Vol.173-2 自転車の安全な走行空間を求めて


公益財団法人 山梨総合研究所
主任研究員 河住 圭彦

1 はじめに

 自転車は一般生活において欠かせないツールである。買い物や通勤・通学など短距離の移動において自動車や電車等の交通手段より手軽で、交通渋滞や運行時間に左右されない。東日本大震災発生時には都内を中心に公共交通機関が混乱した際の移動手段として注目を集めた。燃料が不必要で、排気ガスや騒音等を出さない環境負荷の小ささ、運動不足解消につながる健康面での評価も高い。また通称「ママチャリ」と呼ばれる一般用自転車(シティサイクル)に限らず、ロードバイクをはじめとするスポーツ自転車[1]のブームが年々高まりを見せ、趣味としての裾野も広がっている。
 メリットが多い自転車だが、一方で利用者のルール・マナー違反が目立ち、歩行者相手の交通事故の多発、放置自転車の増加が社会問題化している。国においては、平成23年10月に警察庁が「良好な自転車交通秩序の実現のための総合対策の推進について」とする通達で、全国の警察本部へ自転車の原則車道走行を促す等の対策を求め、平成24年4月には国交省と警察庁が設置した有識者会議が「みんなにやさしい自転車環境」とする提言を両省庁に提出するなど、自転車の事故防止や利用環境の向上へ向けた対策や調査検討等の取り組みを推進。各自治体においても、専用道路や駐輪場等の整備、ルール遵守の徹底やマナー意識向上の啓発、レジャーや観光への活用等のため、それらの推進を盛り込んだ自転車利用に関する総合的な計画や条例を策定・制定[2]するなど、自転車のデメリットを排し、メリットを生かす動きが活発化している。
 本稿では自転車の安全走行に焦点を絞り、法規制や自転車環境の現状について、山梨県内の道路を例に示しながら整理し、若干の提言を試みたい。

2 自転車走行の基本前提

 自転車は道路交通法第2条により軽車両(原動機のない車両)と位置付けられ、同法で交通規制が定められ、違反した場合には罰則が適用される。自転車に関する道交法上の規制は一般的な認知度が低いため、警察庁では平成19年に「自転車安全利用五則」を決定し、全国の県警察本部を通して順守徹底の周知を呼び掛けている。
 平成20年には道交法及び同法施行令の一部が改正・施行され、歩道走行要件等が見直されている。

(1)自転車安全利用五則

規定

違反した場合の罰則

①車道走行が原則、歩道は例外※1

3カ月以下の懲役又は5万円以下の罰金

②車道は左側を通行

3カ月以下の懲役又は5万円以下の罰金

③歩道は歩行者優先で、車道寄りを徐行

2万円以下の罰金又は科料

④安全ルールを守る

 

 飲酒運転は禁止

5年以下の懲役又は100万円以下の罰金※2

 二人乗りは禁止※3

2万円以下の罰金又は科料

 並進は禁止

2万円以下の罰金又は科料

 夜間はライトを点灯

5万円以下の罰金

 信号を守る

3カ月以下の懲役又は5万円以下の罰金

 交差点での一時停止と安全確認

3カ月以下の懲役又は5万円以下の罰金

⑤子どもはヘルメットを着用

児童・幼児の保護責任者の努力規定※4

※1 平成20年の改正で、歩道走行の要件として「1.道路標識等で指定された場合2.運転者が児童・幼児等の場合3.車道又は交通の状況からみてやむを得ない場合」が規定され、歩行者にも「普通自転車通行指定部分」を避けて通る努力義務が規定された※2 酒酔い運転の場合 ※3 6歳未満の子どもを1人乗せる場合などを除く ※4 平成20年の改正で規定

(2)自転車安全利用五則以外の主な危険運転

 ①傘をさしての運転

 雨天時等に傘をさしての走行は道交法70条「車両等の運転者は、当該車両等のハンドル、ブレーキその他の装置を確実に操作し、かつ、道路、交通及び当該車両等の状況に応じ、他人に危害を及ぼさないような速度と方法で運転しなければならない」(安全運転の義務)が適用され、禁止である。
 山梨県においては、山梨県道路交通法施行細則[3]の第10条4で「かさをさし、物をかつぎ、物を持つ等視野を妨げ、又は安定を失うおそれのある方法で、大型自動二輪車、普通自動二輪車、原動機付自転車又は自転車を運転しないこと」としており、明確に規制対象となる。違反した場合の罰則は、道交法第120条第1項9により5万円以下の罰金である。

 ②ヘッドホン等で音楽を聞きながらの運転

 傘さしと同様、山梨県道交法施行細則に規定がある。第10条6で「高音でカーラジオ、ステレオ等を聞き、又はイヤホーン等を使用してそれらを聞くなど、安全運転に必要な外部の音声が聞こえない状態で車両を運転しないこと」としている。罰則も前項同様。

 ③携帯電話などで電話、メールをしての運転

 非常に危険な行為(前方不注意、片手運転)であり、道交法70条により禁止である。違反は3カ月以下の懲役又は5万円以下の罰金。神奈川県道交法施行細則など、明確に使用禁止としている自治体もある。

