Vol.159-1 行政に奢りはないか?
~「民」の力を引き出す黒子としての「官」~
日本総合研究所 主任研究員 藤波 匠
3.11以降、旧来型公共事業復活の動き
3月11日の東日本大震災以降、わが国が直面しつつも先送りにしてきた諸課題が、白日のもとにさらされた。たとえば、国債発行に依存し、かつ硬直的なわが国財政は、復興費の調達や景気浮揚を促す経済政策の進捗を遅らせている。復興に向けた歳出増により、増税は不可避な状況となっているが、増税による国民負担が増えれば、わが国の経済成長力は押し下げられ、それが一層財政の硬直性を増す悪循環を招く恐れがある。それを回避するためには、増税と並行して成長戦略にも取り組まなければならない。一時的に災害復興に向けて財政規模が大きくなるとしても、その他の歳出に関しては、緊急性の低い分野からより高い分野へ、あるいは生産性押し上げ効果の低い分野から高い分野への組み替えを積極的に行い、わが国の成長の源泉である産業支援などに充てるべきだ。
ところが、成長分野への予算の組み替えは、遅々として進んでいないように映る。現在、予算編成に向けた議論が進められつつあるが、マスコミ報道によれば、各省庁では「通常予算では認められない関連事項を復興名目で復活させる」など(注[1])、緊急性が低く、生産性の押し上げも期待できないような事業への予算確保を図る動きも顕在化しており、成長分野への投資はおぼつかない状況である。
たとえば、民主党への政権交代時に一時凍結された全国の地方合同庁舎の建設の一部が、再び概算要求に盛り込まれている。また、野田内閣の発足当初に報じられた朝霞市の公務員宿舎の建設再開も、復興に向け予算拡大が不可避の中で物議をかもした(注[2])。こうした一連の動きからは、震災後の混乱や通常と異なる予算編成プロセスに乗じ、緊急性が低く、生産性押し上げ効果も低い公共事業を復活させようとしている印象を受ける。来年度予算編成で重要なことは、復興に予算が割かれる中、そうした無駄な公共事業を抑え、より多くの歳出を成長分野に回す視点である。
山梨でも官の動きばかりが目立つ
国の予算編成に限らず、地方レベルでも、地域経済の活性化の視点を欠いた、緊急性が低く、生産性押し上げ効果も低い公共事業が目立つ。身近な山梨を例に挙げれば、県庁・甲府市役所の庁舎建て替えや甲府駅北口の再開発などがある。県庁・市役所の庁舎が公共施設であることは言うまでもないが、北口の再開発事業も、立地するのは合同庁舎や図書館など公共施設中心で、基本的に官の事業である(注[3])。
こうした官による積極的な投資にもかかわらず、山梨県の人口減少は予想を上回るスピードで進みつつある。昨年10月に実施された国勢調査によれば、2010年の山梨県の人口は、従来の国の推計値(注[4])よりもおよそ1万人少ない86.3万人であった(図)。
こうした予想外の人口減少は、死亡者数が出生数を上回る自然減よりも、転出者数が転入者数を上回る社会減の影響が大きかったことが分かっている。県内の経済的活力の停滞が、若い人材の流出を招き、予測よりも速いペースで人口減少が進んでいるのである。
少なくとも山梨県においては、官主導の再開発や庁舎建て替えなどは着実に進捗しているものの、人口の流出は止まっておらず、県内経済や地域の再生に結びついているとはいえない。
人口減少が進む山梨で行政がなすべきこと
公共事業は、経済に短期的な刺激を与えるカンフル剤としての効果はある程度期待できるものの、近年乗数効果は小さくなっており、戦略を欠いた目先の弥縫(びほう)策に他ならず、中長期的に地域の成長力を高める効果は期待薄である。
また、地方における公共事業では、多くの場合域外、特に東京周辺の建設事業者がかかわってくる。関東地域の公共事業の自給率、すなわち関東地域で実施される公共事業の発注額に対する、域内建設事業者の受注額は、元請け・下請け含めて144%で、関東地方の建設事業者が地域内で発注される公共事業額よりも44%多く受注していることを示唆している(注[5])。このデータから、地方で公共事業を実施することによって建築物は地域内に残るものの、その事業費の一部は大都市に移出する傾向にあることが分かる。
こうした金の流れからみても、実施された公共事業自体が地域の生産性向上に寄与するものでなければ、地域の経済活力が高まってくることは期待できない。山梨県のような人口減少が進む地域では、なにより地域の生産性を押し上げる効果の高い投資が求められている。具体的には、県内企業の事業継続に資する支援や観光振興、農業やサービス産業の生産性向上などの成長戦略を推進することである。ここで、いくつかの産業分野を取り上げ、その成長を促す行政のかかわり方を考えてみたい。
近年製造事業者は、グローバル市場で絶えず厳しい競争環境にさらされている。円高や国内市場の縮小などから、国内の製造事業者は国内拠点を絞り、海外展開を進めざるを得ない。最近の新聞で、パナソニックの太陽光パネル増産計画撤回とプラズマテレビ事業縮小が報じられた(注[6])。少し前まで、今後の成長の柱にも据えられていた太陽光パネルとテレビの分野で事業計画を見直さざるを得ないほど、企業がさらされる競争は苛烈なのである。
