Vol.167-2 定住人口の増加に向けて
公益財団法人 山梨総合研究所
主任研究員 中村 直樹
1 はじめに
「日本の総人口、最大の25万人減」「山梨県の人口、85万人台に落ち込み」―――
本年4月18日の朝刊各紙では、総務省人口推計などの結果がセンセーショナルに報じられた。
わが国の総人口は、1億2,779万人(平成23年10月1日現在)であり、前年から25万9千人(0.2%)の減となった。国立社会保障・人口問題研究所の将来推計によると、10年後の平成33年には1億2,347万人[1](約3.4%減)、20年後の平成43年には1億1,575万人(約9.4%減)と、中長期的にも減少傾向が継続する。
定住人口の増加は山梨県政の重要課題としてもクローズアップされ、対応策の検討が進められているという。今日、大都市も地方部も人口減少社会に向かう中で、定住人口の維持・増加は容易ならざる課題に違いない。とはいえ、地域の活力の根本である「ひと」の確保は、県民福祉の向上を責務とする地方自治体が取り組まざるを得ないテーマとして、重要度を増してきている。
本稿では、定住人口の維持・増加に取り組む県内自治体の検討の一助となるべく、山梨県の人口動態のうち、特に社会減の動きに着目してその特徴を考察するとともに、近隣県の動きなどにも触れつつ、若干の提言を試みることとしたい。
2 本県人口の社会減の特徴
「住民基本台帳人口移動報告」の平成23年集計結果(平成24年4月公表)や、国勢調査結果を用い、本県の人口移動の傾向と、特徴とみられる点を概観する。
2.1 転入者数・転出超過数の推移
まず、過去10年の他都道府県から山梨県への転入者数および他都道府県への転出超過数の推移をみる。転入者数は、平成14年の16,421人から漸減し、平成20年には13,088人まで落ち込んだ、その後、持ち直しの動きもみられたものの再び減少・停滞に転じ、平成23年には13,265人となっている。この間、一貫して転出超過となっており、平成20年には過去10年で最多の3,517人(転出者数-転入者数)の純減となった(図表1)。
図表1 転入者数及び転出超過数の推移
2.2 転出者の向かう先
次に、本県からの転出者はどこへ向かっているのかを整理する。
平成23年の転出者数を転出先別にみると、東京都への4,515人など、東京圏(東京、神奈川、埼玉の3都県)への転出(7,606人)が全体(15,111人)の50.3%と半数を占めている。また、隣県の静岡県および長野県にも、1,000人程度が転出している。
東京圏への転出超過数は1,289人と多く、静岡県・長野県との関係でも100~200人ほど転出が超過している状況である(図表2)。
図表2 平成23年転入者数及び転出者数(転出先・転入元地域別)
2.3 年齢別転入出状況
次に、年齢区分別の転出者数・転入者数から、本県の人口増減に対する世代ごとの影響をみていく。なお、ひとつの指標として「転入出比率(転入者数÷転出者数:転出による人口減が転入によりカバーされる度合い)」を用い、傾向をみることとする。
転出者数が最も多い年齢区分は20~24歳(3,504人)であり、対する転入者数(2,165人)は転出分の6割強にとどまった結果、この世代が社会減に最も大きく影響している。また、60~64歳および65~69歳区分については、1.7倍程度の転入超過となっている(図表3)。
図表3 平成23年転入者数及び転出者数(年齢区分別)
2.4 年齢別転入出状況の特徴(他県比較)
こうした傾向に本県独特の特徴があるのかをみるために、他県(近隣の長野・静岡、関東内陸の群馬・栃木、人口規模が類似する福井の5県)との比較を試みた。
20~24歳区分の転入出比率はいずれの県でも低く、転出超過が大きくなっている。ただし、その上の世代(25歳~39歳)については、各県とも概ね1.0を超え転入の方が大きくなっているのに対し、本県については転出超過が続くのが特徴的である (図表4)。
図表4 平成23年 年齢区分別転入出比率(他県比較)
2.5 特定世代の経年変化(他県比較)
次に、前述の特徴について異なる観点から検証するため、人口のボリュームが大きい、いわゆる「団塊ジュニア[2]」世代に着目し、その動向を経年の変化でみていく。
一般に地方部では、進学・就職の節目の社会移動に伴い人口規模が縮小し、20歳代後半から30歳代にかけてU・Iターン移動で一部が回帰する。そこで、団塊ジュニア世代を含む1971-75年生まれの層を取りあげ、10~14歳時から20~24歳時にかけて減った人口に対して、その後35~39歳時までに回復した分がどの程度の割合(人口回復率)となるかを整理した。
