Vol.161-1 山梨学院大学からの提言 『ICTイノベーションによる地域・企業の活性化』(2)
連載(2)クラウド・コンピューティングの概要とその有効性について
山梨学院大学経営情報学部
教授 金子 勝一
はじめに
ICT(Information and Communication Technology:情報通信技術)の進展は、現代の社会に大きなインパクトを与えるとともに企業や地域の活動に変化をもたらしている。とりわけ、インターネットがこれまでの経済社会の枠組みを再構築しつつある。こうした状況において、多くの企業が経営資源としての3M(Man,Material,Money:ヒト,モノ,カネ)+I(Information:情報)の有効活用に取り組んでおり、なかでも「情報」の有効活用により企業の競争優位性を高めようと努力しているのである。
一方、企業活動の情報処理活用において、「クラウド・コンピューティング(Cloud Computing)」に対する関心が高まっている。このクラウド・コンピューティングが、企業競争力の向上や地域の活性化に貢献するものと考えられている。さらに、ICTに関連する業界は、これを大きなビジネス・チャンスとして捉え、多くの企業がクラウド事業に参入する動きを示している。
そこで本稿では、これまでの企業活動における情報処理と比較しながら、情報処理活用におけるクラウド・コンピューティングの位置づけやその有効性について検討していくことにする。
1.企業の情報処理環境とICTの進展
近年の企業環境は目まぐるしく変化しており、多くの企業がその複雑性や多様性に対抗しようとしている。とりわけ、ICT化とグローバル化の進展が、これまで不動の地位にあった世界中の多くの企業に対しても予断を許さない状況を作り出している。このICT化がグローバル化を後押しし、さらなるグローバル化がICT化を促進しているのである。そしてICT、とりわけ情報ネットワークが時間的・空間的な制約の排除の役割を果たしている。こうした環境の変化は、各国の産業構造を変えつつある。そこで、まず日本の主な産業の市場規模を概観することにする(図表1)。図表1からもわかるように、「情報通信産業」のみが市場規模を増大させている。こうしたことからも日本におけるICT関連産業に対する期待の大きさがうかがえる。
このICTの中心的な役割を果たしているのが、コンピュータや情報ネットワークであろう。これらのコンピュータや情報ネットワークの活用が、企業活動のみならず、行政やわれわれ個人の活動にも大きな影響を与えており、現在ではICTの推進を後退させようとする発想は難しいように思われる。
一方、企業の情報処理環境に目を向けると、これまではホスト・コンピュータを中心とした集中型の情報処理が中心的な役割を果たしてきた。こうした集中型の情報処理は、大量データを定型的に、かつ繰り返し処理することで企業に効率性を注入することを主目的としていた。これに対して、企業や組織メンバーが意思決定を行う際には、これまでの集権型の情報処理で得られる情報のみでは不十分であり、非定型的な業務処理や意思決定に必要とされる情報処理に対して柔軟かつ迅速に対応することが困難であった。そこで、このような困難な問題に対抗するために現れた発想がクライアント・サーバーに代表される分散処理システムである。こうした分散型の情報処理は、企業や組織に多様性や創造性を注入する役割を果たすことになる。
また、情報処理のみならず、これまでのヒエラルキー・コントロール型の組織から分権型やネットワーク型の組織が志向されることからもわかるように、情報処理と組織の方向性は整合的である。このことからもわかるように、組織や企業の問題がICTと密接に関係しており、どちらか一方のみでは成り立たない時代に来ているのである。さらに、ICTのさらなる進展は、その活用に対して複雑性や多様性を増大させていることに注意を要する。こうしたICT活用における複雑性や多様性に対応することが、企業におけるICTの有効活用につながっていくことになるものと思われる。
図表1.主な産業の市場規模(名目国内生産額)の推移(単位:10億円)
出所:「平成23年版 情報通信白書」,2011年。
2.クラウド・コンピューティングの概要
