Vol.160-2 韓国のバイオ産業戦略


公益財団法人 山梨総合研究所
主任研究員 小柳 哲史

1.はじめに

 山梨総合研究所は韓国の忠清北道にある忠北発展研究院と調査・研究の協定を締結しており、定期的に日韓交流のセミナーを開催している。毎年日本と韓国で交互に開催しているが、今年は韓国でセミナーが行われ、10月20日(木)~22日(土)の3日間、アジアフォーラム21の風間会長、(株)オーテックメカニカルの芦澤会長、山梨県立大学の徐准教授、そして山梨総研から福田専務、小柳の計5名の視察団で訪韓した。
 忠清北道は、1992年より山梨県と姉妹都市となっており、面積は7,500k㎡弱、人口は約150万人と山梨県の2倍近い規模である。我々が訪れた忠清北道の道庁所在地である清州市(チョンジュ)は、ソウルから車で約2時間と東京から甲府までの時間距離とほぼ同じであるが、総人口約67万人と甲府市の3倍以上の人口規模である。
 本稿では、「日韓バイオ医療産業の現在と未来」と題して行われた日韓国際セミナーの内容と、視察先の「忠北テクノパーク」、「(株)バイオトクステック」を紹介する。

2.日韓国際セミナー

 韓国のホンジンテ忠北大学教授が行った報告「忠清北道のバイオ医療産業の現状」を参考に、韓国のバイオ産業の現状と今後の方向性について紹介する。

(1)バイオ産業の特徴

 バイオ産業とは、バイオ技術をもとに、生物体の機能や情報を活用して、人類が必要とする有用な物質やサービスを生産する産業であり、韓国では、バイオ産業を未来の産業として注目している。今までは基礎研究の成果をなかなか活かすことが出来なかったが、近年の技術の進歩とともに、生産技術の発展に結びつけることが出来るようになった。
 また、バイオ産業は、情報処理技術などのIT分野や医療、食料、農業など他の分野との技術融合が可能であり、研究の多様性があることから、産業領域の拡大に可能性がある。そして、技術や知識の集約度が高い付加価値型産業であり、成長速度がもっとも速く、それゆえ、雇用の拡大が大いに見込まれる産業であるという特徴がある。

■韓国バイオ産業について発表するホンジンテ忠北大学教授

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(2)世界のバイオ産業の現状

 市場規模は7,731億ドルとメモリー半導体の約17倍であり、ここ6年間で8.4%の成長が見られる産業である。バイオ産業は地域の集中度が非常に高いという特性がある。例えばアメリカがほぼ3分の1の市場規模を占めているが、そのほとんどがカリフォルニアを始めとする6つの州に集中している。このような状況がバイオ産業の主要国であるドイツ、フランス、イギリス、スウェーデンなどにも見られる。また、近年では、中国、インド、シンガポールなどの新興国がバイオ産業に力を入れており、急成長している。

(3)韓国バイオ産業の現状

 韓国のバイオ産業は、市場規模としては1%程度に留まっているのが現状である。その理由としては、まず企業の零細性である。中小企業やベンチャー企業が中心であるため、欧米などのバイオ先進国と比べ、技術格差があることは否めず、専門的な人材も不足している。2番目として、世界でも5番目の規模となる研究費の投資を行っているものの、重点的な投資がなされていないこと、3番目として研究機関の連携や集中管理ができなかったことも課題としてあげられている。しかし、韓国はバイオ産業を成長産業と捉え、最も力を注いでいくべき重要な産業の1つとして位置づけており、今後の発展のために6つの方向性を打ち出している。

 

