Vol.162-2 地域課題討議の現場から~観光振興アクションプラン試案
公益財団法人 山梨総合研究所
主任研究員 中村 直樹
1 はじめに
山梨総合研究所では、県内市町村が抱える地域課題について考え、市役所・役場職員と膝を交えて話し合い、自治体行政への有効な提言につなげていこうとの目的で、毎年度「合宿研修会」を実施している。
平成23年度は山梨市を舞台とし、市職員の方々の多大なるご協力をいただく中、8月2日に山梨市役所三富支所で開催した。市側からは竹越市長、加々美副市長をはじめ、政策秘書課、観光課、市民生活課などの職員の皆さまにご参画いただいた。山梨総研からは、中村主任研究員および赤沼研究員の両名による事前検討の成果発表があり、その後意見交換が行われた。
本稿では、筆者担当の発表部分「観光振興アクションプラン試案」をベースに、検討と討議の概要をご紹介するとともに、これからの観光振興をめざす基礎自治体が採りうる手法についてケーススタディ的に考察してみたい。
2 検討の背景
農業や製造業といった伝統的な基幹産業を取り巻く環境が厳しさを増しつつある中、地域経済活性化の新たな担い手として、観光振興による集客とこれにまつわる産業に対する期待が、一層高まっているように思われる。
平成20年発足の観光庁は、「観光は裾野の広い産業でありその経済効果は極めて大きく、地域の活性化に大きな影響を及ぼし、21世紀のリーディング産業となるもの」と位置づけ、様々な施策を展開している。山梨市としても、平成23年度から28年度までを期間とする「山梨市観光指針(以下「指針」という。)」を策定し、「おもてなしの心をおみやげに」を目標像に掲げ、時代の流れと観光客のニーズに沿った観光施策を総合的に推進していく構えである。
一方、指針でも課題として認識されているとおり、少子高齢・人口減少社会化や個人の価値観の多様化、さらには震災後の観光客マインドの変化といった新たな現実は、自治体の観光施策に新たな対応を迫っている。並みいるメジャー観光地がしのぎを削る中、いわば後発の立場で観光振興を志向する自治体にとっては、極めて厳しい状況にあることは間違いない。
しかしながら、方策のとりようによっては顧客層の開拓・獲得に成功しうる余地もあることを、他地域の事例が教えてくれる。指針が定まった後の具体化(施策化・事業化)に向けたフェーズでは、先進事例を横目でにらみながらも、自地域ならではの特質を踏まえた、人まねでない打ち手を考えていかなければならない。そのため「百家争鳴」の議論の段階も必要であり、本検討も、その一端をなしたいとの考えのもと行われた。
3 検討の要旨
(1)現状と課題
山梨市は、甲府盆地の北東部に位置する人口約3万6,400人の小都市で、北は山梨・埼玉県境まで広がる市域を有し、市内を国道140号および笛吹川が背骨のように縦断する。南部にはJR中央線山梨市および東山梨の2駅を核とする市街地、北部には笛吹川がその源を発する自然豊かな山岳・丘陵地帯が広がり、一部は秩父多摩甲斐国立公園区域の一部にも指定されている。
桃・ぶどうを中心とした果樹農業が伝統的基幹産業であるが、担い手不足、産地間競争の激化、震災に伴う供給のダブつきによる価格下落など、産業としての明るい展望はなかなか描きにくいのが実状であり、市の厳しい台所事情ともあいまって、新たな産業興しが今後の大きな課題となる。
「外貨」を稼ぐスター産業として観光への期待が高まる中、市内観光スポットとして笛吹川フルーツ公園、根津記念館、西沢渓谷などを擁するものの、近隣の笛吹市(石和温泉の宿泊客収容力)、甲州市(勝沼のぶどう・ワイン、「甲州の鎌倉」とも称される歴史資源群)と比較して、観光面でのプレゼンスは若干弱めといわざるを得ない現状にある。
本検討では、まずSWOT分析の手法を用いて観光振興をめぐる山梨市の≪内在的強み/弱み≫と、市を取り巻く≪外在的な機会/脅威≫とを抽出・分析し、観光施策の今後の方向性を見出そうとした。その結果、強みを発揮・弱みを克服・機会を活用・脅威を回避して観光振興を進めていくために、次のような方向性が導き出されると考えた。
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(2)市の取り組み
観光振興や集客促進に関して市で展開されてきた取り組みをいくつか例示すると、次のとおりである。
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(3)方策
前述の方向性を踏まえ、市の既存の取り組みも念頭に、指針の下部に位置づけられる実行戦術として具体的な方策を考案し、全体で12の「アクションプラン(試案)」にまとめた上で、指針の目標年度(H28)までの工程表に整理して提言を試みた。
ここでは、紙幅の制約上、主たるものをいくつか取り上げ、その考え方に触れていくこととしたい。
①やまなししライフのブランド化
