Vol.165-2 企業文化の形成、進化、衰退を考える
公益財団法人 山梨総合研究所
専務理事 福田 加男
1.企業文化の定義
企業文化の定義については様々な書物で、様々な定義付けがされている。例えば、梅澤正氏は、「人が見える企業文化」の中で「それぞれの会社がこれまで培い、定着させているところの、①企業哲学、経営理念、組織価値といった観念体系、②伝統、慣習、慣行といった不文律の社会規範を含む制度体系、③企業としての、経営と組織にかかわる行動の型、ないし社員達に共有された思考、行為の様式」としてやや広く企業文化を定義している。
また、河野豊弘氏は、「変革の企業文化」の中で、「企業文化とは、企業に参加する人々に共有されている価値観と共通の考え方、意思の決定の仕方、また共通の行動パターンの総和ということができる。それは、戦略や組織制度に規定されながら、人々がどのような信念を持ち実際にどのように行動しているかということに関心を持つことだ」とし、意思決定のパターンを企業文化の特性としてとらえた。
吉森賢氏は、「経営システムⅡ」において、「企業文化とは、企業理念に基づき形成され、最高経営責任者から従業員にいたるまで共有され、実践され、継承された態度と行動を意味する」と定義している。そして「企業文化の上位概念として企業理念がある。企業理念が企業内の大部分の構成員により合意され、共有された場合、企業文化になる」と述べている。また、企業理念は日本では、社是、社訓などの名前で成文化されることが多いが、企業文化は成文化されることが少ない。しかし、企業理念と矛盾する企業文化はありえないとし、企業文化と企業理念の強い相関関係を述べている。
本稿では定義を分かりやすくするために、また筆者自身の経験からも理解しやすい企業文化の定義として吉森賢氏の「企業文化とは、企業理念に基づき形成され、最高経営責任者から従業員にいたるまで共有され、実践され、継承された態度と行動を意味する」とする。
2.企業風土と企業文化
(1)企業風土と企業文化の違い
ところで企業文化を語る場合、よく「A社とB社の社風は違っている」とか「C社の企業風土は従業員に優しいが、D社のそれは違っている」など、社風とか風土という表現がよく使われる。実は、この社風あるいは、風土というものが企業の文化に大きく関係していることは事実であるが、これは企業文化ではない。
以下は梅澤正氏著「人が見える企業文化」からの引用である。「風土は、本来気象学上の用語から推量されるように人為的コントロールが及ばない面がある。しかし、人々は取り敢えず地理的・気象学的な制約を甘受し、それを踏まえて、自らのライフスタイルをより望ましいものへと形成することになる。企業風土にも同じことが言える。もしも固有の存在意義を確認し、経営理念を確立することを通じて、目指す企業風土の形成に向けて相応の措置を講じないなら、一体どうなるかと言うことである。一定の風土的制約の中で、望ましい最善の状態を作り上げようとする人間行為を通して初めて文化は創造される。文化は耕作の産物である。幸いなことに、こういうことを発想する英知と、それを実行しようとする意思とを、人間はもともと授かっている。しかし、極度に風化が進行してしまった風土にあっては、人間のそういった英知は呼び覚まされず、意思もまた枯れてしまうであろう。その意味で、かかる社員達の英知と意思を育て、活性化させている企業風土こそ、多くの企業にとって基本になるものと思う。」というものである。
つまり企業風土には、従業員の気質や文化に影響を及ぼす様々な要素が含まれており、自然発生的に醸成されたものという性格があって、人為的な統治が及ばないところがある。しかし、人でも組織でも等しく目指す価値の実現に向けて、主体的な行動と努力が為されることによって企業風土は企業文化へと昇華する。従って、企業文化の形成には、その前段階として企業風土が存在するという関係にある。
(2)企業風土から企業文化へ
以上、社風あるいは、風土というものが企業文化に大きく関わっていることが確認された。次に企業風土と企業文化の関係をもう少し詳しく考えてみたい。
企業風土を考える場合、創業期が分かりやすい。創業経営者は、自らの理念・信条・価値観を持って起業することは紛れもない事実であろう。この時、創業者は理念・信条・価値観といった抽象的な概念を少しでも分かりやすく従業員に伝えるため明文化することが多い。これが企業理念であり、社是、社訓とも言われる。こうした企業理念を掲げた後、あるべき企業像に向かい日々努力することになる。この段階では企業の雰囲気、空気、社風といった表現が使われ、外部に発信されることが多いが、これは企業風土に過ぎない。さらに経営者・従業員は、組織体制や各種規範を制定し、企業の制度や仕組みとして取り込みながら企業を最善の状態に向かい作り上げようとする。この一連の過程は、企業風土を耕作すること、つまり人間の精神的生活に関わる行為であり、その結果として企業文化へと昇華することになる。この為、企業文化は、その基となる企業風土、社風といった人為的コントロールが及ばないところもある。従って、放っておくと企業文化は育たない。企業が企業文化を形成しさらに進化させていくためには、その維持・管理が欠かせないことになる。最善の企業文化を構築しようとする経営者や従業員の努力があって、はじめて時代に適した企業文化が形成され、進化していくものである。これは企業文化の定義とも合致する。
