いた人が定年後帰ってくる(Uターン)、同居、もしくは近くに居住していた跡継ぎ世代 が、他産業に従事していて定年後農業に従事という 3 つのパターンが考えられる。これら 3 つの状況では、それぞれに事情が異なるため、同一的な対応策は考えられない。
 本県ではこれら階層に対する帰農施策として、1997 年に「いきいき農村高齢ビジョン」 を策定している。そこには、高齢者の役割評価と活動生産活動の推進目標ある暮ら しに向けて地域活動の推進体制の整備について記されているが、具体的な取り組みに ついては良くわからないのが現状である。
 文献資料においても、高齢帰農者の取り組みについては多くの事例が紹介されている。 これらを要約すると、以下の取り組みに成功の秘訣があるとしてまとめられている。

  • 一部リーダー層による先行取り組みから波及効果を目指す。
  • 定年帰農を中心とするリーダー層が、その多様な職歴を活かしながら、農業・農地 将来的に維持していく強い意志を持ち組織を運営して仕組みを作る。
  • 組織のマネジメントや組織管理、営業には前職が活かされる。
  • 人的資源として地域社会には農協や県、市職員のOBなどが多く存在している。こ れら人的資源が組織のリーダーとなりうる。
  • ただし、農業活動においては、前職は表に出さない。

などが挙げられている。これらすべてを網羅できたとしたら、ある一定の農業所得があり、農村の生活にも生きがいを感じた団塊世代によって、農業就業人口は増加するであろう。 しかし、ここには失敗、リスクをどう負うのか、そもそも組織化をどのように進める のか、行政や農協、担い手組織間の連携をどう進めるのか、問題解決していく機能を、 支援組織をはじめとする地域農業マネジメント主体がどう内在化するのか、音頭をとる まとめ役をどうするのか、などについて、解決策が詳細かつ具体的に記されていないし、 成功事例の対極には、多くの失敗事例が存在しているはずである。現実として、成功する 要因がわかりながらも、これら要因について、具体的なシステムの構築が困難であるがた め、全国的に高齢帰農の動きは活発化していないのが現状であろう。
 担い手確保には特効薬などは存在しない。当たり前のことを当たり前のように解決して いくことが必要であり、そのためには地域の実情を理解した上で、根強い議論を経て、実 行することが大切である。次回、上記の問題点を解決していく方法などについて、本県の 実情と良く似たような事例を紹介しながら明らかにしていきたい。
 いずれにしても、本県には他産業に従事しながらも兼業農家として確かな栽培技術を持 つ農業生産者が多く存在している。また、現在は農業に従事していなくても、郷土を愛し、 農地を荒廃させてはいけないと考えている人々も多く存在する。今後、本県農業の 10 年、20 年間は、これら団塊世代の人々の豊富な知識と経験を活かし担ってもらいたい。その結 果、本県の地域社会は衰退、崩壊するどころか皆が生き生きと生活を楽しみ、農業生産に 従事することになるであろう。その姿が本県の素晴らしい農村風景の中に溶け込み、その 様子を日本と同じように高齢化をむかえる先進諸国をはじめとする世界中の人々が視察に 訪れるような状況を眺めてみたいものである。

【参考文献】

「定年帰農等農業農村志向に関する調査研究報告書」2001   農協共済総合研究所 高橋巌(2002)『高齢者と地域農業』家の光協会 田畑保編(2005)『農に還るひとたち』農林統計協会