Vol.174-1 6次産業開発健康食品が生体におよぼす影響を評価する試み
山梨県立大学人間福祉学部
准教授 鳥居 美佳子
1.はじめに
農林水産省では、雇用と所得を確保し若者や子どもも集落に定住できる社会を構築するため、農山漁村の6次産業化を推進している。6次産業では、農林漁業(1次産業)と2次・3次産業との連携・融合による地域ビジネスの展開や新たな産業の創出が促進されている。
今回は、都留市の6次産業化の取り組みの事例を取り上げ、研究者の立場としての取り組みへのかかわりについて報告する。
2.健康食品の有用性とその科学的根拠を評価することの意義と課題
健康食品と呼ばれるものは、法律上の定義は無く、広く健康の保持増進に資する食品として販売・利用されるもの全般をいう。健康食品には、科学的根拠が不十分であるにもかかわらず、有用性を誇張しているものも少なくない。また、優れた健康食品であっても、食生活や生活習慣が改善するように配慮しなければ、期待する効果が十分に得られない。健康食品は誰でも簡単に入手できる一方で、医師や薬剤師によって安全な利用環境が整備されている医薬品とは異なり、消費者の自己責任下で選択・利用されるため、様々な問題が生じやすい。
一方、現代の医療について、細分化された研究が進められている近代西洋医学のみでは、病気や複雑な人間を理解できないという認識がなされてきており、近代西洋医学のみならず、健康食品の利用を含む代替・補完医療を統合した患者中心の統合医療が望まれていることも事実である。
しかし、科学的根拠の不十分な代替・補完医療を取り入れた統合医療を展開するためには、多角的評価基準の作成が重要課題であると言われている。多角的評価として、個人差を含めた新しい評価方法、生体情報を収集する医工学的方法、QOLや主観性を把握する心理学的評価、遺伝学的評価などを含めたアプローチが試みられており、それらの成果が集大成されることが期待されている。
3. 都留市における「黒ニンニク」の開発とその背景
山梨県都留市は、2011年2月、様々な形で農林業に取り組む人たちが連携する「未来型農・林業推進協議会」を設立した。その取り組みの一環として、地域特産物に付加価値をつけて販売を促進する6次産業を推進している。都留市では、地域の特産物として「曽雌(そし)ニンニク」が古くから栽培されてきた。しかし、いくら味のよいものであっても、青森のようなブランド産地のニンニクに比べると市場における価値が低いのが現状であった。そこで、協議会に協力機関として携わる高山技術士事務所の高山覚先生(技術士、農学博士、本学非常勤講師)の技術指導を受け、曽雌ニンニクに付加価値をつける取り組みが始まった。
まず、バイオテクノロジーを導入し、ウィルスフリーで曽雌ニンニクを栽培することに成功、収穫量を充実させることができるようになった。
次に、ニンニクの生理作用について注目した。ニンニクは様々な生理作用を有することが明らかとなっているが、嗜好性の問題や主に消化器系において生じる副作用の問題から、生食で大量に摂取することは容易ではない。一方、黒ニンニクは、「これがニンニク?!」と思わずにはいられないほどの甘酸っぱい美味しさで、生食してもニンニクを生食したときのような副作用はほとんど認められないのが特徴である。これは、ニンニクを熟成させることにより、胃腸障害の主な原因物質であり独特の匂い成分でもあるアリシンが分解されるためであると考えられている。また、黒ニンニクには、S-アリルシステインやポリフェノールなどの生理作用を持つ成分が生ニンニクに比べて多く含まれ、機能性の高い健康食品としての利用が期待されている。高山先生の指導によって、黒ニンニクの製造方法の開発も行われた。
さらに、同市役所には、NPO法人フィールド’21(坂本昭理事長)の支援により、豊かな水源を活用した小水力発電装置が設置され、それによって得られるクリーンなエネルギーを活用する植物工場において、黒ニンニクを生産することが可能となった。
現在では、従来の方法よりも短時間で甘みの強い方法が確立されつつある。今後の課題としては、販売・流通ルートの確保が挙げられている。
図:都留市役所で製造された黒ニンニク。
甘酸っぱい味でねっとりとした食感はドライフルーツのようです。