クラウド・コンピューティングの明確な定義は現在のところ存在しない。一般的に、ユーザーが何らかの必要な情報処理を行う際、インターネットの先にあるサーバー(クラウド・コンピューティング・サービスのプロバイダ・サーバー)に情報処理を委ねる方式を指す。しかしながら、インターネットの先にあるサーバーに情報処理を委ねるという考え方は全く新たな発想というわけではなく、これまでもSaaS(Software as a Service)やASP(Application Service Provider)のようなインターネット上にあるサービスは存在しており、こうした傾向の延長線上に位置づけられる。
しかしながら、これらのサービスとの大きな差異はやはり日進月歩のICTにある。すなわち、ハードウェアだけでなく、ソフトウェアや情報ネットワーク等、ICT関連のあらゆるものが高性能化および低価格化しており、これまでのICTでは難しい情報処理も容易に可能になってきているのである。
そして、このクラウド・コンピューティングが、企業や行政、さらには個人のユーザーに対して、自社開発以上の安定したシステムの活用、開発期間や導入期間の短縮、さらには情報システム化投資の大幅な削減の可能性など、多くのメリットをもたらすとされている。その上、これまでは情報システム化投資に費用をかけることができなかった多くの企業(主に中小企業)でも容易に情報システムを活用することができることになる。また、情報システムを稼働した後に発生していた開発・保守・運用コストも不要になるとされている。そして、これまでは、経営資源である「情報」を有効に活用することができなかった企業が、これを可能にすることになるのである。
このような多くのメリットを持つとされるクラウド・コンピューティングは、それではどれだけ活用されていくのであろうかといった疑問が生じよう。そこで、図表2の「クラウド・コンピューティングの活用予想」の調査結果を見てみよう。この調査結果はユーザー企業やベンダー企業を対象にしたものであり、対象システムは「重要インフラ情報システム」であることに注意を要する。この図表2によると、5年後にも78.5%の企業が「利用していない」と回答しており、多くの企業が現時点の予想ではクラウド利用に二の足を踏んでいることがわかる。この重要インフラ情報システムとは、人命にまで影響を及ぼすものを指している。この調査結果は、情報システムには多くのシステムが存在し、システムの信頼性や業務の重要性との関係を考慮しなくてはならないということを示唆している。この他の情報システム、すなわち、メールシステムやアプリケーションシステムについての5年後の活用は、30%以上になっていることからも、情報システムの現場ではすべてのシステムに対して安易にクラウド・コンピューティングを活用しようとしていないことがわかる。
図表2.クラウド・コンピューティングの活用予想(単位:件数)
重要インフラ情報システム | 現在の状況 | 5年後の予想 |
①利用している | 0( 0.0%) | 2( 3.1%) |
②検討中 | 1(1.5%) | 12(18.5%) |
a:コストが安くなる | 1 | 5 |
b:自社運営が限界 | 0 | 2 |
c:信頼性が高い | 2 | 5 |
d:その他 | 0 | 2 |
③利用していない | 64(98.5%) | 51(78.5%) |
e:コストが高くなる | 4 | 3 |
f:移行負荷が大きい | 3 | 6 |
g:安全性に疑問 | 31 | 28 |
h:まだ実績不足 | 20 | 10 |
i:その他 | 8 | 7 |
合 計 | 65(100.0%) | 65(100.0%) |
出所:日本情報システム・ユーザー協会(JUAS):2010年度版
「ユーザー企業 ソフトウェアメトリックス調査2011」報告書
図表3.クラウド利用者の不安の要因
■ クラウドの利用判断に直接かかわることになると想定される回答者
■ 運用担当者等、利用判断には直接かかわらないと想定される回答者
出所:経済産業省:「高度情報化社会における情報システム・ソフトウェアの信頼性及
セキュリティに関する研究会」(2009年3月)
