音の風景に耳を傾けよう
毎日新聞No.345 【平成23年9月2日発行】
チリンチリーン。夏の風物詩、風鈴の涼しげな音がラジオから聞こえてくる。NHKの人気ラジオ番組「音の風景」では、様々な場所の音風景を楽しむことができる。風鈴の音は、伊万里焼で有名な佐賀県伊万里市の音の風景であった。
カナダの作曲家R.M.シェーファーは、サウンド(音)とランドスケープ(風景)を組み合わせた「サウンドスケープ」という概念を提唱した。多くの人々が、自分の周りの音をより深い批評力と注意力をもって聴けるようになること、これが「サウンドスケープ」というコンセプトの目指す方向である。
普段私たちは、車のエンジン音、携帯の着信メロディーなど、至近距離で発生する大きな音を意識して生活することを余儀なくされており、川のせせらぎ、鳥や虫の声といった遠くから聞こえてくるかすかな音には意識が向かず、音そのものを楽しむ機会は少なくなっている。
過日、サウンドスケープを専門に研究している「日本サウンドスケープ協会」により、勝沼を舞台に地域の音に耳を傾ける「サウンドウォーク」というイベントが開催された。「音を聴く」をテーマに開かれたこのイベントでは、勝沼ぶどう郷駅を出発点とし、大日影トンネル遊歩道を抜けて勝沼堰堤まで歩いた。ガイドの方によると、その昔、地域住民は、大日影トンネルを甲府方面へ抜ける近道として利用していたそうだ。電車が近くまで来ているかどうかは、枕木の振動やかすかな音から察知していたという。
当時の様子を思い浮かべ、ひんやりと冷たい枕木に耳をあて、石で叩いて音を確かめると、トンネル内に心地よい金属音が響き渡る。地下を流れる水の涼しげな音も聴こえ、普段意識が向かない音の風景を存分に楽しんだ。「音を聴く」というテーマを持って歩くだけで、いつもの見慣れたまちとはまったく違う姿が浮かび上がってくるのは新鮮な驚きである。
「視覚」のみに頼るのではなく、「音」「匂い」「触覚」「味覚」といった五感を研ぎ澄ませ、人間本来の感覚を覚醒させることが、地域の歴史・文化や魅力的な地域資源の再発見、個性的なまちづくりに必要なのではないだろうか。
(山梨総合研究所 主任研究員 矢野 貴士)