4. 黒ニンニクに関する研究の目的と経緯
未来型農・林業推進協議会では、定期的に学習会を開催している。著者は、2011年9月に講義の依頼を受け、栄養学的な立場から「野菜について」というテーマで話をする機会をいただいた。そこで、食品や食事が生体におよぼす影響をどのように評価するのか、様々な評価方法を紹介した。事例として、ウコンサプリメントの生体におよぼす影響について、著者らが行った研究の方法や結果を報告した。その結果、協議会員の皆さんには、特定の食品について「体によい、悪い」と簡単に言えないこと、だからこそ、その食品の有用性の科学的な根拠を客観的に明らかにすることが商品としての付加価値を高めること、この2点について共有していただくことができたのではないかと思っている。
黒ニンニクの有用性については、動物実験による抗腫瘍作用や運動機能の向上、血行促進作用、抗酸化作用などの可能性が報告されているが、ヒトを対象とした研究において科学的根拠が不十分である。実際に、高山先生が黒ニンニクの製造方法を開発している段階で試作品を試食してもらった人からは、「疲れにくくなった」、「顔のシミが薄くなった」、「食べたら体が温かくなった」など、黒ニンニクを摂取したことによる体調の変化について、多くの声が届いていた。しかし、いずれも本人の主観的な自覚による効果であり、その科学的根拠や作用機序は不明であった。
そこで、著者らは、黒ニンニクを摂取したときの生体への影響を客観的に評価し、地域特産物の「付加価値」に根拠を与えることを目的とし、以下の研究を行うこととなった。
5. 黒ニンニクの生体におよぼす影響を評価する試み ~研究方法と経過報告~
都留市在住の60歳以上の男女22名(女性12名、男性6名、平均年齢70.6±8.0歳)に協力を得た。調査期間は、2012年11月11日~12月8日であり、前半2週間を非摂取期間、後半2週間を黒ニンニク摂取期間とした。研究協力者は、摂取期間には、毎朝食後黒ニンニクを5.0±0.25g(14日間の総量70g)摂取した。5.0gは黒ニンニクの約1粒に相当する。黒ニンニクは、都留市で収穫された曽雌ニンニクを用いて市役所内植物工場で加工されたものを1回の摂取量に分包したものを14日分配付した。
研究協力者の体調を黒ニンニク摂取期間と非摂取時期において比較することを目的とし、調査を実施した。調査には独自に作成した質問紙を用い、毎日、体調に関する質問に回答するよう依頼した。調査期間は、毎日、食事内容と睡眠状況、薬物の服用状況などについても記録を依頼した。
現在、調査票の回収が終了し、結果を集計・分析している。研究協力者の自覚として得られた体調の変化は、「疲れにくくなった」、「胃腸の調子がよくなったように感じる」「よく眠れるようになった」など、多岐にわたっていた。今後、詳細な検討を行う予定である。
6. 今後の展望
今回は、研究協力者の主観的評価を中心に調査を行った。今後、客観的な評価を行うため、今回の調査結果を踏まえ、生理学的な検討を行う。具体的には、体表面温度と活動量を同時に計測できる携帯型超小型心拍センサを研究協力者に装着し、黒ニンニク摂取/非摂取条件下において一定期間連続記録することにより、活動量や自律神経機能の変動を評価する予定である。このような検討を行うことで、例えば、「疲れにくくなった」あるいは「よく眠れるようになった」という例では、疲労感や睡眠の質と日中の活動量との関連性や入眠時の体温と睡眠の質の関連性などを推測することが可能となり、黒ニンニクの有用性の根拠やメカニズムの解明に寄与できるのではないかと考えている。さらに、若年群についても同様の研究を行い、比較することも検討している。
農山漁村の6次産業化により、単に農山漁村の産業が活性化すればよい、というわけではないと著者は考える。農山漁村に住む人々のQOLや幸福度の向上が伴わなければ真の活性化とは言えない。生活者・消費者としての地域住民が正しい判断基準を持って、商品の価値やその有用性(健康への影響)を客観的に判断し、自らのQOLや幸福度の向上のために適切な行動をとることも大切であることを忘れてはならないと思う。今回紹介したような取り組みを通して、著者は研究者の立場から、地域の産業復興と地域住民の幸福度の向上に貢献できることを願っている。