富士を守る輪を広げよう
毎日新聞No.390 【平成25年7月5日発行】
富士山の世界文化遺産登録決定の報せで日本中が喜びに沸いた。わが国が世界遺産条約を受諾して21年。富士山の世界遺産登録は、それとほぼ同じ年月にわたる努力の賜物であり、関係者のご尽力に深く敬意を表したい。
日本人の心に深く根ざす富士山。その価値が世界から普遍的なものと認められたことは、大きな誇りであり喜びだ。もっとも、「世界遺産」の目的は、第一義的には遺産の「保護」であることをかみしめる必要もある。登録決定はいわば「世界的な関与をもって保護するに値する」との表明であり、ミシュランガイドで格付けを得る類の話とは違う。世界遺産条約を読み返すと、富士を擁する山梨に課せられた責任の重さに粛然とせざるを得ない。
人類共通の宝を「お預かりする」ことになった地元の取り組みとして考えられることは何か。一つには保護活動のコーディネートが挙げられる。登録による機運の高まりを背景に、富士山保全を社会貢献テーマとする企業や団体の増加も見込まれよう。全国から集まる善意のエネルギーを、富士山が真に必要とする保護活動へと方向づけるのは、状況を熟知した地元をおいて他にない。「富士保全コミッション」ともいうべき保護活動の相談・調整・PR機能の充実が一法かと思う。ふるさと納税制度のさらなる活用促進も考えられるだろう。
もう一つは、保全への教育・啓発に有効な地元ならではの情報発信だ。世界遺産条約第27条は「締約国は、世界遺産に対する国民の理解や関心を深めるため、教育や広報活動に最大限努めなければならない」と規定する。地域で形成された普遍的価値や富士を取り巻く危機的状況を具体的に伝えるうえで、地元のことばはきわめて強い力をもつと思われる。先行地域では世界遺産の教材として地元小中学生向けの副読本などを作成するケースも多い。富士山と日本人のつながりにかんがみ、山梨発の教育・広報ツールを、地域的な利用にとどめず広く普及させていけたらいい。
富士山の保全には課題山積とも指摘されるが、登録決定で世界中のバックアップを得られる素地が整ったともいえる。富士を守る輪を地元から着実に広げていきたい。
(山梨総合研究所 主任研究員 中村 直樹)