■バイオ産業発展のための6つの方向性

①優秀な専門人材の養成 

②差別化された大手製薬(バイオ)産業への進出 

③優れた臨床インフラの活用

④産学官の連携強化 

⑤技術の優位性、医療産業の差別化の育成 

⑥市場の拡大

(4)五松(オソン)先端医療複合団地

 忠清北道では、バイオ、半導体、次世代電池、電気電子融合部品を4代戦略産業と位置づけている。バイオ産業については、道内を5つに地域に分け、「バイオ物流」、「バイオ農業」、「健康食品」、「漢方新薬・化粧品・食品」、「花卉・食品」の分野を推進している。なかでも五松(オソン)地域は、バイオ産業における世界のメディカルハブとなることを目指し、メディカルインフラとして先端医療複合団地の形成を進めており、「世界的な新薬16種、医療機器18種の創出」と具体的な数値目標を掲げている。
 この複合団地内には、新薬開発支援センターをはじめとし6つの国策機関の設置が予定されている。また製薬会社や医療機器製造、健康食品分野の企業及び研究機関などバイオに関する国内外のあらゆる企業・団体を誘致している。今年から分譲を開始したばかりだが、すでに多くの企業が入居を決めている。それは、製薬や医療機器に関する機関が集中するため、相互に連携がとりやすく機能性に優れていること、また土地が安いことに加え、国からの様々な支援やインセンティブがあるため、バイオ産業の推進を検討している企業・団体にとっては非常に魅力が高いためであると考えられる。

■高度な複合団地成功のための民間企業・団体への特別なインセンティブ

○民間の研究開発機関の立地、敷地のサポート(25%)

○医療研究開発支援機関の運営費や研究開発資金の支援

○他の市・道の移転機関の財政支援

○知識経済部産業基盤資金の融資とローン控除

○入居補助金、雇用補助金、教育訓練補助金などの支援

○国税(法人税、所得税)と地方税(取得税、登録税、財産税)の減免

 ここ五松(オソン)に先端医療複合団地というバイオクラスターを形成することで、国の機関や政府出捐研究所などとの人材・技術に関するネットワークができ、また財源の効率化が図られるというメリットがある。また、関連事業との連携やバリューチェーンにおいても研究開発から実用化までの機能が整備されることから、最大のシナジー効果が発揮されると言えよう。
 バイオクラスターは他の地域でも形成されているが、アメリカでは民間企業中心、ヨーロッパ諸国では自治体中心と偏りが見られる。シンガポールは国と地方の合同支援を行っているが、企業が少ないため効果が薄い。その点、五松(オソン)では、国と地方の合同支援に加え、民間企業や研究機関、大学が連携できており、クラスターの理想形とも言える。
 このように、韓国では、国及び地方、民間企業や研究機関などが一体となってバイオ産業の推進を行っている。そして、

  ①世界のメディカルハブになる

  ②バイオ産業の市場規模を1%から7%に成長させる

  ③7大バイオ大国を目指す

を目標とし、高い戦略性を持った取り組みを行っている。

■日韓国際セミナーの参加者

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3.忠北テクノパーク

 忠北テクノパークは、梧倉(オチャン)科学産業団地内にある国の機関で、忠清北道知事が理事長を兼任し、本部棟、半導体センター、バイオセンター等がある。主に中小企業、ベンチャー企業向けの支援施設の一つであり、企業・大学・研究機関などの産業ネットワークの中心として、入居企業に対し共同研究や教育訓練、創業支援などの総合的な支援を行っている。
 忠北テクノパークには現在90社が入居している。入居企業は、高い実験設備や製品の検査機械などを低料金で利用することができ、テクノパーク所属の研究員からも様々なアドバイスが受けられる。また技術や教育などの支援のほかに経済的支援や賃金補助もあり、研究や技術開発に重点的に取り組む環境が整っている。テクノパークと同じ役割をもつ機関として、山梨県でいえば産業支援機構や工業技術センターなどが該当するが、これらの機関がバラバラに存在するのではなく、一箇所に集積しているため、ワンストップで様々な支援を受けられるのである。
 テクノパークは入居企業からは賃貸収入を得ているが、基本的な運営費は、行政からの補助金により成り立っている。2011年の予算規模は551億ウォン(38億5千万円)であるが、その内企業支援が230億ウォン(16億1千万円)と4割以上を占めている。予算は国と地方(忠清北道)が半分ずつ出し合っているが、韓国内にある18のテクノパークを競争させ、その成果を翌年の予算に反映させる仕組みであるため、各テクノパークは入居企業の成長・成功を早期に達成するよう、日々切磋琢磨している。
 忠北テクノパークも「強い中小企業を育てる」という使命のもと、全国トップを目指して取り組んでいる。その結果、この数年で入居企業のうち3企業が上場するなど素晴らしい成果を挙げている。
 一方、忠北テクノパークが成果を上げるほど、補助金の半分を負担しなければならない忠清北道にとっては、財政的には厳しくなる。しかし、企業の育成・支援に国の資金が使えるというメリットがあるため、積極的に支援に取り組んでいるのである。

