Vol.172-2 公共交通を活かしたまちづくり
公益財団法人 山梨総合研究所
主任研究員 矢野 貴士
1.はじめに
過日、富山市を舞台に第7回日本モビリティ・マネジメント会議(JCOMM)が開催された。
「モビリティ・マネジメント(Mobility Management, 略称MM)」とは、当該の地域や都市を、「過度に自動車に頼る状態」から、「公共交通や徒歩などを含めた多様な交通手段を適度に(=かしこく)利用する状態」へと少しずつ変えていく一連の取り組みを意味する(「モビリティ・マネジメント入門」藤井聡・谷口綾子著)。JCOMMは、日本国内外のMMの取り組みをさらに望ましいものとするため、関係者が一堂に会し積極的な情報交換を行う目的で開催されている。
本稿では、第7回JCOMMの中で行われた森雅志富山市長の基調講演や公共交通を軸にコンパクトなまちづくりを進め、日本のモビリティ改革の牽引役となった富山市の事例を踏まえ、公共交通を活かしたまちづくりのあり方について考察したい。
2.富山市の事例分析
(1)富山市の概要
平成17年4月、7町村が合併し、現在の富山市が誕生した。人口は約42万人[1]、富山県全体の約4割を占め、面積は1,241.85km2と県全体の約3割を占める広大な市域を有している。富山平野の平坦な地形により、可住地面積[2]は大都市を除く県庁所在地の中で全国2位となっている。
同市は共働きの世帯が多く、1世帯あたりの実収入[3]、持ち家率[4]ともに全国2位と高水準にある。
同市の交通体系は、鉄軌道、バスの多くが富山駅を結節点に放射状のネットワークを形成している。平成18年には富山ライトレールが開業、平成21年には既存市内電車を延伸して環状線化された。
さらに、富山駅周辺地区では、平成26年度末の北陸新幹線開業に向けて、駅前広場の整備、在来線の連続立体交差(高架化)事業が進められており、高架化後には高架下で富山ライトレールと市内電車の接続(南北接続)も予定されるなど、長期的かつ継続的な公共交通に対する取り組みが行われている。
(2)公共交通を取り巻く環境
富山県では、戦後の早い時期から道路整備を進めており、道路整備率[5]は全国1位となっている。郊外に住んでいても自動車があれば、生活には困らない環境を有しており、富山県の1世帯あたり自家用車保有台数は平成23年3月末現在1.72台[6]と、福井県に続く全国第2位の保有率となっている。
また、他の地方都市と同様、モータリゼーションの進展に伴う市街地の外延化により、ドーナツ化現象が生じており、市街地の人口密度は全国の県庁所在地の中で最も低密度となっている。
移動における交通手段分担率[7]の推移を見ると、自動車の分担率が大幅に増加し、同規模の都市では全国で最も高い数字となっている(図表-1)。
以上のように、公共交通機関にとっては極めて厳しい環境にあり、平成元年から22年間の利用者推移を見ると、JRでは29%減に留まるものの、私鉄は43%減、路線バスは70%減とピーク時の3分の1以下にまで落ち込んでいる。
図表-1 交通手段分担率の推移
(出典:富山市地域公共交通総合連携計画)
(3)公共交通を軸としたコンパクトなまちづくり
平成14年に初当選した森市長(現在3期、11年目)は、税収減の中で、拡散型の発展を続け道路や除雪距離が伸び、行政コストが増大していく現状のままでは、市がもたないとの危機感からまちづくりの改革に着手したという。公共交通をめぐる取り組みも、こうした問題意識に基づく改革の一環として始まったようだ。
市ではまず、施策展開の前提として以下の3点を課題として整理した。
①車を自由に使えない市民にとって、極めて生活しづらい街 ②割高な都市管理の行政コスト ③都心の空洞化による都市全体の活力低下と魅力の喪失 |
これらの課題に対し、都市マスタープランでまちづくりの基本理念を「鉄軌道をはじめとする公共交通を活性化させ、その沿線に居住、商業、業務、文化等の都市の諸機能を集積させることにより、公共交通を軸とした拠点集中型のコンパクトなまちづくり」として、地域の拠点を「お団子」に、公共交通を「串」に見立てた「お団子と串」の都市構造を目指すとしている。
