Vol.168-1 日本上流文化圏研究所の挑戦「山の暮らしを守るために」〈下〉


~集落の将来を考え行動する~

NPO法人日本上流文化圏研究所
研究員 鹿島 健利

■ 集落がおかれている現状

 山の暮らしは自然と常に隣り合わせである。地勢的な制約により集落内の労働力しか頼る事が出来ない山の暮らしでは、厳しい自然相手に生きていくため互助が必要とされた。集落を運営していく上でも、「郷役」と呼ばれる生活環境維持作業や、行事などの集落総出での互助が各所で見られた。このような互助は、都市部とは比べものにならない濃密なコミュニティをつくってきた。集落は単なる「ご近所さん」の集まりではなく、協力し合って生きていく「生活共同体」と言えるだろう。
 かつては1万人以上が暮らしていた早川町だが、現在の人口は約1/9、高齢化率も50%に迫る状況にある。過疎高齢化の影響による互助機能の低下により、集落の維持管理が困難になり、その存続さえも危ぶまれて来ている。集落単位では、数世帯が住むのみになってしまった集落も見られるようになってきた。
 こうした現状を打開し、脈々と受け継がれて来た土地、伝統文化、コミュニティを守り集落を後世まで残していくため、日本上流文化圏研究所(以下、上流研)では早川町役場とともに「集落支援」に取り組んで来た。

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早川町の各集落の状況早川町の様子

■ 集落支援の概要

 この取り組みは、平成21年度〜平成23年度の早川町から上流研が受託した、「集落の実情に応じた維持・活性化のための調査研究委託事業」から始まった。目標を「現状把握に留まらず、集落住民が積極的に集落の将来を考え、主体的に動き出す一助になること」とし、モデル集落での実践を含めた3年計画で実施した。1年目は、ヒアリング調査により集落毎の作業や活動等の現状を把握し、2〜3年目は町内3集落をモデルに課題解決のための合意形成・実践に取り組んだ。本稿ではモデル集落の一つ、F集落での取り組みについて紹介する。

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平成21年度ヒアリング調査F集落の様子

■ F集落の取り組み

 F集落は6世帯8人、高齢化率63%の小規模限界集落だ。若手(50代後半〜60代前半)3人のみでなんとか集落を維持している状況だった。郷役の際には、他所に住んでいる集落出身者(以下、他出者)が応援に駆けつけるものの、その人数も減少傾向にあった。モデル集落募集に手を挙げた当初も、作業を手伝って欲しいという依頼からだった。
 F集落を支援するにあたり、まず初めに行ったことは、集落の課題・生活の課題を一軒ずつ聞いて回ることだ。これを踏まえワークショップ(以下、WS)を実施、課題を整理することで、課題の根源が「集落内に動ける世代が少ないこと」にあることを集落の皆さんと共有した。

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課題の聞き取り

WSで整理した課題

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 次に行ったのが、課題解決に向けてイメージを持ってもらうことだ。一つは実験的なボランティアの受け入れ。もう一つは「動ける世代が増えると、集落はどうなるか」というテーマのWSを実施した。この段階で取り組みの方向性が打ち出された。ボランティアの事後アンケート、WS共に「交流」を望む声が多く聞かれた。特に、集落の方たちは「一度きりで無い、長く続く交流」を望んでいたことから、ある程度固定したボランティアメンバーが継続して関わる形が見えてきた。これにより、F集落の取り組みが「郷役を担う人手の補完」と「交流」を、固定メンバーを通年受け入れで実施することでまとまった。

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 方向性が定まった後は、具体的なボランティアの受け入れ方法についてのWSを実施した。しかし、話し合いの中で、どう交流して良いか分からないという壁に突き当たった。ここで、先進地視察をすることにした。実際にボランティアを受け入れている地域に赴き、現地の方のお話を伺った。この視察では、視察先の方からのアドバイスもあり、交流のイメージを持ってもらえたのに加え、これまで諦めていた他出者との関係再構築を目標とすることになった。
 その後は、交流のための地域資源探しが始まった。集落内を散策したり、農事暦をつくったり、お年寄りに昔話を聞いたりして交流の種を拾い集めてきた。それらを踏まえ、「農村の1年を体験」と題した年4回のボランティアイベントの企画に至った。

