薩摩藩の郷中教育


毎日新聞No.359 【平成24年3月30日発行】

 先日、知人の中国人経営者からこんなことを言われた。「日本人の若い人は駄目ですね。やる気がないようです。これは日本の教育が間違っていると思います。」というものであり、私はショックを受けた。
 日本の教育レベルはなぜこうまで低下してしまったのか。一つは、人格形成に欠かせない躾や倫理規範を疎かにしてきた結果ではないだろうか。例えば、「子の躾は親の責任」という意識の希薄化や、社会規範を教え込む道徳教育の質的劣化があるように思う。
  以前、ご高齢の元教員から人を育てる上での信条を聞いた。それは「子供に対するしつけとは、おしつけである」というもの。この意味は、規範意識がまだ薄く、自意識の確立途上にある子供に対しては大人が躾(おしつけ)教育をしっかりする必要があるというものだ。なかなか説得力がある。

  こんな時、鹿児島の知人から薩摩藩の時代に実施されていた「郷中教育」の話を聞き、興味が湧いた。九州大学文学部国史学研究室の近世近代史論集によると「郷中教育とは、藩政時代の行政区画である方限(ほうぎり)を単位として、7~8歳より24~5歳くらいまでの武士階級の青少年が団体(郷中)を編成し、特別の施設もなく、特定の教師もなく、特別の公的補助もなくして、青少年が薩摩武士たるべき人間育成、人格形成を目指して、自発的・継続的に行った学習活動を指す」というものである。
 郷中は、二才(15~25歳)、長稚児(11~15歳)、小稚児(6~10歳)に分類され、先輩が後輩を指導することによって人を育てていた。武士の子供たちは同じ年頃や少し年下の 人達と一緒に過ごしながら、心身を鍛え、躾、武芸を身に付け、勉強していたのである。そこでは、ごく自然に「年長者は年少者を指導すること、年少者は年長者を尊敬すること、負けるな、嘘をつくな、弱い者いじめをするな」といった人として最も基本的な、そして必要なことを身に付けていた。
 現在、郷中教育が原形をとどめる形で残っている地域は少ないようであるが、鹿児島に本拠を置く会社の間では、社員教育にこの思想を取り入れよとする動きがあるそうだ。

  最近の無秩序な日本社会を見るにつけ、私たちはこうした先人の知恵と経験と歴史に学ぶべきものが多いように思う。

(山梨総合研究所 専務理事 福田 加男)