4.(株)バイオトクステック

 忠北テクノパーク内にある(株)バイオトクステックは、2000年に忠北大学の教授により設立されたベンチャー企業であり、医薬品や食品、化粧品、農薬、化学物質などの安全性や有効性試験を行っている。従業員は163名であるが、平均年齢は35歳と若く、大卒者が5割を占め、大学院の博士取得者も7名いる。農林振興庁や食品医薬品安全庁など、国からも試験研究機関としての指定を受け、2007年にはKOSDAQに上場するなど、成長著しい企業である。
 2002年以降、非臨床試験の受託実績は右肩上がりに増加しており、累計では約8,000件にのぼる。日本企業との業務提携や共同投資も手掛けるほか、日本に2社の営業代理店を持っており、日本からの非臨床試験の依頼は3,130件と全体の40%を占めている。

5.おわりに

 今回の訪問で感じたのは、韓国は国が向かうべき方向性、すなわち戦略が明確であるということである。産業政策に関する国の戦略がしっかりしており、加えて戦略産業に対する集中投資や、中小企業などの育成支援が一体感を持って行われているなど、地方と企業、大学など産学官がうまくかみ合っているのである。
 さきほど、忠清北道の4大戦略産業(バイオ、半導体、次世代電池、電気電子融合部品)を紹介したが、サムスングループも昨年、太陽電池、自動車用電池、発光ダイオード(LED)、バイオ製薬、医療機器の5つの分野を成長分野と位置づけ、2020年までに約1兆9千億円を投資するという事業戦略を打ち出した。ここで挙げられている分野は全て、日本企業にとっての成長分野と同じであり、正面から戦っていかなければならない。しかし、確固たる戦略をもつ韓国に対し、日本はどうであろうか。国としてしっかりとした戦略を持ち、必要な経営資源を投入していかなければ、勝敗は明らかであろう。
 また、もうひとつ感じたのは「人材」である。今回通訳をしてくれた崔(チェ)さんをはじめ、忠北発展研究院の辺(ビョン)研究員、忠北テクノパークのクウォンさん、バイオトクステックで会社紹介や施設案内をしてくれたパクさんなど、日本語が非常に堪能であった。聞けばみな、日本への留学経験があると言う。当然英語も普通に話せる。
 調べてみると、韓国の海外留学生は年々増えており、2010年には25万人以上が海外留学をしている。そのうち学士・修士・博士課程への留学は約15万人である。一方、日本からの海外留学は7万人弱である。韓国の人口は日本の半分以下であることを考えると、海外留学生の比率にはかなりの開きが見られる。
 もちろん、留学経験があるから優秀だということではない。それよりも韓国の若い世代が「学ぶ」ということに、非常に高い意識を持っており、彼らが次世代を支えるニューリーダーとして育っているということに注目したい。グローバル社会の中で、国内だけでなく、世界を相手に競争しなければならない今日では、学ぶ意欲と高い語学力は大きな武器になろう。
 韓国を訪問したのは初めてであったが、ソウルから清州市へ向かう車窓から外を眺めていると、立ち並ぶ高層ビルやマンション群が目に入った。いかにも近代的な街並みであり、韓国の経済発展の勢いを実感した。また、出会った人たちは、みな目が輝かせ、やる気に満ちあふれた笑顔を見せてくれた。私にとっては刺激のある、そして考えさせられる、韓国訪問であった。