富山市のコンパクトなまちづくりでは、都心部にすべての機能を集約した同心円状の一極集中型の都市構造ではなく、駅や停留所からの徒歩圏(お団子)と公共交通(串)から成るクラスター型の都市構造を目指している(図表-2)。お団子とお団子の間に太い串を通す(=公共交通を活性化する)ことで、車を自由に使えなくても都心へのアクセスや市内の移動を容易にし、串の近く(公共交通の沿線)の居住がより便利になる。
このような串と団子のまちづくりを実現させるために、「中心市街地活性化基本計画」や「まちなか居住推進計画」、「公共交通活性化計画」さらには福祉関連計画など、様々な計画に公共交通を位置づけ、後述の3本の施策を柱に、まちづくり施策、交通施策、MM施策を一体的に推進している。
図表-2 富山型コンパクトなまちづくりの概念図
(出典:富山市中心市街地活性化基本計画)
(4)柱となる3つの施策展開
富山市では、規制強化ではなく公共交通機関の利便性を高め、車も使うが公共交通もかしこく使う暮らしを提案するとともに、公共交通沿線への誘導を基本に柱となる3つの施策(①公共交通の活性化、②公共交通沿線地区への居住促進、③中心市街地の活性化)を展開し、成果を上げている。
① 公共交通の活性化 【実施施策】(ⅰ)富山ライトレール整備(ⅱ)市内電車の環状線化 など ② 公共交通沿線地区への居住促進 【実施施策】◇公共交通沿線居住の推進 ◇公共交通沿線まちづくりの推進 等 ③ 中心市街地の活性化 【実施施策】◇グランドプラザ整備 ◇まちなか居住推進 ◇市街地再開発事業の推進 等 |
以下、主に①公共交通の活性化及び②公共交通沿線地区への居住推進について、その具体的な取り組みや成果、施策展開を図る上での留意点などについて概観する。
①公共交通の活性化
(ⅰ)富山ライトレール整備について(図表-3)
【具体的な取り組み】
- 北陸新幹線の富山延伸及び在来線の連続立体交差(高架化)事業による高架化決定を受け、利用者が激減していたJR西日本富山港線の将来の在り方について高架化、廃止、路面電車化の三つを検討。検討の結果「まちづくり」の観点から路面電車化を選択
- 富山港線の沿線人口は5万人弱、当事業に約58億円(うち市費約27億円)の公費投入。市民への説明会を100回以上開催、市長自ら存在意義を粘り強く訴え、多数の賛同を獲得
- 富山港線を市が引取り路面電車化し、第3セクター方式で富山ライトレール(株)が運営。愛称は市民公募によりポートラム(港と路面電車の造語)と命名
- 富山駅北口から岩瀬浜を結び、既存の鉄道区間5kmと新設の軌道区間1.1kmを併設
- 運転間隔は、かつての日中1時間間隔から15分間隔、ラッシュ時は10分間隔とし、終電も21時台から23時台へ見直し利便性を高める
- 単に機能的に住みやすいまちづくりを目指すだけでなく、まちづくりと連携して富山の新しい生活価値や風景を創造していくこと、世界に向けて富山市民が誇れるような路線とすることを意図して「トータルデザイン」の思想を導入。都市の新しい風景や新しい生活行動、地域の新しい価値をつくり、地域資源を発見することを重視
- 車両は新潟トランシスの低床車両を導入、バリアフリーに配慮。白をベースにレインボーカラーのラインを採用(全7色)
- 駅、電停のデザイン、広告も景観に溶け込むよう配慮。電停のベンチは市民、企業からの寄贈(一人5万円)、寄贈の証にベンチにメダルを装着。広告パネルは地元のデザイナーが作成、企業がスペースを購入し、会社名を小さく入れる形で協賛。ネーミングライツも2駅で導入
- 沿線の東岩瀬から岩瀬浜(北前船の寄港地として栄えた廻船問屋がある)にかけて昔からの街並みを保存、活用して観光拠点として整備を進めるなど、まちづくり事業と一体的に実施
- 開業とともにフィーダーバス[8]を導入、終点の岩瀬浜などはその結節点として機能
【成果及び留意点など】
平成24年3月末現在で利用者数は開業前と比べて平日で約2.1倍、休日で約3.6倍に増加している。平成24年6月には当初計画よりも約2年早く乗車客数1,000万人を達成した。特に、高齢者の日中利用が大幅に増加しており、外出機会の増加にも寄与している。さらには、沿線観光施設の入館者数、沿線住宅の新規着工件数も増加しているという。
基調講演の中で森市長は、単なる移動手段ではなく外部経済にも期待(高齢者が安全・快適に街に出かけることによる将来的な医療費の削減など)していると述べていた。