エコツーリズムやグリーンツーリズムなど、体験や触れ合いを重視した「ニューツーリズム」が注目されるようになって久しい。
山梨市においても、物見遊山型で画一的なオールドタイプの観光旅行を推進していくことには限界がある点、地域分析の結果明らかであった。市内の宿泊キャパシティを考えても、大型バスで大挙して一過性の消費に訪れる団体客の誘致に注力する(10人×1回)よりも、家族や趣味嗜好を同じくする仲間などの小集団に対して、充実した癒しや体験を提供し、リピーターになってもらう(1人×10回)方が、産業としての効率性では劣るが、市の地域特性に合った現実的な戦略と考えられる。
市においても、おそらくは同様の考えに立って、市民との協働のもと地域資源活用型のモニターツアー企画・試行にあたっている。このことを踏まえ、ニューツーリズムの推進を超えて、生活スタイルそのもののブランド化を進め、「擬似ふるさと」山梨市への愛着を醸成することで滞在型・反復型の訪問につなげよう、との提案を行った。
近年提唱されつつある「ライフスタイルのブランド化」という考え方は、ある地域に住む人たちが自分のまちや日々の生活スタイルに誇りを持つことで、初めてその地域の産品が外部から評価を得る、という理念に基づいている。例えば、「ワインを作って売る」のではなく、日本食をつまみに葡萄酒で晩酌するライフスタイルそのものを、自信もって売っていくことが、結果的に産地の振興につながる、というものである。
価値あるライフスタイルとして外部の認知を得るためには、まず、先人から継承・蓄積されてきた生活様式(生産活動、余暇活動、食、祭りなど)や何げない暮らしの中に価値を再発見し、「ライフスタイル資源」として評価を加え、体験価値として提供できるかどうか吟味した上で商品化・サービス化していくことが必要と考えられる。
例を挙げるなら、たとえば市内に点在する桃栽培農家はまさに「桃を作って売っている」わけだが、1個の桃には、剪定の面白さ(枝の伸びや実成りに関する構想力)、消毒や袋かけの苦労、骨休めの楽しみや工夫、収穫の喜び、豊作を願う地域の祭り等々、さまざまな思いや技術、はたまたその地域で人生を謳歌するための知恵など、歴史・風土の蓄積が詰まっているはずである。こうした要素が巧みに発掘・整理・発信されれば、従来その地域に縁の薄かった人の、「桃畑を見てみたい」「桃を買うだけでなく農家の方と交流したい」さらには「農業体験してみたい」「市民の生活に触れてみたい」といった、地域来訪ニーズの掘り起こしにつながっていくものと期待されるのである。
以上は果樹農業をとらえた一例にすぎないが、そのほか市民生活のさまざまな側面について知見を集め、都市居住者などに対して「心地よく魅力あふれるやまなししライフ」を訴求していくことが、訪客の増、交流人口の増に向けては必要と考えられる。そのためには、市民生活を子細に見つめる地域関係者の眼差しと、外部から俯瞰し客観的に観察・評価できる外部の眼との両方が必要となることから、市民特派員による情報収集や観光交流モニターによる観察・評価活動の実施などを掲げて、試案に位置づけたところである。
②新たな地域イメージの創出と発信
前項の①で述べたような、訪客との関係性強化の努力と並行して、山梨市へまずは足を向けてもらうために興味関心を喚起する取り組みも重要である。
豊かな自然環境や農村景観に恵まれた山梨市ではあるが、誰もが知るような観光スポットが不在であること、前述のように近隣市に比べ相対的にプレゼンスが薄いことなど、観光地としての認知度が低い点は、指針にも課題として挙げられているところである。
そこで、外部に発信しうる地域イメージの構築を強く意図して行い、継続的に浸透を図っていく必要があると考えられる。市内の地域資源から発せられるプラスイメージを凝縮して内外に全面展開していくのである。
本検討では、地域を表象するコンセプトの一つの案として『かりさかバイウェイパーク』なる造語を掲げ、こうした旗印のもとに情報発信していくべきと提案した。
【逐語説明】
※ロゴマーク案:青系(豊かな水源と笛吹川の清流)・緑系(多彩な山岳、森林とセラピーロード)・赤系(果実の恵みや温泉資源)の三系統の色を基本に、市のプラスイメージ凝縮を意図 |
このほか、さらなるイメージ的魅力の創出を図るため、各論的な提案として、①市内の多彩な山岳資源を活かし、安全登山のメッカとして山域イメージの向上を図り「高尾山の次の訪問地」をねらうアクションや、②市内の光資源(乙女高原の星空、万葉の森の蛍、笛吹川納涼花火大会・除夜の花火、フルーツ公園の夜景、秋祭りの灯篭など)を活かし、視覚的にもやさしいナチュラル系の光に彩られた美しいまちのイメージ形成をねらうアクションについて、試案に位置づけたところである。
③中核的観光振興組織の形成
