Vol.166-2 地下水は誰のものか


公益財団法人 山梨総合研究所
副理事長 早川 源

 ローマ倶楽部が「成長の限界」を予見したのは1972年だが、40年を経て、エネルギーにも水にも限界が見えてきた。
 エネルギーについては、1979年3月28日のスリーマイル島の事故、1986年4月26日のチェルノブイリの爆発事故、そして、今回の福島原発事故(2011.3.11)と続いている。核燃料の再処理技術も最終処理技術もまだ確立されていない。代替エネルギーとして風力、ソーラー、バイオマスなどの再生可能エネルギーやシェールガス、メタンハイドレートなどが注目されているものの、これまでの延長線上に未来を描くことは出来なくなってきている。
 水についても2009年度ダボス会議の年次報告書は「人類が今までと同じように水資源を使い続けると、世界は20年以内に水不足となり滅びる」と警告している。21世紀は「水戦争の世紀」ともいわれており、生命の源である水についても限界が見えてきているのではないか。そこで本稿では、地下水に焦点を当て「水資源」について量の側面から最近の動きを概観してみた。

日本の水循環

 大気水収支法によって日本の水循環量を見ると、理論上人間が最大利用可能な水量(水資源賦存量)は約4100億トンである。
 1976年から2005年までの30年間の平均年間降雨水量は約6400億トン、年間平均蒸発水量は2300億トンと推定されており、河川から海へ流出していく量は4100億トンである。地下水や湖水、ダムなどによるストックは緊急時のストック分を増やすことにはなるが、水循環量そのものが増えるわけではない。地球上に存在する水の量は、先史時代から変わっていないし、増えも減りもしていない。

 わが国の水賦存量

国土面積

377,947㎢

人口

128百万人

平均年降水量

1,690 mm/年

水資源賦存量

4,127億/㎥年

一人あたり水資源賦存量

3,223㎥/人・年

 ちなみに、地球上の水の中身を見ると、海水等が97.47%、淡水等が2.53%で淡水はきわめて少ないうえ、淡水のうち氷河等が1.77%で70%を占めているため表流水や地下水はわずかに0.76%に過ぎない。

世界の水事情

 このように水は限られた資源である。一方、世界の人口は20世紀初頭に20億人ほどであったが、2000年には60億人に膨れ上がり、2025年には83億人、2050年には91億人になると予測されている。
 さらに、上下水道の普及など生活水準の向上により一人当たりの水使用量は増えるばかりで先行き水不足になることは明らかである。
 すでに、世界の大河といわれているエジプトのナイル川、南アジアのガンジス川、中国の黄河、アメリカのコロラド川などで「断流」が発生している。中でも、水不足に悩む中国では長江の水を北部に運ぶ壮大な「南水北調」計画3ルートの開発が進められている。

  • 東ルート江蘇省の江都から天津まで結ぶルート
  • 中ルートは長江支流の漢江から北京まで結ぶルート
  • 西ルートは長江の上流と黄河の上流を結ぶルート

 すべて完成するのには30年~50年の歳月を要するといわれている。
 すでに、北海道などでは外資による水源林買収が目立ち始め、水源林保全は国民の関心事となってきている。国では水循環基本法を今国会に超党派で上程する動きもあり、また、水資源庁創設も議論されているようである。
 一方、県や市町村においては、「土地取引を規制すること」によって水源地域を保全しようとする取り組みや、「地下水採取を規制すること」によって地下水を保全しようとする条例制定などが進められている。

 外資による森林取得

団体名

件数

森林面積(ha)

砂川市

292

蘭越町

69

留寿都村

20

黒松内町

具知安町

13

179

ニセコ町

11

27

赤井川村

0.5

幌加内町

10

清水町

標津町

0.4

米沢市

10

箱根町

0.6

軽井沢町

神戸市

合計

40

620.5

資料:国土交通省・林野庁調べ

地下水は誰のものか

 土隆一静岡大学名誉教授は論文「富士山の地形・地質と地下水」の中で「富士山全域の平均降水量、蒸発散量などから全湧水量は529万㎥/日と推定、湧水の酸素同位体と水素同位体などによって標高1000m以上の降水が湧出するまでの年数は10~15年と推定されることから、富士山の地下には190億~285億㎥の地下水が蓄えられていると推定しているが、この富士山の地下水は一体、誰のものだろうか。