さらに、多くの企業ユーザーは、クラウド・コンピューティングの活用に当たって図表3にあるようなセキュリティ・リスクに対する不安要因を抱えている。その第一の要因が、「セキュリティ対策が十分かどうかわからない」というものである。近年、情報セキュリティにおける多くの問題が発生しており、現在のような高度なICTを活用しても新たな情報セキュリティの問題が発生している。こうした現状を踏まえると、利用者がまず考える不安要因になることは容易に明らかである。こうした不安要因が払拭されるようになれば、クラウド・コンピューティングの活用も増大してくるものと考えられる。
3.これからのICT活用と企業の活性化
企業が活用するICTは、集中型の情報処理環境である基幹業務システム、組織の多様性や創造性を注入するための分散処システムなど、ますますその複雑性や多様性は増大している。そこで、どのような情報処理を選択するかといった意思決定のあいまいさは増大する方向にある。さらに、どこまでを自社開発・保守・運用するのかといった問題も存在している。
これに対して、クラウド・コンピューティングは、こうした意思決定のあいまいさを減少させる役割を果たす。なぜなら、クラウド・コンピューティングは、そのサービスをインターネットの先(「雲の中」)にあるサーバーに情報処理を委ねることになるからである。このクラウド・コンピューティングは、究極のアウトソーシングを意味する。すなわち、フルセット主義の経営の所有から、「持たない経営」や「持ち合い経営」へのシフトに相当する。このアウトソーシングは、ICTの世界では従来から頻繁に行われてきており、多くの企業はこうしたアウトソーシングの活用により、経営効率を高めている。しかしながら、全てをアウトソーシングすることは、ICTに関する技術やノウハウを持たないことを意味する。また、サービス提供企業の協力なしには何もできなくなる危険性も大いにあるということである。こうしたことは、製造業における海外移転により、生産技術力が低下するとともに、製造における人材育成が難しくなってきていることと同様な問題を生じさせるように思われる。
さらに、海外においてはこれまでに、アクセス障害やデータの消失、突然のオンラインストレージサービスの停止など、さまざまな問題も生じている。また、こうした問題に対する法的整備も未完成の状態にある。
こうした問題を克服しつつ、クラウド・コンピューティングの活用が進んでいくものと思われるが、それではこうした問題をどのように克服していくのであろうか。その一つの解は、経営資源である3M+Iのなかの「人材」育成とその活用にあるように思われる。すなわち、ICTはこれからも複雑化・多様化するとともに専門化・高度化していくという当たり前のことを踏まえた上で、人材を育成していかなければならない。究極のアウトソーシングをしたとしても、クラウド・コンピューティングの問題点を把握し、ICT環境の変化やトラブルに対する対応のできる人材がいなければ、うまく活用できずにコストアップにつながりかねないのである。こうしたICT人材に対する認識は、担当レベルだけでなくトップ・マネジメントにおける認識が不可欠である。しいては経営におけるICT活用に対する理解も必要となっていく。一見、遠回りのようであるが、ICT人材の育成がクラウド・コンピューティング活用の有効性を高めることになるのである。
[参考文献]
- 経済産業省:「平成23年版 情報通信白書」,2011.8.
- 鄭 年皓,山下 洋史:「情報システムのアウトソーシングとクラウド・コンピューティング」,明大商学論叢,Vol.91,特別号No.2,pp.87-98,2009.3.
- 日本情報システム・ユーザー協会(JUAS):2010年度版「ユーザー企業 ソフトウェアメトリックス調査2011」報告書,2011.9.
- 経済産業省:「高度情報化社会における情報システム・ソフトウェアの信頼性及びセキュリティに関する研究会」,2009.3.
- 金子 勝一,臧 巍,鄭 年皓,山下 洋史:「情報ネットワークにおける低エネルギーと高ファジィ・エントロピーの調和問題」,日本経営システム学会第47回全国研究発表大会講演論文集,pp.60-63,2011.12.