Vol.177-1 災害時における「情報」の考察(前編)
山梨県企画県民部情報産業振興室
室長補佐 広瀬 信吾
1.このレポートについて
このレポートは、「山梨県地域情報化推進協議会」、「ブロードバンド基盤整備及び促進部会」において、山梨大学工学部土木環境工学科の鈴木猛康教授を座長として、平成23年度に行った「災害情報ワーキンググループ~災害時における情報収集・伝達方法の検討~」での研究成果である。
2011年3月11日に我が国を襲った東日本大震災と、それに誘発された東京電力福島第一原子力発電所事故は、被災地に行方不明者を含めると約2万人を超える犠牲者と、災害発生時から2年あまりを経過した今でもなお避難生活を強いられる数十万人の被災者を生み出した。
火山列島であり、大陸プレートが衝突する場所に位置する日本列島は、世界有数の地震国であり、周期的に大きな被害をもたらす大地震が発生する。鴨長明が800年前に記述した方丈記にも、王城の都を襲う大災害の記述が多くあるが、日本国民の集合的無意識下に形成された無常観といった国民的なメンタリティは、こうした災害大国であることと切り離せないものである。
さて、このレポートの目的は「災害時」における「情報」についての考察である。
1995年1月17日に発生した阪神淡路大震災と、その16年後に発生した東日本大震災では、災害時に行き交う「情報」の伝達手段において大きな変化が見られた。
それはインターネット上に行き交った、SNS(social networking service)と呼ばれる情報手段である。直接的なメディアとしての「ソーシャルメディア」と、その総合体としての「ソーシャルネットワーク」は、被災者と被災地を支援する人たちとの相互連絡において、輻輳や停電などによって遮断された情報の空白を埋める役割を果たした。
「災害情報ワーキンググループ」では、都合5回にわたり行われたが、そのうち3回のワーキングにおいて、東京からソーシャルメディアに関わる方々を講師として招聘し、主に東日本大震災との関わりをひとつの視点として講演してもらい、研究者、民間のITベンダー、通信設備事業者、コミュニティ放送事業者、市町村・県などの自治体からなるワーキンググループの構成者との意見交換を行った。
このレポートの構成は、ワーキング内容とその具体的活用事例を前編、考察編としての、災害情報とその伝達手段、災害情報ワーキングからの提言を後編として、前後編2回に分けて言及していく。
2.[WGⅠ]震災時におけるTwitter(ツイッター)の果たした役割
第1回ワーキングはCGMマーケティング株式会社、営業開発部の津田一成氏を迎えて行った。CGMマーケティングはTwitterのガイドサイトなどを運営している会社である。
2_1 Twitter(ツイッター)とは
Twitterとは、「140文字までのテキスト情報のみ」、「オープン(検索対象)」、「リアルタイム情報発信」、「情報ネットワークの形成」などを特徴としたソーシャルメディアのひとつである。Twitterとは「(鳥の)さえずり」を意味する言葉であり、ある事象に対して、世界中のひとが独り言のように「つぶやく」ことが、インターネットを通じて、世界中のひとが閲覧できる仕組みである。その人の「つぶやき」は自分のページとして「Time Line」(時系列に記載されたツイートとそのレスポンス)として整理されている。それぞれの「つぶやき」は、その人を「フォロー」する人たち(フォロワー)の目に触れ、関心がある話題については「Retweet(リツイート)」されることによって、情報が幾何級数的に拡散していく。基本は有名人であったり、自分のリアルな知り合いがフォローの対象であるが、あるテーマについて、不特定多数がつぶやく場合には「ハッシュタグ」というキーワードによって共有される。震災時には、以下のハッシュタグにより情報が共有された。
図表1 震災時に利用されたハッシュタグの例
#jishin: 地震一般に関する情報、#j_j_helpme :救助要請、#hinan :避難、#anpi :安否確認 #(日付)care: 医療系被災者支援情報、#(日付)teiden: 停電情報 #(日付)train: 電車の運行状況、#(日付)car: 道路交通状況 #save_(県名) 地域別の情報 など |
2_2 Twitterの特性
ツイッターの特性は、「速報性」、「伝播性」、「簡便性」、「多様性」にある。
「速報性」とは、情報収集において一般のweb検索だと、情報収集者が能動的にアクションを起こさないと情報収集できないが、ツイッターはフォローすることによって、受動的に情報が流れ込んでくる。流れ込んできた情報に対して、ハッシュタグなどで検索することによって、利用者はいち早く情報を得ることができる。
震災時に首都圏においては、帰宅難民といった現象が起こったが、たとえば交通機関の運行情報などは、運行会社の発信する情報よりも早く、ツイートされた情報によって、運行再開情報などを得る人が多かった。「伝播性」とは、Twitterを特徴づける特性で、あるツイートに対してフォロワーがRetweetした情報は、幾何級数的に拡散し広まっていく。早くかつ不特定多数の人たちに広がるメディアとして、Twitterは最も適したメディアであるといえる。震災時に猪瀬直樹東京都知事(当時副知事)が自らのアカウントで、被災地の救助情報をツイートし、救助に至った例などが知られている。「簡便性」とはTwitterテキスト情報に特化していることから、シンプルで「簡便性」が非常に高い。「多様性」とはAPI(Application Programming Interface)が開示されていることで、世界規模で開発コミュニティが形成されており、多様なアプリ開発が可能となっている点である。
2_3 震災時におけるTwitterの活用例