(ⅱ)市内電車の環状線化について(図表-3)
【具体的な取り組み】
- 公共交通活性化とともに中心市街地活性化、コンパクトなまちづくりを目的に市内電車の環状線化を検討。公共交通の利便性の向上、賑わい拠点の創出、まちなか居住推進の3つの柱から成る「富山市中心市街地活性化基本計画」は、平成19年に全国第1号の認定を受けた
- 富山駅周辺地区と商業の中心である平和通り周辺地区の回遊性の向上と賑わいの創出、公共交通の利便性向上を目的。環状線のルートは複合商業施設「総曲(そうが)輪(わ)フェリオ」とイベント広場「グランドプラザ」という2つの都心核の連携強化などまちづくりの視点で検討
- 平成21年12月に、富山地方鉄道(株)が運営する既存の市内軌道に約9kmを新設し、1周3.4kmの環状運行開始
- 当該事業は、平成19年に施行された「地域公共交通活性化及び再生に関する法律」に基づき、全国初の上下分離方式(市が鉄道や車両を所有し、富山地方鉄道がその軌道や車両を使用し、運賃収入によって人件費などを賄い、施設使用料を市へ支払う方式で民活の一種)を導入
- 富山ライトレール同様、財源の一部は市民や企業の寄付。愛称は市民公募により、センター(中央)とトラム(路面電車)を組み合わせたセントラムと命名
- 富山ライトレール同様、トータルデザインの思想に基づき、統一感のあるデザインとした。車両は新潟トランシス製で、都心の風景に調和するモノトーン(3色)を採用
【成果及び留意点など】
開業から平成23年3月末までの実績では、土日祝日の利用が多く、休日の利用目的は「買物」が半数を占めており、観光利用の割合も高くなっている。
また、市内電車全体の利用者総数の増加にも寄与し、環状線利用者は自動車利用者に比べ、平均滞在時間や平均来街回数、平均消費金額が多く、中心市街地活性化にも大きく貢献している。さらには、環状線開通に伴い中心部への民間投資も増加しているという。
森市長は基調講演の中で、「上下分離方式により、運行事業者は初期投資が不要となり、減価償却や固定資産税などの負担が軽減される。同方式は今後の地方公共交通のあり方を検討する際の有効な手段の一つである」と指摘された。
(ⅲ)その他の取り組みについて
【具体的な取り組み】
- 市内に住む65歳以上の高齢者を対象に、郊外と中心市街地の間の公共交通運賃が100円になる「おでかけ定期券」やICカードを使って路面電車に1日3回乗ったら4回目以降は無料となるオート1dayサービスなど新たなサービスを次々と導入
- 平成22年3月には、路面電車を補完する目的で富山駅周辺にステーション15箇所、自転車150台を設け、バイクシェアリング「アヴィレ」を開始。運営は民間業者へ一任し、業者は駐輪場や案内板に広告パネルを設置し、広告収入で運営費を賄い、自治体の補助なしで永続的な事業を展開(図表-3)
- 「とやまレールライフ・プロジェクト~かしこいクルマの使い方考えんまいけ~」をキャッチフレーズに、市民に対するTFPアンケート[9]やフォーラム、ライトレール乗車体験、ラジオを使ったMMなど、公共交通利用に対する意識啓発活動を継続的に実施
図表-3 ポートラムとセントラム
(写真左:「ポートラム」、写真右:「セントラム」と自転車市民共同利用システム「アヴィレ」)
② 公共交通沿線地区への居住促進
【具体的な取り組み】
- 市内の鉄軌道路線と、路線バスの一部を「公共交通軸」とし、その鉄軌道駅から500m、バス停から300mの区域(工業専用地域等を除く)を「公共交通沿線居住推進地区」と位置付け、当該地区での住宅取得や共同住宅建設への助成を行うことで、居住を促進
【成果及び留意点】
平成19年10月から平成24年3月までの実績は280件、651戸にのぼり、都心地区及び公共交通沿線居住推進地区を選択する市民が徐々に増加しているという。
また、基調講演の中で森市長は「郊外移転の全否定ではない。不公平な制度だが利益を得るのは現在の市民と将来の市民である。市民に納得頂くことが必要であり、そのためには地道な努力を続け、ぶれずに施策を展開していくことが最も重要である」と主張していた。
3.公共交通を活かしたまちづくりのあり方