ダグラス・マクレガーは著「企業の人間的側面」の中で「成長は我々が持つ手段よりも、創り出される環境によって左右される。環境が成長に役立つのであれば、主要な仕事は、土地をよく耕し草を取り除いてやることである」と梅澤正氏と同趣旨のことを言っている。この両氏の言葉が企業風土と企業文化の関係をよく物語っている。
3.企業文化の形成、進化、衰退の過程を3理論からみる
(1)日本企業に適用したパーソンズモデル
勝又壽良・篠原勲共著「企業文化力と経営新時代」によると、「日本の企業文化」をタルコット・パーソンズ著の「社会システムの構造と変化」の中で重要な概念となった「A・G・I・L図式」と「構造-機能論」によって解明しようと試みている。以下は、「企業文化力と経営新時代」及び、一部「Wikipedia」からの引用である。
タルコット・パーソンズは、社会システムについてAGIL図式および、構造機能分析などを使って説明しようとした。AGIL図式とは、「あらゆる社会システムに備わっている機能がA:適応、G:目標達成、I:統合、L:潜在的なパターンの維持と緊張の処理」の4つの機能であるとしている。社会システムは、これ等の機能によって維持されるというものである。
もう一つの分析手法である構造機能分析とは、社会システムを構造と機能に分けて分析したものである。これによると「構造にあたるのは、社会システムの中でも変化に乏しい安定的な部分である。構造は定数部分であると定義される。そして機能とは、その構造の安定に寄与する部分であり、社会システムの内で変化が見られる部分である。機能は変数部分であると定義される。そして、この構造と機能の分析により社会一般を分析できるとした」(Wikipediaより)。
そして、「パーソンズは、著作の中でそれまでのA・G・I・Lの順序を逆転させて、L・I・G・Aと置き換えた。理由は、サイバネティック(自動制御)な順序によって社会システム(広義)は動くという事実に基づいていた。つまり、文化システム(L)が社会システム(狭義:I)を制御する。社会システムはパーソナルシステム(G)を制御する。さらにこれが、行動システム(A)を制御するとしたのである。パーソンズがこのモデルを提示した理由は、国家の発展・進化が文化・宗教を起点としているという事実からである。
そして勝又壽良・篠原勲両氏は、パーソンズの「社会システムの4つの機能」を、「企業システムの4つの機能」に置き換え「日本企業に適用したパーソンズモデル」(図-1)を考えた。それは、L(企業文化)、I(進化能力)、G(本社=スタッフ)、A(工場=生産現場)とし、社会システムの始発点にはL(文化)が存在するように、企業システムにおいても「文化」が始発点になるということが重要な概念であるとした。
そして、L(企業文化)とI(進化能力)は、内的な存在であり表面に現れない。従って我々は、その存在を無視しがちである。これに対し、G(本社)とA(工場)は、外的な存在であり、その存在は製品や商品として我々に認識されやすいというものである。システムの4つの機能は、L(企業文化)を始発点にして密接な関係にあることから、どれか一つでも機能不全を起こすとシステム全体が機能麻痺を起こすことになる。
同書では、事例としてトヨタ自動車の「ジャスト・イン・タイム」を取り上げている。日々起こる問題に対する解決策を全社で「標準化」し、同時にそれを「文書化」して社内ルール化させたことは、企業システムの4つの機能が働いた結果だと言う。
(2)加護野忠男の組織認識論
加護野忠男氏は著「組織認識論」の中で企業文化を次のように3つのレベルから説明しようとしている。それによると
【レベル1:世界観】
組織のパラダイムであり、組織の支配的な見方である。人々が様々な状況に直面した時、どのように日常の理論を用いるべきかを決めるための思考前提を与える。身近なものを手がかりに縁遠いものを知る「知の方法」としての機能を果たす。経営危機時に羅針盤としての機能を見つけ出す重要な役割を持っている。
【レベル2:日常の理論】