Twitterは震災時それぞれのタイミングにおいて以下のような活用がなされ、大きな効果をあげている。
図表2 震災時におけるTwitterの活用事例
タイミング | ツイートされた内容 |
地震発生時 | 救助要請・安否確認、自治体による警報発信、停電地域への呼びかけ |
発災後1時間後 | 交通機関の情報共有、帰宅難民への情報提供 |
発災後20時間後 | 節電の呼びかけ |
発災後2日半後 | 援助物資のjust in Time化、節電の他買い占め防止などの呼びかけ |
具体的には、「停電地域への呼びかけ」、「自治体からの警報」、「避難場所の情報」、「交通機関の復旧状況」などの情報が以下のようにシェアされた。
2_4 Twitterによるデマゴギーの発生と収束
2_3の例は、Twitterの活用事例の正の面を紹介したが、光には陰があるように、負の側面も見せている。負の側面とはデマゴギー(流言飛語)の発生である。嘘の救援要請の他、千葉県で発生したコスモ石油タンク火災に伴う有害物質を含んだ雨の情報などのデマがTwitterを通じて流された。こうしたデマの収束はTwitterによってなされたことから、政府機関や自治体、インフラ会社が独自アカウントを立ち上げるなどの動きにつながった。
3.[WGⅡ]震災時におけるmixi(ミクシィ)の果たした役割
第2回ワーキングは株式会社ミクシィの小泉文明取締役を迎えて行った。mixiは2011年時点で日本最大規模のシェアを持っていたSNSサイトであった。その頃は世界最大のSNSである「FaceBook(フェイスブック)」は日本に進出して間もなくであり、サービス開始から19ヶ月で1億人のユーザーを獲得している「LINE(ライン)」はまだ日本法人が立ち上がっていなかった。
3_1 震災時におけるmixiの活用について
震災時においてmixiは、SNS上の友人(マイミクシィ)のログインした時間を確認する機能によって、「安否確認」をすることができた。mixiでは震災に際して友人の最終ログイン時間を一覧表示するページを追加した。また、Twitterと同様の機能である「mixiボイス」(つぶやき)で、自分のおかれた状況を簡単に友人に知らせることができた。
さらに携帯電話のGPS(Global Positioning System)機能を使った「mixiチェックイン」機能によって、クリックするだけで自分のいる場所を発信することができた。このように震災直後に「安否確認」および「災害状況の共有・確認」において役割を果たした。
震災から時間が経過した後には、「コミュニティ」機能を利用して、地域別(市区町村や自治会など)目的別(救助物資、炊き出し情報など)のコミュニティの形成、震災関連の情報内容別整理などがユーザー有志によってなされた。また運営会社によって災害専用ページが設置され、動画配信サイトや各種伝言サービスなど、災害時に役立つサービスへのリンクが掲載された。トラフィック(ネットワーク上の情報量)の増大に対しては、サーバの増強などによって安定した稼働を行った。
3_2 特定の人の情報源としてのSNS
Twitterなどを含めたSNSは日常的に利用しているユーザーにとっては有効な情報源である。しかしこうしたメディアに通常触れている人はまだ限定的であり、世代による格差、ICT(情報通信技術)への接触機会の格差などは依然存在している。
4.[WGⅢ]自治体におけるソーシャルメディア活用法
3回目のワーキングでは、株式会社ホットリンク代表取締役社長内山幸樹氏を講師に迎えて行った。株式会社ホットリンクは、人工知能の技術の応用によって、ソーシャルネットワーク上にある情報を分析し、ネット上の情報を俯瞰することでリアルな情報を分析し提供していくことを行っている会社である。
4_1 ネット上の情報から見えるリアルな世界
ソーシャルメディア上で発言された口コミ情報は、3月11日だけで約150万件で、これは2007年7月16日に起きた新潟県中越地震の約5.8倍にのぼった。
同社によるSNSの分析によって、原発事故に関するソーシャルメディア上の発言は震災から約2週間を経過した3月27日時点で、震災そのものへの言及を逆転したことがわかった。また文脈からの分析によって、国民の感情が地震発生から2週間後に「ネガティブ」から「ポジティブ」へと復調の兆しが訪れていることがわかった。こうした分析は、選挙結果分析などにも応用され、2009年に行われた千葉県知事選挙、名古屋市長選挙、自民党から民主党に政権交代となった衆議院議員総選挙でも、選挙結果とSNS上の口コミには高い相関係数を示しており、ネット上のつぶやきを俯瞰するにより、かなりの精度でリアルな世界を推測できることが可能となっていることがわかってきている。
4_2 ソーシャルメディアを活用した自治体の情報戦略
内山氏からは、ソーシャルメディアを活用することによって「情報発信力のアップ」、「情報収集力のアップ」、「政策立案力のアップ」が期待できるといった提言があった。
TwitterをはじめとするSNSは、情報を届けるという機能的側面を持っている。ホームページなどのインターネットメディアは、情報を知りたい人が、能動的に情報にアクセスしないと情報を取ることができない。しかしSNSでも発信することで、「情報を発信したこと」を相手に伝えることができる。SNSを受信した人は、さらに詳細な情報を求めてインターネットに入っていくといった情報の相互的な流れが発生する。SNSを活用する自治体は、より強い情報の発信力を得ることができる。またSNSでの発言を俯瞰・分析することで、サイレントマイノリティの意見を汲み取ることも可能となり、これは情報収集力の強化につながる。こうした情報収集に基づいた政策立案は、建前でない本音の住民要望と向き合うことにもなり、自治体の政策立案力を向上させることが期待できる。
(後編に続く)