オンリーワンの頂


毎日新聞No.361 【平成24年4月27日発行】

  山梨県はその名の由来の一つともされているとおり、まさに「山となす」ほど山がある。そのため、ある程度の地理感覚がないとどの山も同じに見えてしまう。
  太宰治の短編小説「八十八夜」の中には、汽車の同乗客が甲斐駒ケ岳と八ヶ岳を見間違うシーンがある。口には出せずともその違いを呟く太宰本人を思わせる作中人物の表情が思い浮かぶようで印象深い。また、八ヶ岳に程近く、似通った山容を持つ茅ヶ岳には「にせやつ」という異名があり、山の取り違えやすさをよく言い表している。

  登山を代表として、山を巡る観光はいつの時代にも常に一定の需要がある。流行も繰り返されてきた。古くは尾瀬ブームに始まり、若い男女の交流の場となった合ハイ(合同ハイキング)、キャンプやバーベキューといったアウトドアライフ、「日本百名山」登山、最近では山ガールという新たな流行を生み出した。
  これから登山シーズンを迎える山梨県では、例年同様多くの登山客が予想される。手軽な日帰りハイキングから3,000m級の縦走登山まで、人気の山々は一回や二回の来県では登りきれない。山の多さだけではないのだが、他の観光資源の魅力ともあいまって、県内を訪れる県外観光客はリピーター率が高いことも分かっている。とすると、通り一遍の山梨だけでは飽き足りない、よりコアなファンの期待にも応えていく必要があるだろう。土産品一つとっても、生鮮品ばかりではなく、加工品の技術やストーリーもアピールしたいところだ。冬を乗り越えるための保存食は何だったか。はね出しの果物をどのように利用するのか。海のない山梨県に海産物や塩はどのようにしてやって来たのか。生鮮品とは異なる知恵やドラマの結晶がそこにはあって、それは時に文化とも呼ばれる。

  さて、山の話であった。唯一無二の存在で「不二」とも表記された富士山は、日本の代表として世界文化遺産登録の準備が着々と進められている。新年度がスタートして一段落するこの時期。それぞれの仕事や生活においても、たくさんの山の中から目指すべきオンリーワンの頂を見つけたい。

(山梨総合研究所 研究員 赤沼 丈史)