組織における人々の「見る」、「知る」、「分かる」、「選ぶ」、「決める」、「学ぶ」などの認識の活動と密接に関係する。何を問題と見なすかは人々が信奉している「日常の理論」によって決められる。人々の行為の背景に存在しているのが「日常の理論」である。世界観と日常の理論は企業文化(組織文化)を構成する。組織文化は、組織構成員によって内面化され、共有化された価値、規範、信念のセットである。従って、組織文化の形成、伝承、変革という問題は企業の成長にとって重要である。
【レベル3:見本例】
具体的に組織内で語り継がれている武勇伝、物語、英雄、儀式などを指しており、企業文化の形がそこに示されている。これを見れば、その企業の文化はどのようなものであるかが第三者にも理解可能となるというものである。
(3)企業文化の5タイプ
次に、河野豊弘著「変革の企業文化」から企業文化進化の過程を示す。それによる企業文化を「組織に共通の価値観、考え方、行動パターン」の要素からその進化過程を5タイプ提示している。それは次のようなものである。
企業の発展・衰退過程を企業文化の視点から、「専制者に追随しつつ、活力ある企業文化」⇒「活力ある企業文化」⇒「官僚的企業文化」⇒「澱んでいる企業文化」⇒「専制者に追随しつつ、澱んでいる企業文化」という5段階に区分している。
まさに現実に起きている企業の不祥事件や行政組織の前例主義、事なかれ体質、保守的な行動様式を見ているとこの5分類が理解しやすい理論である。そして我々の身近にある企業をこの5分類に当てはめてみると企業文化の発展・衰退過程が見えてくる。
(4)3つの理論から言える企業文化の形成・進化・衰退
この3つの理論から企業文化の形成、進化、衰退の過程を推し量ると概略次のようになる。企業文化とは、企業組織の根底部分に潜んでおり、通常はほとんど意識されずに見過ごしている。しかし、組織の規範、行動などの面で、大きな影響力を及ぼす重要な位置を占めている。分かり易く言えば“空気”のようなものであり、その企業の業務プロセスである“仕事のやり方”を示しているとも言える。これこそ企業組織の規範、価値観、行動を反映している。そして“進化能力”の強弱は“企業文化”の影響を強く受けるはずである。強い企業文化であれば、現状に安住せずに絶えず改革を指向していく。組織は過去の体験を“信頼”するだけでなく、それを“疑って”見直し、改めて新しい観点から生態学的変化を取り込み、同様に淘汰し、そこに以前とは違う新しい意味を見出すことができる。
組織が変化に対して順応し、再び環境の変化に見合うだけの多様性を組織内に作り出せるサイクルが生まれる。また、適応性を失わないのは、“疑って”見直すシステムが組み込まれているからである。これこそ“進化能力”の存在の証明であり、企業文化の形成と進化である。このサイクルが途切れた時、企業文化は衰退へ向かう。
4.要約
企業文化がいくら優れていても完全ではあり得ない。何故ならば時が移り、人が代わり、価値観が代わり、社会ニーズが変わることにより企業文化は社会的潮流との間に齟齬を来してくる。この流れは押しとどめることができないものであるならば、時流に適合したより良い企業文化があったとしても、その企業文化は完璧ではないことになり、完璧ではないが故に常に進化が求められることになる。また、企業文化は放置しておくと劣化してしまう。
一方で、強い企業文化であればあるほど、自浄作用が働き現状に満足することなく絶えず改革を指向するサイクルが生まれることになる。このサイクルにより企業文化は進化することになる。しかしこのサイクルが育たなかったり、育ったとしても途中で途切れたりすることにより企業文化の進化は歩を止め、衰退へと至ることになる。
以上のことから、企業文化はいったん形成されたならば進化が宿命付けられており、進化しない企業文化は、衰退に至ると言うことである。これはつまり価値観の共有化が困難となり、場合によっては企業業績の衰退に繋がり、企業の寿命と言ってもよい。
九州電力の「やらせメール事件」、大王製紙の「元会長に対する巨額貸付問題」、オリンパスの「財テク損失隠し問題」など企業の大小を問わず不祥事件は後を絶たない。これ等反社会的な事業活動の背景には創業者あるいは創業期の企業哲学・理念が受け継がれることなく企業文化の劣化があったといえる。企業文化が軽んじられたことにより、これまで積み上げてきた会社の歴史、信用、ブランド力など全てを失いかねない事態に直面することになる。今こそ企業文化の重要性を再認識すべき時にあるように思う。
【参考文献】
吉森賢,経営システムⅡ,放送大学教育振興会,2005年
勝又壽良・篠原勲,企業文化力と経営新時代,同友館,2010年
加護野忠男,組織認識論序説,白桃書房
河野豊弘,変革の企業文化,講談社現代新書,1988年
ダグラス・マグレガ―,企業の人間的側面,産業能率大学出版部,1966年
梅澤正,人が見える企業文化,講談社,1990年
梅澤正・上野征洋,企業文化論を学ぶ人のため,世界思想社,1995年