 ④ブレーキのない自転車を運転

 若者を中心にピスト自転車(後輪が自由回転しない自転車)にブレーキを付けずに走ることが流行し、歩行者に危害を加える事故を起こすことが問題になったが、道交法63条の9の規定から、前後輪にブレーキがない自転車は違反対象である。5万円以下の罰金。

3 自転車の走行空間

 自転車は高速道路(県内の例:中央自動車道、中部横断自動車道)や地域高規格道路(同:新山梨環状道路、西関東連絡道路)等の自動車専用道路を除けば、ほとんどどんな道でも走ることができる。
 自転車の特性として利点でも欠点でもあるのが、道路の種類によって歩道、車道のいずれも走行が認められている点である。歩道においては歩行者に対して危険な「強者」であり、車道では自動車通行による危険にさらされる「弱者」(一方で「自動車の円滑な通行を妨げる強者」との見方もある)である。いずれにしても歩行者からも自動車からも「迷惑な存在」とされる傾向があり、そこからさまざまな問題が生じてくる。国や自治体の法規制や計画、条例の目的は、この解消を目指すためである。
 山梨県を含む全国の都道府県において、自動車、歩行者と自転車の通行エリアを分ける自転車専用道等の整備が盛んだが、いまだに道路全体の一部に過ぎない。自転車が通行する主な道路について、以下に整理した。

(1)自転車が中心となり得る道路

 ①自転車レーン(自転車専用通行帯)

 道交法第20条2項に基づき、道路標識等により自転車の走行を指定している車両通行帯で、最低幅員は1.0m以上と規定されている。車道との間に段差や工作物はなく、境界線が引かれ、通行帯は路面に色が塗られ、自転車専用の文字や図が示されることが多い。

通行者

規制

自転車走行の注意点

自動車

進入禁止

物理的境界がなく、進入、駐停車する可能性

歩行者

進入禁止

物理的境界がなく、進入する可能性

自転車

左側通行

基本的に安全

 山梨県内ではボランティア通り(丸の内3丁目の市道)、国母通り(県道甲府市川三郷線)、けやき通り(県道小瀬スポーツ公園線)などに整備されている。

 ②自転車道

 道路構造令第2条第1項2に基づき、自転車通行のために縁石線やさくなどの工作物によって区画された道路。幅員は2.0m以上(やむを得ない場合は1.5mまで縮小可)。道路標識等で区分が示される。既存の歩道を区分して整備されることが多い。

通行者

規制

自転車走行の注意点

自動車

進入禁止

 

歩行者

進入禁止

境界を越えて進入する可能性

自転車

対面通行可

自転車同士が正面衝突する危険

 山梨県内では、平和通り(国道52号)の甲府市役所前交差点~相生歩道橋交差点、甲府市道朝日荒川線の甲府工業高校前~朝日2丁目区間などに整備されている。

173-2-1173-2-2
自転車レーン(甲府市内・ボランティア通り)自転車道(甲府市内・平和通り)

(2)自転車と歩行者が共存する道路

 ①サイクリングロード等(自転車歩行者等専用道)

 サイクリングロードという名前から自転車が走るための道路と誤解されるが、道路法第48条の13第2項により「もっぱら自転車及び歩行者の一般交通の用に供する」と指定された道路で、歩行者共用の道路である。そのため、自転車は歩行者の近くを走る場合は最大限の注意を払いながら徐行しなければならない。河川敷を活用して整備されていることが多い。山梨県内では荒川(甲府市)、笛吹川、釜無川の各河川沿いなど。

 ②自転車走行が可能な歩道(自転車歩行者道)

 道路構造令第2条第1項3に基づき、縁石線やさくなどの工作物によって区画された歩道で、自転車走行も可能な道路。道路標識等で区分が示される。あくまで「自転車の走行が許される歩道」であり、自転車は歩行者に最大限の注意を払いながら徐行しなければならない(道交法第63条の4第2項)。路面の色塗りにより区分されているケースもある。

通行者

規制

自転車走行の注意点

自動車

進入禁止

 

歩行者

優先通行

接触事故の危険。自転車側に最大限の注意義務

自転車

対面通行可

自転車同士が正面衝突する危険

※表は①②とも同様

(3)自転車と自動車が共存する道路

 ①広い路側帯のある車道

 路側帯が自転車レーン同様に幅員1.0m以上があれば、車道に出ず比較的安全に通行できる。ただ、路側帯は自転車の対面通行が許されているため自転車同士の正面衝突の危険がある上、歩行者も通行できるので対人事故の可能性がある。また自動車が車道沿いの施設を利用するために進入、駐停車することが多く、接触事故の危険性もある。

