Vol.166-1 里山再生活動と生物多様性の関わり


【NPO法人 自然とオオムラサキに親しむ会 会長 跡部 治賢】

オオムラサキについて

 山梨県北杜市は我が国有数の国蝶オオムラサキの生息地として知られています。特に八ヶ岳南麓の七里岩と呼ばれる里山林一帯は、日本で最も個体数の多い地域の一つとの報告(1978年環境庁の第2回自然環境保全基礎調査)があります。
 オオムラサキの成虫のオスは翅の表が構造色からなる青紫色をしていて、翅を広げると10cmにもなるタテハチョウ科では最大級のチョウで、昭和32年に国蝶に選ばれました。(写真1)。

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人々の利用が支えた雑木林の生息地

 昆虫は、種類によって棲む環境が限られています。オオムラサキの幼虫はエノキ類(ニレ科)の葉を食べ、成虫はクヌギ、コナラなどの樹液を吸います。この餌のある場所が雑木林と呼ばれる薪や炭をとるための里山林なのです。
 里山林では、農家が秋から翌年の春にかけて、堆肥にするため落ち葉を掻き集めたり、薪や炭にするためにクヌギ、コナラを伐採していました。毎年伐採する場所を変えて、15年目位に最初の伐採地に戻るような方法で管理をしていました。北杜市や韮崎市の里山林に多くみられる幹の下が太く、枝が蛸の足のように伸びる奇妙な形をしたクヌギは、台場クヌギとか台木(でえぎ=だいぎ)と呼ばれています。昔の農村ではクヌギの幹を人の背丈ほどの高さで切って、そこから出る新梢を掻いて田んぼに敷いて肥料にしました。こうした農法を刈敷(かっちき=かりしき)と呼び、毎年新梢を掻くためにごつごつした奇妙な樹形になります(写真2)。

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 人の手が入っていた頃の里山林は、林床に陽が差し風通しもよいため、草花が咲き様々な生物が集まってきました。そこに食べる食べられる関係が発生して、多様な生態系が維持されていました。こうした生物の中にはボクトウガやカミキリムシの幼虫のように、樹の幹に穴を空けて中に住み着く種類もいます。傷ついた幹からは樹液が漏出してオオムラサキやカブトムシなどの昆虫たちの餌場になっていました。1985(昭和60)年頃までは、北杜市や韮崎市などの里山で、樹液の周りに沢山のオオムラサキがリング状に集まっている光景があちこちで見られました。

人の手が入らなくなった里山林とオオムラサキの生息

 1965(昭和40)年頃から、薪や炭は化石燃料に変わり、落ち葉を発酵して作る堆肥は化学肥料に変わっていきました。

こうした変化にともない里山林は利用価値が薄れて、農家が管理を放置するようになってしまいました。人間の手が入らなくなった里山林は、次第にアズマネザサや蔓植物が繁茂して林床に陽がささない暗い林になってしまいました(写真3)。

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 暗い林では草花が消えて、動物も遠ざかって樹液の出る木も少なくなっていきます。こうした雑木林の荒廃と減少は全国的な傾向で、生息環境の悪化に伴ってオオムラサキは環境省レッドリストの準絶滅危惧種になっています。

里山再生活動

 現在の北杜市域にある長坂町南部、須玉町南部に広がる七里ヶ岩沿いに広範囲なエノキ、クヌギの雑木林が存在しています。この地域の雑木林は韮崎市から30km以上連続していて、この連続する雑木林が、我が国最大級のオオムラサキの生息地を維持してきました。オオムラサキが生息するためには、広大なエノキと樹液の出る里山林が必要なのです。
 しかし地域の里山林は利用の減少と農家の高齢化により管理がおろそかになって荒廃が進み、それに比例するように民有の生息地に住宅が建つようになって、オオムラサキの幼虫の餌であるエノキの大木が伐採される事例が多く見られるようになりました。1980(昭和55)年から行われている長坂中学校の有視界調査のデータ(図1)にも悪化の傾向が表れていました。また昔、よく見られたノウサギ、リス、ゲンゴロウ、クロスズメバチはあまり見かけなくなって、イノシシ、シカ、野猿、ハクビシン、ツマグロヒョウモンをよく見かけるようになりました。

図1 長坂中学校のオオムラサキ有視界調査

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※ 縦軸が「確認されたオオムラサキの数」

 こうした里山の変化に危機感を持った北杜市の住民が、NPO法人自然とオオムラサキに親しむ会を組織して、2008(平成20)年オオムラサキの棲める森作りを目的にして里山の再生活動を始めました。長年放置されてアズマネザサが生い茂った雑木林の下草刈りを始め(写真4)、クヌギやコナラを間伐して薪にしたりキノコのホダ木に活用して販売するなど、雑木林の経済的価値を高めて里山を再生する持続可能な活動を目指しています。
 また2009年(平成21年)から木材需要の高まりの中で、急速に進んでいるアカマツと広葉樹の混交林の皆伐地に、里山の動植物が生息できるようにクヌギやコナラ等の広葉樹の苗を植樹する活動を取り入れ、毎年1万本の苗を植樹しています。(写真5)

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 この活動は次第に拡がりをみせ、川崎市のNPO法人やJR貨物労組、北杜市のKIZ長坂工場等の地元企業も参加して、植樹活動や苗を育てるために畑にドングリを蒔いたり、植樹した後の苗を育てるための下草刈り作業も行っています。
 現在、毎週土曜日を定例の活動日に定め、秋にはドングリ蒔き、冬季には間伐や薪づくり、キノコの植菌、春から夏にかけて植樹や下草刈り等の時季に応じた活動を持続しています。
 こうした里山を維持していく活動は、持続させなくては効果があらわれません。私たちは、里山再生活動を持続させるために、企業や学校の年間行事の中に組み込んでいただき、毎年活動が続いていけるような仕組み作りを模索しています。そして参加者が、楽しく活動ができるように、炭火を使った里山料理や里山遊びを企画しています。