上述のとおり、富山市では路面電車を走らせること自体を目的とはせず、公共交通を将来の市民にとって住みよいまちづくりを行う際の重要なツールと捉え、規制強化(北風)ではなく誘導的な手法(太陽)により市全体で長期的、総合的にまちづくりを推進している。
さらには、公共交通の導入に終わらず、新たなサービスを次々と企画・導入しており、市民が花に親しむ機会の増加、花卉生産の振興を目的に、市内電車等へ花を持って乗車すれば運賃が無料になる企画なども検討されているという。このように、次々とサービスを提案し、常に新鮮な話題を提供することで、市民を引きつけている。
富山市の事例分析を進める中で、明治・大正・昭和にかけて活躍した本県出身の実業家である小林一三の功績が改めて偲ばれた。小林は、箕面有馬電気軌道(現在の阪急電鉄)を大阪梅田-宝塚間で開通させるなど社会経済に多大な貢献をなした人物であり、「単に乗客を運ぶことだけが鉄道会社の仕事ではない」を基本に、鉄道開通と合わせて沿線の住宅開発を行った。また、一般の人々が住宅を購入しやすくなるよう、当時としては珍しい割賦販売方式(ローン方式)も取り入れた。さらには沿線の観光開発も行い「箕面動物園」、「宝塚新温泉」の開業、ターミナル・デパート阪急百貨店の開設など、鉄道開通に終わらず次々と新たな事業を展開し大衆の注目を引きつけた。このように先駆的に未来の住民のために公共交通を軸とした住みよいまちづくりを展開した。
今後の本県においては、平成29年に中部横断自動車道の山梨―静岡間の全線開通、平成39年にはリニア中央新幹線の開業など、将来のまちづくりのあり方に大きな影響を及ぼす交通インフラの整備が予定されており、これらを最大限に活かしたまちづくりが求められている。
県内の多くの市町村では、公共交通の活性化や高齢者を始めとする交通弱者の足の確保などを目的に、コミュニティバス、デマンドバス等の運行が積極的に行われている。しかし、こうした事業の評価指標は「交通空白地域の解消」、「既存路線バスの廃止代替」など供給者側の視点に偏って設けられたものが少なくない。
今後のまちづくりにおいて、富山市の事例や偉大な先人小林一三に共通する成功要因として学ぶべきと考えられるのは、路面電車の導入といった表面的な模倣ではなく、将来の住民のためにどのようなまちをつくるべきか、その重要な手段として公共交通をどのように位置づけ活用するのか、現在・未来の「人」を主役と捉える需用者(お客様)側の視点ではないだろうか。
あらゆる地域で特効薬となるような公共交通システムは存在しない。まちづくりの主役は公共交通(乗り物)ではなく「人」である。まちづくりのあり方を徹底的に議論、検討するとともに、住民への粘り強い説得・提案、公共交通の整備に終わらない継続的なサービス提供など、一歩一歩着実に進めていく地道な努力が必要である。
【参考文献】
- 藤井聡・谷口綾子 「モビリティ・マネジメント入門」 (株)学芸出版社 2008年
- 森口将之 「富山から拡がる交通革命」 (株)交通新聞社 2011年
- 三浦幹男・服部重敬・宇都宮浄人 「世界のLRT」 JTBパブリッシング 2008年
- 中根雅夫 「地域を活性化するマネジメント」 (株)同友館 2010年
- 富山ライトレール記録誌編集委員会 「富山ライトレールの誕生」 鹿島出版会 2007年
- 富山市ホームページ
- JCOMMホームページ
[1] 平成22年国勢調査
[2] 総務省統計で見る市町村のすがた2011
[3] 平成22年家計調査報告書
[4] 平成20年総務省住宅・土地統計調査
[5] 道路統計年報2010
[6] 自動車検査登録情報協会
[7] 全体のトリップ(人がある目的を持ち、ある地点からある地点へ移動する単位)に対するある交通手段を利用したトリップの割合を示す。例えば、ある地域の全体のトリップが100トリップあり、そのうち自動車利用が20トリップの場合、自動車利用の分担率は20/100で20%となる。
[8] 交通網で幹線(鉄道等)と接続して支線(枝線)の役割をもって運行される路線バスやその路線
[9] TFPとは、トラベル・フィードバック・プログラムの略で、MMにおける代表的な施策である。TFPアンケートは、アンケートに答えてもらうことを通じて、一人ひとりの行動変容を促す手法。