通行者

規制

自転車走行の注意点

自動車

通行可

進入、駐停車による接触事故の危険

歩行者

通行可

接触事故の危険。自転車側に最大限の注意義務

自転車

対面通行

自転車同士が正面衝突する危険

 ②路側帯の狭い(ない)車道

 路側帯があっても数10cm程度、その左側は側溝や排水用の勾配などがあるような場合、自転車は車道しか走行できない。

通行者

規制

自転車走行の注意点

自動車

通行

接触事故の危険

歩行者

通行可

接触事故の危険。自転車側に最大限の注意義務

自転車

左側通行

基本的に安全

4 自転車の車道走行に関する考察

(1)自転車は原則車道の左側

 自転車、歩行者、自動車の走行空間を区分する自転車専用道により、3者相互の危険は減るが、整備には幅員(用地)や費用の確保等が必要で、時間がかかる解決策である。現状で最も多く、問題となる道路は、歩行者と共用の「自転車歩行者道」と、自動車と共用の「路側帯のない車道」である。
 平成23年10月に警察庁が全国の県警本部に通達した「良好な自転車交通秩序の実現のための総合対策の推進について」では、自転車は原則、車道走行とすることを明記している。その背景には、全国の自転車事故発生件数が減少傾向にあるにも関わらず、自転車の対歩行者事故が増加傾向にあるため(図表1)、自転車と歩行者の接点をできるだけ少なくしようとする意図がうかがわれる。

図表1 自転車関連事故と自転車の対歩行者事故の推移(警察庁資料)

173-2-3

図表2 自転車の類型別対車両事故(平成23年、警察庁資料)

173-2-4

 一方で、山梨県では、山梨県警が自転車レーンや自転車道、自転車走行可能な歩道、安全な走行ができる広さの路側帯が県内に少ないことを理由に、車道走行を厳格化せず、歩道走行を容認する方針を示している[4]
 自転車が関連する事故の全国統計(図表2)をみると、対車両事故の発生形態は「出合い頭」55.9%、「右左折時」25.0%と8割以上が交差点での事故とみられ、「追突」(車道の左側を走行中に後ろから車両が衝突した事故等)は1.3%、「追越・追抜時」も2.7%と少ない。
 それにも関わらず自転車の車道走行が危険という認識が強いのは、速度が遅いために自動車が追い抜いて走らなければならない存在であり、また自動車による事故が死亡や大怪我など深刻な被害を出すことが、危険というイメージを強くしているとみられる。だが実際には、ルールを順守し、交差点等で万全の注意を払えば、車道を走行する方が歩行者と対面通行で共存する「自転車歩行者道」よりも安全であると言える。

(2)シェアという考え方

 自転車は軽車両であり、歩行者ではなく自動車の仲間である。しかし日本ではその手軽さと、歩道走行が認められていることから、車両であるとの認識が弱い。車道走行が定着しづらいのは、この点にあると思われる。
 アメリカなど海外には、自動車と自転車が道路を共有する「Share the Road」という考え方がある。自転車も車両であり、車道を自動車と共有することができる代わりに、自転車もしっかりと法的な規制を受けることを明確にし、自転車のマークと「Share the Road」と書かれた標識で啓発が図られている。
 日本においても自動車と自転車が道路をシェア(共有)するには、自転車を運転する側も「自転車は車両の仲間である」という意識を徹底し、自転車安全利用五則をはじめとする道交法の規定を順守し、一方で自動車を運転する側も同様の認識をもって、自転車の安全に配慮した運転(スピードが遅くて邪魔だと腹を立てない等)をすることが必要である。特別な道路整備や特別な法規制がなくても、この考え方によって、車道が安全な自転車走行空間でいられることは可能なのである。

5 おわりに

 フィンランドなどヨーロッパ各国では、交差点で自動車を自転車の後方に停車させたり、自転車用信号を自動車用信号より早く切り替えたり、自転車との速度差を減らすために自動車の制限速度を引き下げるなど、車道でも自転車優先の安全走行空間の創出が実現している。日本国内においても、自転車のメリットを十二分に生かせる環境整備が進むように、自転車に関する論議・検討がさらに盛んになることを期待したい。

【引用・参考文献等】

  • 警察庁ウェブサイト http://www.npa.go.jp/index.html
  • 山梨県警ウェブサイト http://www.pref.yamanashi.jp/police/
  • 神奈川県警ウェブサイト http://www.police.pref.kanagawa.jp/
  • 自転車交通の総合的な安全性向上策に関する調査(内閣府、平成23年3月)
  • 良好な自転車交通秩序の実現のための総合対策の推進について(警察庁、平成23年10月)
  • 山梨日日新聞(平成24年2月16日付1面など)
  • 神戸市自転車利用環境総合計画(平成24年6月)
  • 地域科学研究会「自転車交通の計画とデザイン」(平成21年7月)

[1] 舗装路での高速走行に特化し、ドロップハンドルと呼ばれる特殊な形状のハンドル等を装備するロードバイク、山岳地帯や荒地等での走行を目的とするマウンテンバイク、その中間に位置するクロスバイクなど、主に競技や趣味で活用される自転車のこと。通勤など日常的な利用に使う人も増えている。

[2] 平成24年度だけをみても、利用計画は北九州市、神戸市、新潟市、札幌市など、条例は豊島区、鎌倉市、埼玉県などで策定・制定されている。いずれも山梨県内の自治体にはない(平成24年12月現在)。

[3] 道交法第71条6により、各都道府県が定めた事項は規制の対象となる。

[4] 山梨日日新聞 平成24年2月16日付1面。