Vol.175-2 社会保障費用統計からみた社会保障制度の状況
公益財団法人 山梨総合研究所
主任研究員 進藤 聡
1 はじめに
2012年11月に国立社会保障・人口問題研究所が2010年度の社会保障費用統計を発表し、社会保障給付費がはじめて100兆円を突破した。
社会保障制度については、成長経済を前提とした制度設計が限界に達しており、その抜本的な見直しの必要性が言われて久しい。国においても、民主党政権下で社会保障・税の一体改革の取り組みが始まり、検討が進められている。
本稿では、2010年度の社会保障費用統計を中心に、現在の社会保障制度ではどのような部門別の構成比となっており、その財源がどのように賄われているのかについて整理を行い、現在直面している課題についての再確認を行う。
なお、社会保障費用統計においては、OECD基準による社会支出とILO基準による社会保障給付費の2種類の集計が行われているが、本稿においては、施設整備費等の個人に帰着しない支出や就学前教育、自動車賠償責任保険、生活保護以外の住宅関係費等の制度を含んでいないILO基準による社会保障給付費により分析を行う。
2 社会保障給付費とは
ILO(国際労働機関)は、1949年以来社会保障費用について18回の調査を実施してきており、その中で社会保障制度の定義として以下の3つの基準を示している。
①制度の目的が、次のリスクやニーズのいずれかに対する給付を提供するものであること。
(1)高齢 (2)遺族 (3)障害 (4)労働災害 (5)保健医療 (6)家族 (7)失業 (8)住宅 (9)生活保護その他
②制度が法律によって定められ、それによって特定の権利が付与され、あるいは公的、準公的、若しくは独立の機関によって責任が課せられるものであること。
③制度が法律によって定められた公的、準公的、若しくは独立の機関によって管理されていること。あるいは法的に定められた責務の実行を委任された民間の機関であること。
社会保障費用統計においては、上記に該当する制度として、以下の27項目をあげ、それぞれの収支を整理することで、社会保障給付費の集計を行っている。
1.健康保険 2.国民健康保険 3.後期高齢者医療制度 4.介護保険 5.厚生年金保険 6.厚生年金基金等 7.国民年金 8.農業者年金基金等 9.船員保険 10.農林漁業団体職員共済組合 11.日本私立学校振興・共済事業団 12.雇用保険等 13.労働者災害補償保険 14.児童手当及び子ども手当 15.国家公務員共済組合 16.存続組合等 17.地方公務員等共済組合 18.旧令共済組合等 19.国家公務員災害補償 20.地方公務員等災害補償 21.旧公共企業体職員業務災害 22.国家公務員恩給 23.地方公務員恩給 24.公衆衛生 25.生活保護 26.社会福祉 27.戦争犠牲者 |
3 社会保障給付費の推移
社会保障給付費の総額は1975年度では11兆円余りであったが、2010年度には100兆円を超え、8.8倍に膨らんでいる。直近の5年間をみると毎年平均3.6兆円、3.8%増加をしている。
グラフ1は同時期の国民所得との関係について、1975年度の一人当たりの金額を100とした時の指数によって推移を比較したものである。一人当たり社会保障給付費が約8.7倍(指数では769)になったのに対し、一人当たり国民所得は約3.5倍(指数では246)にとどまり、1990年以降はほぼ横ばいの水準で推移している。
グラフ 1 一人当たり社会保障給付費と国民所得の推移
グラフ2は、社会保障給付費について、医療、年金、福祉その他の3部門に区分した場合の構成比の推移を示している。1975年度には半数近くを占めていた医療費の割合は一貫して減少しており、2010年度においては31.2%となっている。一方、年金の占める割合は逆に推移し、33.0%が50.7%に増加した。福祉その他の割合は減少を続けていたが、介護保険制度の開始に伴って、2000年度以降増加している。
グラフ 2 社会保障給付費の部門別構成比の推移
グラフ3で社会保障給付費の財源について推移を見てみると、1975年度においては、被保険者、事業主、国庫が同じ割合となっており、資産収入がそれを補完しているような構成であった。1995年度にかけて国庫負担の割合が減少したが、基本的な構成はほぼ同じと考えられる。しかしながら、1995年度以降は被保険者と事業主の伸びが鈍化し、それまでは安定していた資産収入の増減が大きくなった。これを補完する形で、国庫や地方自治体の負担が増加しており、2005年度以降になると、その他に区分される積立金の取り崩し等が大きく増加している。