公水論と私水論

 モード・バーロウ(NGOカナダ人評議会議長)とトニー・クラーク(カナダのポラリス研究所理事)は、共著『「水」戦争の世紀』の中で次のように述べている。
 「世界銀行や国連によれば、水は人間の必需品であって、人間の権利ではない『コモンズ(共有財産)』である。個人の利益のために水を使う権利は誰にもない。社会のコモンズとして保護し各国内の条例や、法律、国際法によって守るべきものである」と、水の私有化、商品化に警告を発している。
 地下水には、原則として公のものとする「公水論」と土地所有権に含まれるとする「私水論」がある。公水論を採用している国は、イスラエル・ギリシャ・ポーランド・イタリアなどである。イスラエルでは地下水は土地所有権に含まれないと明確に定めている。イタリアでは家庭用地下水を除き公のものとされている。また、ドイツのバイエルン州では、地下水の公共利用優先が規定されている。
 一方、私水論をとっている国は、イギリスやアメリカで、地下水は地権者に権利があると考えられている。土地所有=水所有「私水」という考え方である。
 わが国には、地下水法は存在しないが、民法207条では土地所有権の範囲として「土地の所有権は法令の制限内においてその土地の上下に及ぶ」とされており、地下水は原則として土地所有者に権利があるといえる。
 しかし、水不足は量的にも質的にも深刻化してきた。海水の淡水化や上下水道のビジネス化など水ビジネスはエスカレートするばかりである。果たして土地所有=水所有と言う考え方でよいのか。

わが国の水政策

 わが国の水政策の推移を見ると、明治時代は洪水対策など「治水重視」の政策がとられていた。その後、都市化・工業化が進む中で、1887年には日本で最初の近代水道が横浜に完成し、また1890年には「水道条例」が制定されるなど、「利水重視」の政策に向かい、高度成長を経て・公害・水質汚濁、生態系保全など治水・利水・環境を含めた総合政策へと変化してきた。
 しかし、水基本法が制定されない中で、わが国の水に関わる省庁は10以上に分割所管されている。山林は林野庁、飲料水は厚労省、農業用水は農水省と自治体、水力発電は経産省・電力各社、治水は国交省などによる縦割り行政で、国全体の均衡が取れた水政策はとられていない。
 また、表流水については「河川法」「砂防法」「森林法」など様々な採取等の規制があるが、地下水採取を規制する法律は「工業用水法」「建築物用地下水の採取の規制に関する法律」など限られている。さらに地下水脈は複雑で水文学的にも解明されていない部分が多いのが実情であり、科学的な研究の進展とそれに基づく水基本法の制定が急がれている。

地下水の利用状況

 地下水は水使用量全体の約12%を占めている。地下水使用の用途別割合を見ると、以下のとおりである。

 地下水使用の用途別割合

工業用水

29.6%

生活用水

27.8%

農業用水

27.0%

養魚用水

10.3%

建築物等用

5.3%

資料:国土交通省土地・水資源局

水資源保全関係条例の制定

 都道府県の動きを見ると、北海道をはじめ、埼玉県、岩手県、長野県、熊本県などではすでに地下水資源保全条例を制定している。全国的にも制定の動きが出ている。また、市町村では、ニセコ町のように道に先行して条例を施行しているところもあり、条例・要綱など保全への取り組みが進められているところが多い。

「森林法」の改正

 北海道などで外資による水源林買収が表面化してきたことを受けて、国では、2012年4月「森林法」を改正した。この改正によって売買後ではあるが届出を義務付けたことによって実態を把握することができるようになった。しかし、取引を停止させることはできないため実効性という点においては不透明のままであるといわざるを得ない。

水源地実態調査

 2012年4月8日の新聞報道によると、水源域や河川の源流部に位置する自治体でつくる「全国水源の里連絡協議会」(会長大分県佐伯市長)は2012年4月6日全国37都道府県の165市町村を対象に水道水源地の所有関係や保全にかかわる規制についての実態調査を実施し、外国資本による水源林買収事例の有無や公有・私有の別・法律や条令による開発や取水規制の有無、「不在地主化」の実態把握状況などを調査する。結果は7月頃まとめ、各地の状況を把握し、水源地の保全に必要な法整備を国に働きかける際の基礎資料とする。また、現行制度の問題点や国による土地取引の規制強化についても意見を求めるとしている。山梨県内では山梨市、甲州市、笛吹市、早川町、身延町、道志村、上野原市、丹波山村、小菅村が調査対象となっている。

山梨県の水事情

 山梨県の水事情についてみると、年間降水量は1559mm/年で全国平均1700mm/年を下回っているが、県土の78%が森林であり、地下水資源には恵まれている。県全域の井戸数(民家井戸、事業所井戸の合計)は16000あり、水道水の55%が地下水利用となっている。また、ミネラルウオーター類の生産量は2010年625,271klで、国内シェアの29.8%を占めており、本県は生活用水の水源の約7割を地下水及び湧水に依存している。ただし、今のところ地盤沈下による被害は見られない。