長野県では、20歳代前半期までに減少した人口のおよそ半数(50.2%)が、30歳代後半期までに回復しているとみられる。栃木県(52.1%)、静岡県(46.9%)でも同様の傾向がうかがえる。
一方、本県においてはこの指標がマイナスとなっており、回復とは逆に、ほぼ同じ規模で転出が続いたものと考えられる(図表5)。減少幅自体は比較的小さいものの、青年期・壮年期にかけて、回復を伴わずほぼ一貫して減少を続けるパターンは、他県とは対照的なものとみることができそうである。
図表5 1971-75年生まれ世代の人口回復率(他県比較)
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2.6 まとめ
ここまでみてきたとおり、本県においてはU・Iターンの核となるべき20歳代後半~30歳代後半の層(以下「家庭形成期世代」という)について、回帰・移住傾向が弱い点や、転出志向が長期間続く点が特徴的と考えられる[3]。
出生力の高い家庭形成期世代での社会減は、得られたはずの出生の機会が失われることをも意味し、二重の打撃をもたらすことになる。このため、特にこの世代を対象とした社会調査などを通じて、転出を促している要因や回帰・移住の妨げとなっている要因を把握したうえで、転出志向者のつなぎとめや、転入の積極的な動機づけを、家庭形成期世代を強く意識しながらおこなっていくことが肝要と考えられる。
なお、NPO法人ふるさと回帰支援センターは、移住相談者に対しておこなった2011年のアンケート調査結果[4]に基づき「従来は50~60歳代の相談者が多かったが、2008年頃から若者のふるさと暮らしに対するニーズが高まってきており、特に震災以降は30代の相談者が急激に増加している」と分析している。安全・安心志向の高まりや、家族・コミュニティのきずなを重視する意識のあらわれと考えられるが、先にみた人口動態の現状からすると、本県がこうした若い世代の志向の変化を追い風として活かしていくためには、一段の努力が必要となろう。ともかく、移住・定住を働きかけるターゲットを明確に構想し、本県にゆかりや関心のある人々の意識・行動に即した打ち手を、適時・適切に実施していくことが求められている。
3 政策対応の考え方
3.1 他県の動向から
移住・定住の促進をめぐっては、隣県の動きも活発化している。静岡県は平成23年3月に「ふじのくに移住・定住促進戦略」を、長野県は本年3月に「移住・交流推進戦略」を策定し、関連施策を体系化してその展開を図りつつある。静岡県では、県内市町や地域団体などと「パートナーシップ推進会議」を組織し、全県的な取り組み機運の醸成や、移住実践者のネットワークづくり、首都圏へのプロモーションなどに注力する。長野県では、移住希望者からの高い人気をいかしたブランド戦略やターゲット別の情報発信戦略、移住者へのサポート戦略など、9つの戦略を掲げ、部局横断的な庁内体制や官民結集した推進体制を整備して「選ばれ続ける長野」をめざす構えである。
こうした先行事例に学ぶことは、もとより重要である。「促進戦略」や「推進計画」のような部門計画のもと、直接的・即効的な施策を立案・集約して短期的な対応を重視するスタイルは、明瞭でわかりやすい。しかしながら一方、先に見たように、家庭形成期世代の人口回帰の流れがある程度確立している静岡、長野などのタイプとは異なるアプローチが、本県では必要とされているのかもしれない。転入促進・転出防止の両にらみの必要に迫られた本県においては、現在展開中の施策全般について定住人口の維持・増加の観点から個別に見直しを行い、人口増に寄与する追加的な政策目標・実施手段・成果指標を「造り付けていく」方法も選択肢となり得るのではないかと考えられる。
人口が長期低落傾向にある中、「定住人口の増加」は息の長い取り組みが必要な政策テーマと考えなければならない。行政の役割としてなぜ定住人口の増加に取り組まなければならないのか、入口の議論をよく整理し、ブレずに「長期戦」に耐え抜くためのバックボーンとなる基本的考え方を練ったうえで、着実な取り組みを進めていく必要があるだろう。
次項では、そのためのヒントになることを期待しつつ、米国ミシガン州が推進する「プレイスメイキング」の理念を追ってみることとしたい。
