Vol.160-1 山梨学院大学からの提言 『ICTイノベーションによる地域・企業の活性化』(1)
連載(1)ICTイノベーションの必要性について
山梨学院大学経営情報学部
学部長 齊藤 実
はじめに
閉塞感が漂う地域社会や企業の活性化のためICT(Information and Communication Technology:情報通信技術)を利活用したイノベーションが今後大いに期待される。世界の中の日本、日本の中の地域であるから、まず世界および日本全体のICTの大枠を把握することが肝要である。
本論文では、世界における日本の全分野における総合的な国際競争力ならびにICT分野に特化した国際競争力を捉えることから始めたい。次に、日本のICTの現状について総括する。端的に述べると、総務省が情報通信政策として2001年のe-Japan戦略の発表以来、2005 年のu-Japan戦略を継続的に実施してきた結果、今やブロードバンドネットワークの全国整備が完了しつつあるが、ICTの利活用については依然不十分である。
1位 | 米 国 |
1位 | 香 港 |
3位 | シンガポール |
4位 | スウェーデン |
5位 | スイス |
19位 | 中 国 |
22位 | 韓 国 |
26位 | 日 本 |
ここに本連載シリーズの論点がある。すなわち、高度かつ広範に整備されつつある日本のICTインフラストラクチャを如何に活かして混迷する地域社会や企業の活性化に役立たせるか、という観点から山梨学院大学経営情報学部の教授陣の主張を展開する。
1.現状の認識
世界的な金融・経済危機のみならず東日本大震災の直撃を受けた日本経済は、未だに自律的な回復・成長路線に戻るには程遠い状況の中にある。また、グローバル化や少子・高齢化の急速な進展などの環境変化に対応した制度改革などが進まず、1990 年代以降のいわゆる『失われた20年』から完全に脱却できない状態にある。さらに、世界規模での原子力を含む資源エネルギー問題や環境問題など重大な課題が山積している。
まず、日本の国際競争力についてみる。スイス・ローザンヌの国際経営開発研究所(IMD)による評価結果を表1に示す。1990 年代以降の我が国の国際競争力の順位は、1992 年の世界第1位から2011 年には26位にまで低下している。グローバル化による競争の拡大・激化にさらされ、世界の経済成長の潮流にうまく乗れずに低迷が続いている。なお、この調査結果は2011年春までのデータに基づくため、東日本大震災の影響はほとんど考慮されていない。
その内訳を過去5年間の推移として図1に示す。総合順位は26位であるが、「政府効率性」は財政や税制対応などが影響し50位という低い順位にある。「ビジネスの効率性」も「経済状況」も過去5年間をみても低迷している。評価項目の中で「インフラ建設」のみが比較的上位を維持していることが分かる。
このIMDの調査では、企業がどの国でビジネスを展開すれば良いか、という観点が重視されている。調査結果から、日本は世界メジャー企業がアジア拠点を置くには向いていない、ということが明らかである。
次に、世界における日本のICTに関する競争力について考察する。2010年の世界経済フォーラムによると、ここ数年はスウェーデン、シンガポール、デンマークなどの諸国が上位を独占している。一方、ICT競争力の日本の順位は、ピーク時の2004 年の8位から2010 年の21位へと落ちている。評価においては、日本は、68項目のうち、ブロードバンド利用のコストの低さ、国内のICT供給能力、ICT研究者や技術者の数や企業の研究開発費、特許出願などで高い評価を受ける一方、税率、高等教育進学率、経営大学院の質、ICTを使った政府の効率性、政府のICT推進等の項目で著しく低い評価を受けている。
ただ、世界経済フォーラムの調査結果は、個別の項目では参考となるものの、日本の情報通信の現状を適切に評価する上ではやや問題があることを注記しておく。したがって、世界経済フォーラムの調査結果を鵜呑みにせず、日本のICTの現状を考慮しつつ、評価結果を取捨選択することが必要である。
図2 ICT世界競争力ランキングの推移
2.進展するICTインフラストラクチャの整備
e-Japan戦略の到達目標は大きくクリアし、我が国のブロードバンド環境は充実してきている。 u-Japan戦略では、これまでの有線中心のインフラ整備から、有線・無線の区別のないシームレスなユビキタスネットワーク環境への移行を目指している。有線から無線、ネットワークから端末、認証やデータ交換等を含めた有機的な連携によって、あらゆる場面で継ぎ目なくネットワークにつながる環境を整備が進んでいる。その結果、ネットワークが生活の隅々にまで融け込む草の根のようなICTの充実した環境が着々と実現しつつある。
我が国の高速ブロードバンドのサービスエリアの世帯カバー率は、NTTのデータによると2010年3月末時点で91.8%にまで達している。FTTH、DSLなどの各種ブロードバンドサービスの契約数の内訳を表2に示す。そのうち、DSL契約数は769万契約で減少傾向にある一方、FTTH契約数は2,093万契約と増加しており、ブロードバンド契約数に占めるFTTHの割合が最も高い。契約純増数の推移をみると、DSLは純減傾向が続いている一方、FTTHは一貫して純増している。全体に占める割合は小さいものの、近年BWAアクセスサービスの契約数が急速に増加している。