税を納め、雇用を確保してくれる企業の製造拠点は、地方行政にとって打ち出の小槌のようなものである。しかし、昨今の経済状況はそうした地方経済のモデルを許容しなくなっている。行政サイドで企業城下町的なものをイメージし、長期的視点で企業を誘致しようとしても、企業の技術開発や意思決定のスピードは高まっており、当てが外れる結果となる事例も増えている。県内では、2007年、パイオニアが南アルプス市に建設予定だったプラズマディスプレイの新工場が、造成も粗方済んだ段階で、市況の変化により突然撤回された例は象徴的であった。
こうした状況で、地方行政には、いま域内に残る企業の引き止めや育成に全力を尽くことが求められる。行政は企業のサポート役に過ぎず、直接的に貢献できることは少ないかもしれないが、それでも県内雇用の維持に向け、企業に対し「御用聞き」を小まめに行い、県内での操業維持に万難を排すべきである。企業経営をサポートするインフラを整備し、場合によっては税制の優遇や規制緩和も検討する必要があろう。特に地元金融機関とは緊密な連携を図り、域内企業の経営の健全化や設備投資、起業を促進することが不可欠となっている。
地方の産業振興を語る上で、観光振興も欠かせない。現在山梨県では、富士山の世界遺産登録に向け官民力を合わせた取り組みが進められているが、何より必要なことは、世界遺産登録の成否にかかわらず、富士北麓を世界に通用する本物の高原リゾートにまで高めることではないだろうか。そのためには、目指すべき観光都市像の提示や景観の再生、交通機関の整備など、行政のなすべき課題は多い。
山梨の特色ある農業の振興による地域再生も不可欠な視点である。農地集約による経営規模の拡大や、企業・団体の参入による効率的な農業資本の活用を促すことが求められる。すでに国でも、20ha以上の農地を保有する農家の育成に乗り出す意向を固めつつある。しかし、こうした大規模化を促す国のスキームは、おそらく米作農業に焦点を当てた政策となろう。果樹や野菜など、コメ以外の作物を主力とする山梨の農業を見据えれば、国の動きを待つ必要性は低く、意欲的な農家を支援する地域独自の制度を構築していくことが望まれる。
最後に、中心市街地の活性化について、甲府を例に考えてみたい。甲府市中心市街地活性化基本計画の目玉であった紅梅町の再開発(通称ココリ)では、上層階のマンションの売れ行きは好調であったものの、下層階の商業区画についてはオープン直後から撤退店舗が相次ぎ、きわめて厳しい状況となっている(注[7])。こうした現状に、宮島雅展甲府市長の「もう少し指導を強めた方が良かった」とのコメントが報じられたが(注[8])、行政が直接コンサルティングしたところで、事態が改善することは期待できない。儲けるために勘や経験、時にはリスクをとる勇気が求められる商業的資質は、法と秩序の遵守、公平性を本分とする行政的資質と重なる部分は小さく、安易に行政が商業振興を牽引すれば、事態のさらなる悪化に至ることも懸念される。
行政がなすべきことは、目指すべき中心市街地のコンセプトを明確にし、それを関係者と共有しつつ、コンセプトに沿った都市計画や景観、交通インフラの整備を進めることである。特に居住者が急速に減少した甲府の中心市街地の場合は、暮らしの場としての地域再生の視点も重要となろう。
行政は民の力を引き出す黒子に
国・地方ともに多大な借金を抱えているにもかかわらず、未だに公共事業による景気浮揚や地域再生を図ろうとする動きが散見される。公的債務のみならず、国内産業の流出や人口減少など、わが国のおかれた状況を考えれば、行政が公的施設を造れば景気が良くなり、地域の活力が高まると考えるのは、時代錯誤の奢り以外の何物でもない。こうした取り組みで狙い通りとなる例は、きわめてまれであろう。
地域再生の主役は「民」であり、企業に他ならない。行政は、民の力を引き出す黒子に徹し、企業のサポートや活発な経済活動を促す土俵作りに全力を尽くすことが必要であろう。
<参考文献>
藤波匠「地方都市再生論」日本経済新聞出版社2010
林宜嗣「地域再生は企業主役で」日本経済新聞2011年9月30日29面 経済教室
編注)藤波氏の「地方都市再生論」は、地方都市として山梨県内の都市拠点をはじめ全国の現状を分析しながら、自己目的と化した行政主導の「地域活性化」策が地方衰退の原因になっていることを検証。それと同時に志ある行政マンの地域再生に向けての決起を求めている。
[1] フジサンケイビジネスアイ10月1日
[2] 建設凍結となり、今後建設中止もありうるとされている。
[3] 北口の再開発計画では、県立図書館、国の地方合同庁舎、消防署、NHK甲府放送局などの公共・半公共施設が設置される予定である。そのほかに、北口には甲州夢小路という古い街並みを再現した観光施設も設置される。
[4] 国立社会保障人口問題研究所が、2005年までの国勢調査の結果を基に算出した推計値。
[5] 国土交通省「建設工事受注動態統計調査報告」2000年-2007年の平均
[6] 日本経済新聞10月21日付け朝刊1面、3面
[7] 筆者は、甲府市中心市街地活性化基本計画の策定委員に名を連ねた。振り返っても、紅梅町の再開発を計画の目玉とせざるを得なかったことについては、忸怩たる思い。本稿執筆にあたり、当時の議事録を読み返すと、「新庁舎建設と紅梅町の再開発が計画の目玉でいいのか。他に目玉を打ち出せず力不足を実感」などという趣旨の発言をしていた。
[8] 朝日新聞山梨版10月22日付け29面