3.2 プレイスメイキング
自動車の街・デトロイトの凋落など経済の停滞に直面してきたミシガン州では、1人当たり所得が全米50州中の下位を低迷し、大卒者の半数弱が卒業後1年以内に州外へ転出するなど、厳しい状況が続いた。こうした中、州財政が2011年度決算で4億5,700万ドル(約365億円)の黒字を確保したことは意外な出来事と受け止められ、本年2月9日のニューヨークタイムズ紙では「ミシガン州、州民も驚きの黒字転換」などと報じられた。背景には、共和党現職のシュナイダー知事のもと、経済的に強靭な地域への脱皮をめざして、「プレイスメイキング(=場の創造、意訳すれば『魅力ある地域づくり』)」に向けた全州的な取り組みが進められてきたことがあると考えられている。
米国の州・自治体における地域経済政策は、「エコノミック・ハンティング(域外からの大企業誘致)」から「エコノミック・ガーデニング(域内の中小企業の育成強化)」へ推移してきたとされる。さらに近年では、企業誘致にせよ域内企業育成にせよ、産業振興策単体ではなく、地域の振興・活性化と融合的に進めていかなければ真の成果はあげられない、と考える地域があらわれてきた。すなわち、次のような信念に基づく「プレイスメイキング」の展開である。
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「オールド」と「ニュー」を画するポイントは、図表6のとおり整理される。自動車産業の成功体験に縛られ、IT産業など知識集約型のニューエコノミーに乗り遅れたミシガン州が巻き返しを図る中で行き着いた結論が「人財」である。同州立大学のまとめでは、家庭形成期世代の知識労働者層は、図表7に掲げるような要素を重視して、働く場所よりも先に居住地を求める傾向にあり、その点に着目した人財集積戦略として、プレイスメイキングの展開に帰結したものであろう。
図表6 オールド/ニューエコノミー対比表
項 目 | Old Economy依存型 | New Economy順応型 |
対象市場 | 国内市場重視 | 国際的視野でビジネスチャンスを模索 |
業 種 | 製造業中心 | 業種の多様性、異業種連携やクラスター形成を重視 |
事業活動 | 従来型事業の維持・継続の重視 | 起業家精神や事業革新志向の重視 |
生産品 | コモディティ(汎用品)中心 | 新技術や独創性を反映した付加価値の高い独自製品・サービスを追求 |
労働力 | 職能、経験重視 | 知識、学習能力重視 |
誘致対象 | 企業誘致を重視 | 有能な人材の呼び込みを重視 |
企業への訴求ポイント | 交通の利便性、原料調達の容易さ ビジネスコストの低さ | 生活の質の高さを誇る快適な土地であること 才能、教養、発想力豊かな人材群の存在 |
出典:Placemaking in the Global New Economy (Prof. Mark Wyckoff, MSU Land Policy Institute)を抄訳・改変して作成
図表7 ターゲット人財層が地域に求めるもの
□豊かな自然、美しい景観 □公園・緑地 □ 芸術文化を楽しむ機会 □良質なレクリエーションの場(登山、釣り、スポーツなど) □街なかの賑わい □整備された水辺空間 □歩いて楽しめるまち □市街地・自然公園・名所などを結ぶ自転車道の充実 □公共交通機関など、移動の選択肢の多様性 □社会的なネットワーキングの機会 □クリーンエネルギーの普及 □地域のブランドイメージ、国際的な知名度 等 |
出典:Placemaking in the Global New Economy (Prof. Mark Wyckoff, MSU Land Policy Institute)を抄訳・改変して作成
ミシガン州におけるプレイスメイキングの推進は、同州立大学が理論的支柱となり、学術的な検討や提言・普及啓発活動などを行っている。同大学の貢献もあり、「ミシガン州は、豊かな自然などの地域資源をみがき、都市圏の居住性を高め、生活の質や地域の魅力を向上させることで若手の有能な人財の誘致・引きとめを図り、人財を基盤とした経済的に強靭な地域づくりをめざす」との方向性が官民で共有されつつあるようだ[5]。自治体は広域連携により魅力ある地域づくりのビジョンを描き[6]、民間セクターは行政の協力を得て定住促進に向けた創意ある取り組みを進め[7]、これらを包括する州政府が関係部局間の連携体制を構築して各プレイヤーの支援にあたっており、州を挙げて「プレイスメイキング」による地域振興=産業振興への取り組みが進められている。
