地域への誇りをまち歩きで


毎日新聞No.382 【平成25年3月15日発行】

  本県で開催中の「国民文化祭やまなし2013」では、県内全域を舞台にフットパス・イベントが行われている。フット(歩く)パス(小径)の字義どおり、案内者の説明を聞きながらまちを歩き、まちの歴史・文化・生活に触れることができる催しだ。
  過日、勝沼を舞台に開催された「フットパス・朝市とワイナリーめぐり」へ参加した。かつぬま朝市会場を起点に、扇状地が一望できる高台へ移動し、山すそに広がるブドウ畑の間を抜け、案内者の説明に耳を傾けながらまちを歩いた。
  扇状地特有の水不足を克服するために、雨乞いの神として川の中に祭られた「石尊さん(道祖神)」、明治期のワイン醸造者の試行錯誤の様子がうかがえるワイン貯蔵庫「龍憲セラー」などを巡り、「まちの歴史・まちの記憶」を存分に楽しんだ。ワイナリーへも立ち寄り、つくり手の思いの凝縮されたワインを試飲し、ほろ酔い気分で土産のワインを手に帰路についた。内容も魅力的なものであったが、案内者の地域への誇りと愛着にあふれる親切・丁寧な対応が心に残った。

  観光振興にまち歩きを取り入れ成功を収めた長崎市では、平成18年に「長崎さるく(長崎弁でぶらぶら歩くを意味)博’06」が開かれた。会期中には7百万人を超える人々が長崎のまちを歩き、経済波及効果は865億円に達したという。
  長崎さるくの取り組みは博覧会だけの一過性のものには終わらなかった。ガイド、コース数ともに増加し、今では365日いつでもガイド付きのコースへ参加できるまでになった。まち歩きが市の観光構造の中核を担うまでに成長してきたといえよう。

  本県では、「NPO法人つなぐ」、「勝沼フットパスの会」などの団体が長期にわたってまち歩きの普及に向けた地道な活動を続けている。こうした活動の成果により、「国民文化祭やまなし」では200を超えるフットパスコースやきめ細かなガイドブックの提供など、独自性のあるまち歩きが展開されている。
  期間中には、毎週のようにフットパスが開かれ、誰でも気軽に、身軽に参加できる。県民自身の参加により、地域を見直し、地域への誇りと愛着を高めるきっかけにもなるだろう。すなわち、フットパスへの参加は、ごく普通の県民が県外から訪れるお客様へおもてなしを提供しようとする原動力となる可能性を秘めている。

(山梨総合研究所 主任研究員 矢野貴士)