Vol.171-1 ピアカウンセリングの理論を基盤とした住民との協働によるメンタルヘルス対策


山梨県立大学 人間福祉学部福祉コミュニティ学科
准教授 大塚 ゆかり

1 はじめに

 現代社会では「うつ病」「自殺」「虐待」「いじめ」などが身近な問題としてニュースに取り上げられ、住民の心の健康を考える機会が増えている。また、東日本大震災により、人と人との絆の大切さがいわれている。
 人間にとって、孤立すること、孤立させることが人間の苦しみや不安を増していくことにつながる。人と人のつながりは、地域で住民が暮らすことの基本となる。残念ながら、そのつながりが現在地域社会の中では少なくなり、今地域をどう再生していくことが必要なのか考え、安心して暮らせる街づくりが求められている。しかし、ハード的側面とは違い精神的つながりは簡単にできるものではない。専門家主導の特別なものではなく、住民が時間をかけて紡ぎだしてことが望ましい。

2 山梨県立大学やまちゃんサロン

 山梨県立大学では、ピアカウンセリングの理念を基盤とした学習をする機会が住民と教員と学生によって毎月1回開催され「やまちゃんサロン」と呼ばれている。

  • 対象 山梨県内在住の住民
  • 開催 毎月第4水曜日 13:00~16:00
  • 年1回 ピアカウンセリング基礎セミナー(3日間)開催

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毎月1回開催されているやまちゃんサロン

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ピアカウンセリング基礎3日間セミナー

 やまちゃんサロンは、2010年から県内の精神保健福祉ボランティアの方たちとピアカウンセリングを学ぶために開催されているグループである。毎回約20名前後の住民が参加し学生と共に時間を共有している。
 サロン開催の目的は、安全で安心して話ができるという空間がどういうものかを経験してもらい、その経験を活かしてそれぞれの地元でサロン等を企画運営し、住民同士の相互支援活動を推進してもらうことである。井戸端会議のようにただ集いおしゃべりをするのではなく、自分の人生を語ることにより、自分と向き合い、お互いに学び支えあうことを経験する。
 サロンの参加者は、どなたでも参加可能で年齢層も幅広く、学生から人生経験豊富な先輩たちが集い、人生を語り、学び、分かち合う。しかし、その中では「ああしなさい」「こうしなさい」という会話は聞かれない。また誰もが話し、聴くということを経験する機会が参加者すべてに平等に用意されている。地域の中の集まりでよく見受けられることは、積極的に話をしたい人がその場を独占してしまうことや話の内容に対するアドバイスばかりが中心で、平等で対等な関係の中で話が行われないことである。やまちゃんサロンでは、参加者が同じ住民として平等で対等な関係でグループが進められるようにピアカウンセリングを活用しているのである。

3 ピアカウンセリング

 ピアカウンセリングミーティングのルールをご紹介する。

  1. ミーティングの時間が限られていますので、一人で独占せず、時間も分かち合いましょう
  2. 他の人の話は誠実に聴き、途中で割り込んだり、さえぎったりしないようにしましょう
  3. 話すときには「自分の言葉」で話しましょう
  4. 話したくないときにはパスできることを認め合います
  5. 他の人の話に非難、中傷、説教などはしないようにしましょう。ここのミーティングは、安心して、自由に、ありのままを話すことができる場です
  6. ミーティングで大切なことは、やる気、心を開く、正直になる、の3つです
  7. 参加された方の安全を守るために、この場で聞かれたことはこの場において行ってください

 私は、長年ピアカウンセリングのグループに関わっているが、内容によっては本来家族同士で分かち合うことができるとよいのであるが、家族だからこそ話せないことがあり、そのグループなら話すことができるということがある。
 私が最初にピアカウンセリングを学ぶために参加したグループ(米国)は、「子供を自死で亡くした親の会」だった。参加者になぜグループに参加しているのか尋ねた時にかえってきた答えが、「自死で子供を亡くした直後は、周りの人も自分たちの気持ちを受け止めて話を聴いてくれたが、時間が経過するにつれ、そろそろつらい経験をわきに置いてこれからに向けて考えていくことをアドバイスされるようになった。もちろんそれも大切なことであり自分でもわかっている。しかし、自死した子供のことは何年経過しても話をしたい。その話を聴いてくれる場がここなのである。家族とも話せるが、つらい経験なのでお互いに話題をさけてしまう」ということであった。共通の経験をしたものが集うことにより安心して何年経過しても分かち合うことができるのである。
 やまちゃんサロンの場合は、どのような経験もお互いに分かち合うことを目的にしているので住民を対象に幅広くしているが、開催する人たちにより対象は限定されることもある。やまちゃんサロンで学ばれた参加者が、現在それぞれの地元(甲府市、北杜市、笛吹市、山梨市、市川三里町など)でピアカウンセリングを活用したサロンを開催している。
 対象は、住民を対象とするグループ、障害者を対象とするグループ、うつ病を経験したご本人家族を対象とするグループなどさまざまであるが、身近な地元で住民の力で安心して気軽に参加できる時間と場所が定期的につくられている。

4 人と人のきずな

 このような活動が、現代社会の課題となっている人と人のきずなを結ぶことに繋がり、住民同士の協働により相互支援活動が創られ、子供から高齢者まで安心して暮らせる街づくりにつながる一つの方法になるのではないかと考えられる。また、住民の心の健康対策では、特に予防としての役割に期待できるのではないかと考えられる。
 今後このような活動をさらに県内地域に広げるためには、住民が開催しやすく、誰もが参加しやすい活動にするために、ハード的側面とソフト的側面を整えていくことが必要であり、行政や経験豊富な産業機関との連携を通して大学として何ができるか考えていくことが課題である。