観光振興を行政の独力で進めることはもとより不可能である。プランの実行には実働の主体や協力機関が欠かせず、市民や団体、業界や産業支援機関などのさまざまな主体と連携してアクションを起こしていかなければ、効果的な施策展開は望めない。体験型・ライフスタイル売り出し型のスモール・ツーリズムで観光振興を図りたい自治体にあっては、市民が主役となって地域の総力で対応していくことが特に求められそうだ。
そのためには、地域への集客に向けた企画力や情報発信力、各種団体のコーディネート力、市民とのコミュニケーション能力などを備えた、中核的な観光推進組織が地域のインフラとして存在し、これが活発に活動している状態が望ましいと考えられる。
広く事例を外に求めると、たとえば長野県飯山市(人口約2万3,500人)が擁する「信州いいやま観光局(一般社団法人・2種旅行業登録)」では、「官民が連携し、地域が一丸となって観光まちづくりに取り組む基盤組織への発展(H22.4.1設立趣意書)」をうたい、「顧客重視」「民間感覚による観光地経営の視点」「地域の総力挙げて」を基本方針に、「盆踊りと笹ずしづくり体験」「和紙のふるさと・いいやま灯篭まつり宿泊プラン」といった地域資源活用型プログラムの企画・販売、観光人材の育成、観光情報の発信などに総合的に取り組んでいる。
地域の観光振興組織をどのように構想・構築するかは、それぞれの地域の実情や、動員可能な行政資源(予算、人員など)などに応じてさまざまと考えられるため、一概にロールモデルを示すことはできないが、本検討では、内陸型地方小都市の取り組み事例として上記のケースを紹介するとともに、各アクションを担う主体として飯山タイプの組織を想定したうえで、試案に位置づけたところである。
④その他
上記①~③で言及したもののほか、本検討に係る提案として掲げたアクションの全体像について、参考までに試案から抜粋して表示すると、次のとおりである。
【参考:アクションプラン(試案)の体系表】
4 意見交換の概要
検討成果の発表後、活発な意見交換が行われた。市側から出されたご意見や「決意表明」をいくつか掲げると、次のとおりであった。
- 誘客ターゲットの絞り込みは重要であり、山梨市に対するニーズの的確な把握と現状分析をさらに進め、しっかりとした裏付けのもと新たな取組みを展開していくことが必要
- 観光振興に向けた市民のコンセンサス形成は、観光による集客が産業経済・財政を潤す具体的な成果に結びついているとの市民実感がないと難しいので、啓発での工夫が必要
- ふるさと市民のネットワークづくりは現下の課題であり、山梨市ファンの増加の観点からも、また観光宣伝の媒体としての活用の観点からも、さらに取り組みを進めていきたい
- 組織体制の整備にあたっては、財政的・人的な状況からも、市が単独で抱え込むのではなく産業界や関係団体との連携強化で補完していくことが不可欠
- モニターツアーを通じて都会人のニーズの所在を確認・分析している。一過性の観光地ではなく、「外貨を稼ぐ観光」を山梨市において考えていかなければならない
- 内の若手グループが「ぶどう体操」を企画し、広めようとするなど、市内でも興味深い取り組みが行われている。こうした動きにも目配りし、上手に連携しながら観光まちづくりにつなげていきたい など
5 おわりに
観光振興に活路を求める自治体は多く、今後ますますこの分野での地域間競争が激しさを増していくことも予想される。これからの「観光立市」志向地域にとっては、既に確立された著名な観光地といかに競っていくか、あるいは、新たな顧客層を開拓して自地域にひきつけるにはどうすればよいか等々、重い課題が待ち受けている。
「観光立市」のフレーズにともなう華やかなイメージとは裏腹に、その具体的推進に際しては、既に見慣れたはずの地域ともう一度向き合う真摯な姿勢や、観光を基幹的産業の一つとして育成・振興する方向性へ市民のベクトルを合わせていくための「説得と動員」の活動など、地道な努力が必要とされていくように思われる。
山梨市においては、既述のとおり、国土交通省の事業採択を受け、観光まちづくりコンサルティング事業によりモニターツアーの企画実施とそこからの成果抽出などの取り組みを着実に続けており、こうした事業を通じて民間の観光まちづくり団体の役割拡大や市民意識の向上が進みつつあるなど、今後の飛躍が期待される。
しばしば引用されるように、「観光」の語源は「国の光(=文物、暮らし向き、風俗など)を観る(『易経』)」に求められるという。これを敷衍すれば、観光振興=市民自身が暮らしやすい地域づくりに直結する。将来にわたり、山梨市が自らの「光」をいかにみがき込み、魅力あふれる観光地へと変貌していくか、その動向を注視していきたい。
【参考文献等】
山梨市オフィシャルサイト(http://www.city.yamanashi.yamanashi.jp/)
観光庁HP (http://www.mlit.go.jp/kankocho/)
㈶日本地域開発センター「地域開発」(2011年5月号)