グラフ 3 社会保障給付費の財源の推移
4 財源から見た社会保障給付費の部門別の課題
ここでは、部門別にどのような財源構成となっており、どのような課題が生じているのかについて、整理を行う。なお、制度ごとの集計に基づいているため、公務員が加入する共済組合など、医療と年金の双方に関わってくる制度において、各部門の支出割合が10%以上である場合には、按分せずに全てをそれぞれの集計に含め、10%未満の場合には除外した。そのため、厳密な区分とはなっていない。
(1)年金
社会保障給付費の半分を占めている年金についてその財源をみると、約6割が被保険者と事業主の拠出金、約2割が国庫、残りの2割が資産収入とその他(積立金の取り崩しなど)という構成になっている。
2000年までは資産収入の割合は比較的安定しており、収入の10%程度を占めていたが、2000年以降は年によって変動が大きく、2003年度、2005年度、2009年度は10兆円を超えて収入の10%以上を占める一方で、2008年度や2010年度は1兆円に満たず1%未満となっている。
社会が少子高齢化していく中で、支出となる年金給付は増加する一方で、安定的な資産収入が確保できない状況となっており、適正な年金水準と必要となる財源の負担をどのように考えるかに加えて、安定的な資産収入が期待できないことを前提とした制度設計が求められている。
グラフ 4 年金部門における収入と支出の構成
(2)医療
医療費については、公務員が加入する共済組合や生活保護、公衆衛生等を含めて集計したため、4割は他の部門への支出となっている。これらをふくめた財源をみると約5割を被保険者と事業主の拠出金、約4割を国と地方自治体の公費で負担している形となっている。
厚生労働省の公表している年齢階級別一人当たり医療費によると、20歳~59歳は一人当たり医療費を一人当たりの自己負担額と保険料の合計が上回っており、この世代の保険料と公費によって未成年者や高齢者を支えている形となっている。
少子高齢化の進展により医療費が増加する一方で、大幅な経済成長は望めない状況から拠出金を増やすことは難しい。そのため、支出としての医療費の抑制と財源における公費負担のバランスを考えた制度改正が求められている。
グラフ 5 医療部門における収入と支出の構成
(3)福祉その他
福祉その他の財源は、75%近くを公費が占めており、20%強の被保険者や事業主の拠出金は介護保険や雇用保険の保険料、児童手当/こども手当の拠出金等となっている。
財源は主として公費であるが、介護保険や児童手当/こども手当などの今後重要性が増大していくと考えられる制度が含まれており、これらの制度を中心にどのような財源によって、どのような水準の社会保障給付を目指すのかを考えていく必要がある。
グラフ 6 福祉その他部門における収入と支出の構成
5 おわりに
国では、社会保障・税の一体改革の検討の中で、消費税の増税を決定し、2014年に8%、2015年に10%とすることとなった。しかしながら、消費税の増税による効果は1%あたり2兆円程度と言われており、社会保障給付費が現在のペースで増加するのであれば、拠出分を含めてであるが、毎年4兆円近くが必要となり、今回の消費税増税のみで制度を維持していくことは非常に難しい。
長期的には経済成長のペースに合わせて社会給付費の増加を抑制するなど、制度の根本的な見直しが必要であり、そのためには社会保障制度が直面している状況を丁寧に説明するなかで、国民全員で痛みを分かち合うような改革を行わざるを得ない。安心できる社会保障制度を構築すべく、社会保障制度改革国民会議等を通じた活発な議論を期待したい。
【引用・参考文献等】
- 平成22年度社会保障費用統計(平成24年11月国立社会保障・人口問題研究所)
- 平成24年度年次経済財政報告 (平成24年7月 内閣府)
- 国立社会保障・人口問題研究所ウェブサイト http://www.ipss.go.jp/
- 厚生労働省ウェブサイト http://www.mhlw.go.jp/
- 内閣官房 社会保障・税の一体改革ウェブサイト http://www.cas.go.jp/jp/seisaku/syakaihosyou/