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 ここまでで、おおよそ1年の歳月を費やした。集落支援を始めるまでは、ただ漠然としていた「不安」「不満」だったが、WSを通して集落全体で共有・整理することにより、皆で一丸となって解決すべき集落課題となった。さらには、課題解決やボランティア受け入れのイメージをつかむことで、徐々に前向きな姿勢が垣間見えるようになってきた。特に、他出者との関係再構築に取り組む決意をしたことは、大きな変化だと言えるだろう。
 次の1年では、企画したボランティアイベントを実施した。年4回の予定だったが、集落側からの呼びかけがあり結果的には計10回に及んだ。イベント後には、ボランティアへの事後アンケートを元に反省会を実施し、その都度受け入れ体制も改善してきた。

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 この1年では3つの変化が見られた。1つ目は集落の変化だ。当初は若手3人のみでボランティアの受け入れを行っていたが、まだ多くは無いものの、お年寄りの関わりが少しずつ見られるようになってきた。前向きな姿勢が集落全体に広がり出してきたのだ。2つ目はボランティアの変化だ。回を経るにつれ、作業の手伝いだけでなく、連絡調整や当日の手伝いなどイベントの運営自体をサポートするようになってきた。集落の維持・活性化を集落の方と一緒に願う「仲間」になったといえるだろう。3つ目は他出者の変化だ。ボランティアだけに頼らずに済むよう、他出者も郷役に積極的にするという話になった。他出者も郷役を集落と協力して実施していくという話になった。これを受け、ボランティアは郷役以外の部分で集落と協働していくことになった。
 このF集落の取り組みでは、住民、他出者、ボランティアなど様々な立場の人々が様々な想いを持って参加してきた。わずか6世帯8人の小さな集落を舞台に、何十人もの人が関わってきたのだ。これは、住民自らが集落の魅力を引き出し、受け入れ体制をつくり、呼びかけを行ってきた努力の賜物である。「どんな集落でも変わることができる」そう思えた取り組みだった。

■ 集落の維持・活性化における上流研の役割

 「集落の維持・活性化」この言葉を聞くと、仕組みづくりや、WSが連想されるが、その前段階として住民に前向きになってもらうところが難しい。
 集落でも、これまで何十年も過疎高齢化を食い止めるべく手を尽くして来た。それでも、食い止めることができず、一人また一人と人が減っていく。想像できるだろうか。絶望に近い諦め。先祖代々続いてきた集落を自分達の代で閉じなければならないかもしれない重責と恐怖。「もう一度頑張りましょう」と言ったところで、前向きになってくれるはずもない。
 こういった想いを汲取り、一人ひとりが抱く想いに耳を傾けることが、集落の維持・活性化の第一歩だと思う。F集落でも現在の暮らしへの不満や、集落の将来を嘆く声、自分は関わりたく無いという想いに時に寄り添い、時に叱咤激励してきた。
 逆に、集落のみで取り組みが継続できる体制ができてきた段階では、上流研は距離を取らなければならない。集落を維持・活性化するのは、あくまでも集落の住民でなければならないからだ。「頼りにしたい」「一緒に続けていきたい」という住民の想いを知りながらも、心を鬼にして「住民主体」を説き、後方支援に回る。

上流研という存在は地域に在りながらも、あくまで「黒子」として立ち振舞わなければならない。黒子だからこそ、住民の想いに寄り添い、距離を置くことができる。これが、上流研に課せられた役割なのだと思う。

■ 今後の展開

 これまでモデル集落の維持・活性化に向けた取り組みをサポートしてきたが、どの集落もまだこれから試行錯誤を重ね、取り組みをステップアップさせていく必要がある。ただ、それぞれの集落で試行錯誤をすることが出来る体制が整いつつある。集落支援とは、集落の維持・活性化に向けたきっかけをつくることが一番重要なのだと思う。そのようなきっかけを町内の全集落につくっていきたい。
 ただ、今回のモデル集落は少なからず、自分から手を挙げてくれた集落だ。そこまでには、どれほどの覚悟と勇気が必要だったことか。手を挙げることができない集落がほとんどなのが現状だろう。その現状にどうアプローチするかをこれから考えなければならない。
 平成24年度からは、これまでの事業の成果を踏まえ、新たに「集落の総合的サポート事業」がスタートした。新たなモデル集落のサポートに取り組むと共に、役場と上流研とが一丸となって集落支援をできる体制づくりを進めていく。これからも住民の主体的な動きを引き出すことで、早川町の魅力的な山の暮らしを守っていきたい。