表3には個人や企業のインターネット普及率の年次推移を示す。非常に高い普及率であり、ネット環境が十分に整っていることが分かる。今後、ブロードバンドの普及を徹底させて2020年には100%を目指している。
表2 ブロードバンドサービス契約数(2011年度6月末)
アクセスサービス種類 | 契約数 |
FTTH | 20,930,056 |
DSL | 7,696,341 |
CATV | 5,734,275 |
FWA | 10,375 |
BWA | 1,036,157 |
*FWA:Fixed Wireless Access BWA:Broadband Wireless Access
表3 インターネット普及率(%)
調査時期 | 2006年末 | 2007年末 | 2008年末 | 2008年末 | 2010年末 |
世帯 | 79.3 | 91.3 | 91.1 | 92.7 | 93.8 |
個人 | 72.6 | 73.0 | 75.3 | 78.0 | 78.2 |
企業(従業者100人以上) | 98.1 | 98.7 | 99.0 | 99.5 | 99.8 |
総務省によると、平成22年末のインターネット利用者数は、平成21年末より54万人増加した結果9,462万人で、人口普及率は78.2%となっている(図3)。個人がインターネットを利用する際に使用する端末については、モバイル端末での利用者が7,878万人、パソコンからの利用者は8,706万人、ゲーム機からのアクセス利用者は715万人である。 なお 、ここではインターネットを利用したことがある者を対象として行った推計であり、インターネット接続機器については、パソコン、携帯電話、携帯情報端末、ゲーム機等あらゆるものを含んでいる。
一方、各国のインターネット料金の比較を表4に示す。諸外国に比べ日本は低廉であることが分かる。一般に、通信サービスは、通常料金、割引料金、定額制など非常に多様な料金体系があり、各国に事情により千差万別であるのはもとより、同一国内でも地域間格差が存在する。このような点を勘案すると、厳密な内外価格差の比較は難しいがいずれにせよ、世界的にみても日本人はかなり恵まれた環境を享受できるようになっていることは確かであろう。
図3 インターネット利用者数と人口普及率
表4 各国のインターネット料金の比較
国 名 | 1Mb/sあたりの料金(ドル) |
日 本 | 0.6 |
韓 国 | 0.8 |
米 国 | 4.9 |
ドイツ | 5.2 |
フランス | 3.7 |
イギリス | 6.3 |
*出典:ITU World Information Society Report
3.ICTイノベーションの必要性
前述のように、日本は膨れ上がる債務を抱えながら世界に最速の少子・高齢化が進んでいる。人口減少も既に起きており、近い将来の労働人口の減少がたいへん懸念される。さらに、所得の長期的な停滞・低下、国内市場の縮小などによる資本不足も問題になるであろう。
苦境にある日本においては、手をこまねいていては国際競争力向上や経済成長は望み難い。このまま放置すると、特に地域社会の経済的困窮は救い難い状況に陥る。このような状況を打破するには、大局的な見地からは、経済・社会システムの各種イノベーションを促進して、日本の潜在的な経済成長性を向上させることが急務である。
前章で示したように、日本は光ファイバーを中心とするブロードバンドネットワークなどのICTインフラストラクチャの基盤整備はNTTなどの長年の貢献もあり世界最高水準にある。折角世界に誇るべき良好な情報インフラストラクチャの良好な環境があるにもかかわらず、ICTの利活用については世界に大きく遅れを取っている。特に、国民生活に密接している「医療」、「福祉」、「教育」、「行政」などの分野には優先的にICTを利活用すべきであることは明らかであるにもかかわらず様々な障壁のため進展の速度は遅い。さらに、企業の活性化の強力な武器となる“ビジネス・インテリジェンス”などには、ICTの新たな利活用分野があるものと大いに期待できることは確実である。
既存の産業分野とICT産業の連携強化を通じてイノベーションを実現し、日本の国際競争力を高めることが望まれる。また、国内で大きな課題となっている山梨のような地方の経済活性化のためにも、ICTを的確かつ有効に利活用することにより、様々なシーンでのイノベーションが巻き起こることが大いに期待される。
[参考文献]
- The Global Information Technology Report 2009-2010
- The Global Information Technology Report 2010-2011
- 平成22年度情報通信白書
- 平成23年度情報通信白書
- 「山梨県の人口および個人所得データの推計と考察」、山梨学院大学経営情報学部論集 2009.2.