4 まとめにかえて
前項でみてきたような、産業振興と地域振興を表裏一体のものとするとらえ方は、洋の東西を問わず有効と思われる。近年定着しつつある「観光振興はまず『住んでよし』の地域づくりから」との理念にも通底するものがあるだろう。
ミシガン州のケースから学べそうなことは、人口の増加・定着によって何を地域にもたらしたいのかを見通すことの大切さである。言い換えれば、「住んでくれるなら誰でも」ではなく、定住してほしい人材像を想定したうえで、合目的的に施策を展開していく視点も必要ということである。
専門性ある「ひと」の集積は県民福祉向上の源泉であるため、自治体の担当部局のミッションに応じて、さまざまな「ひと」の確保・定着が課題となる(たとえば「起業家」、「農業の担い手」、「研究者」、「医師」、「看護師」、「福祉人材」など)。ひとは暮らしを送る存在であるから、「住むに足る」「暮らしやすい」と感じさせるようなプレイスメイキングが重要課題として必ず浮上する。
したがって、どのような人材層を維持・増加・定着のターゲットとする場合でも、キーワードは「総合的展開」ということになるだろう。たとえば、すべての行政組織・職員が「定住人口の増加」をプラスαの所管事項として意識するような文化を根付かせる必要がある。また、人口の維持・増加の恩恵は、官民、県・市町村を問わず全県的に享受されるものである以上、県、市町村、民間セクターが結集して取り組む必要もでてくるだろう。県内自治体におけるプレイスメイキングの現下のバイブルである「チャレンジ山梨行動計画」や各市町村総合計画をベースに、民間セクターのコミットメント(たとえばU・Iターン就職サポートなど)も加えた「定住人口増加に向けたやまなしマニフェスト」のようなものを編んで、内外にアピールしていくのも一法と考えられる。
定住人口増加のための特効薬となるような個別の施策・事業は、おそらく存在しない。家庭形成期世代などのニーズをきめ細かに把握したうえで、産学官民が一体となり、今後どれだけ魅力ある地域づくりに成果を挙げられるかにかかっている。あるいは、「取り組みは地道に、アピールは派手に」が施策展開の要諦といえるかもしれない。
【参考文献等】
総務省統計局HP (http://www.stat.go.jp/data/idou/index.htm)
「地域と人口からみる日本の姿」(石川義孝・井上孝・田原裕子2011, 古今書院)
「人口減少時代の地域政策」(吉田良生・廣嶋清志2011, 原書房)
ミシガン州立大学土地政策研究所HP(http://www.landpolicy.msu.edu)
ミシガン州HP(http://www.mi.gov) ミシガン州市町村連盟HP(http://www. mml.org
[1] 出生・死亡中位仮定の場合(平成43年も同様)
[2] 1971-74年ごろの第2次ベビーブーム時代に生まれた、団塊の世代の子ども達に相当する人口層をいう。
[3] 県民意識調査(平成20年度)結果によると、定住意識に関する設問で30~39歳区分の「本県に住みたい意向(ぜひ住みたい+どちらかといえば住みたい)」は、各世代中で最下位(63.2%)であった。
[4] このアンケートによると、山梨県は「ふるさと暮らし希望地域ランキング」12位であり、2010年の8位から順位を落とした。1位は長野県であり、同センターは「各市町村が積極的にセミナーなどを実施し、PRに力を入れ始めたこと」を要因に挙げている。人口吸引力の違いが何に由来するものか、比較分析やベストプラクティスに学ぶ姿勢が必要となろう。
[5] ミシガン州市町村連盟は同州立大学などとの共催で「プレイスメイキング・サミット」を開催するなど、州内における機運の醸成や理念の普及、取り組み事例の情報発信を行っている。
[6] 州北西部の6つのカウンティは2009年に共同で「Grand Vision」を策定し、活気と個性あるコミュニティづくり、省エネ型公共交通体系の広域的整備、自然景観・森林・水資源の保全などを共通の目標に掲げ、2060年のあるべき姿を描いている。
[7] デトロイト市では、ハドソン・ウェバー財団、ウェイン大学などの主導により、学士号以上取得の若手人材が2015年までに15,000人市街地へ定住することを目指し(15×15助成プログラム)、市街地の活性化や居住環境の向上に取り組む。