地下水採取規制

 地下水を将来にわたって安定的に利用していくためには、地下水の保全と適正利用を図る必要がある。県では地下水の無秩序な採取を規制して地下水資源を保護するとともに地盤沈下を未然に防止する観点から昭和48年に「山梨県地下水資源の保護及び採取適正化に関する要綱」を定め、井戸設置者の責務、地下水採取適正化地域の指定、指導対象採取量、指導基準などを定めている。
 また、7年前に「森の国・水の国やまなし」の確立を目指して「山梨県水政策基本方針」を策定し、美しい森林と水を県民共有の財産として捉え、森林と水の恩恵を未来の世代も享受できる「森の国・水の国やまなし」を目指し、流域や水循環という視点を踏まえながら、「造る」「活かす」「担う」「守る」「おさめる」の5つの基本方針に基づき水政策を推進している。しかし、前述のとおり、地下水については浸透や流動のメカニズムなどまだ、解明されていない部分も多いことから、需給バランスの推移や地盤沈下等の状況を把握した上で、必要に応じて地下水資源に関する調査や適正な揚水量の検討、水源地域の土壌汚染等への対応を行っているのが実態である。なお、地下水の適正採取に関する条例等を設けている市町村は下記のとおりである。

 地下水採取規制に関する条例等(山梨県)

市町村

条例等の名称

制定年

韮崎市

土地開発事業等の基準に関する条例

S48/7

鳴沢村

地下水資源保護条例

S49/7

甲斐市

双葉町地下水資源の保護および採取適正化に関する条例

S49/8

富士川町

地下水の保護および採取適正化に関する要綱

S50/4

都留市

開発行為指導要綱

H 2/9

忍野村

地下水資源保護条例

H14/1

富士河口湖町

地下水保全条例

H15/1

笛吹市

地下水資源の保全及び採取適正化条例

H16/1

北杜市

地下水採取適正化に関する条例

H16/1

中央市

地下水採取適正化に関する条例

H18/2

昭和町

地下水採取の適正化に関する条例

H18/1

富士吉田市

地下水保全条例

H22/9

山中湖村

地下水採取の適正化に関する要綱

H23/5

森林環境税の導入と水政策基本方針の見直し

 県では、森林保全を目的とした森林環境税を4月から導入した。個人一人当たり500円、法人は法人県民税均等割り額の5%を県民税に上乗せして徴収する。
 また、水政策基本方針策定から7年以上が経過し耕作放棄地の増加、限界集落の出現など森林や農地の荒廃、地下水の大量採取など水を取り巻く環境が大きく変化するなどの環境変化を踏まえて水資源実態調査を実施し、水政策基本方針の見直し、地下水資源の保護と適正利用に向けた条例化を検討している。
 水は人間だけのものではない。すべての生態系の源であり、公正な分配、地域固有の生態系の維持、政治・経済・文化の保全とも深くかかわる問題である。県が昨年策定した産業ビジョンの中で、山梨の発展可能性を秘めた分野として5分野11領域が挙げられているが、地下水の保全は山梨の地域価値創造、生活レベルの向上など地域発展の基盤であり、最重要課題である。

まとめ

 水にはもう一つコインの裏表の問題として水質問題がある。紙幅の関係で水質の問題には踏み込めないが、人間の淡水への要求はもはや自然の水循環だけでは満たされなくなってきている。水を繰り返し循環利用すると水質の危険性が増す。また、汚れた排水が水循環を妨げ、人間の健康や生態系にも悪影響をあたえる。われわれはどこかで水量と水質との折り合いをつけていかなければならない。
 本稿では、水問題について、量の側面から考察したが、水環境は岐路にある。この限りある資源を豊かに使うために、また、健全な姿で次の世代に引き継いでいくために、われわれは水の自然循環を利用し、維持していくための仕組みづくりや具体的な取り組みが求められている。

 参考文献 

国土交通省:水資源白書

国土交通省土地・水資源局:「日本の水」

嘉田由紀子編「水をめぐる人と自然」有斐閣選書

藤田紘一郎著「水の健康学」新潮社

モード・バーロウ、トニー・クラーク共著『「水」戦争の世紀』集英社新書

中村靖彦著「水戦争の世紀」岩波書店

中西準子著「水の環境戦略」岩波新書

小野芳朗著「水の環境史」PHP新書

山口嘉之著「水を訪れる」中公新書