Vol.180-2 山梨の水資源を考える


公益財団法人 山梨総合研究所
副理事長 早川 源

1.はじめに

 地球は水の惑星といわれている。その水の約97.5%は海水である。淡水は2.5%で、そのほとんどが南極や北極の氷である。利用しやすい河川・湖沼・地下水はわずかに0.01%程度にすぎない。
 しかも、水需要の増加に伴い中国の黄河をはじめ、南アジアのガンジス川、アメリカのコロラド川、エジプトのナイル川など世界の名だたる大河で断流が発生し、その期間が長期化する傾向にある。
 国内では、北海道などで外資による水源林買収が顕在化し、大都市圏に隣接する山梨や兵庫・静岡など地下水資源の豊かな県では、ミネラルウオーター・ビジネスが活発化し、地下水資源の保全や適正利用に対する関心が高まっている。
 山梨県では平成17年に「水政策基本方針」を策定し、「森の国・水の国やまなし」の確立を掲げ、「水を創る・水を活かす・水を担う・水を守る・水を治める」の5つの基本方針に沿って水資源の保全と適正利用を進めてきた。しかし、水政策基本方針を制定してから8年が経過し、森林の荒廃や地下水の大量採取が進み、さらには、牛丼一杯に水2トンといわれるが、食料輸入に伴い国内の水使用量に匹敵するほどの仮想水(バーチャル・ウオーター)が消費されるなど、水を取り巻く環境が大きく変化してきた。県は、平成23年度から2年間にわたり水資源の利用実態・賦存量について、

 ①水文気象データの収集・分析、水循環モデルの構築

 ②水収支解析、水循環の将来予測

 ③水資源の保全と適正利用

 などについて調査を進め、24年2月には「水資源保全検討委員会」を設置し、水資源を活用した産業の振興とともに、持続的・安定的な水需給の確保策について検討を重ね、24年12月27日、山梨県条例第75号で山梨県地下水及び水源地域の保全に関する条例・同施行規則を制定し、このほど「やまなし水政策ビジョン」を発表した。
 そこで、本稿では、山梨県の水循環や水収支について概観し、県民共有の財産である山梨の水資源について考えてみた。

2.山梨の水資源の現状

 盆地は英語でbasin、水盤とか洗面器といった意であるが、同時に流域という意味もある。富士山や秩父連峰、南アルプス、八ヶ岳などに降った雨や雪が多摩川・相模川・富士川となって表流し、海へ注ぎ、一部は地下水となって賦存され、水循環を繰り返している。
 県内の地下水涵養量はおよそ45億立方メートルと推定されているが、この地下水資源は地域の共有資源であり、涵養、保全・管理し、適正に利用して次の世代に継承していかなければならない。特に、山梨は大都市圏の上流圏に位置しているという地勢上からも水政策は地域政策の根幹を成すものである。

(1)水収支

水収支は、下記算式により算出される。

降水量-蒸発散量=水資源量

水資源量-表面流出量=地下浸透量

地下水浸透量=地下水涵養量(地下水賦存量)-中間流出量

許容地下水揚水量=地下水涵養量×0.8

(社団法人日本工業用水協会「工業用水」記載論文)

この算式により23年の山梨県の水収支を解析すると、許容される地下水揚水量は36億立方メートルとなる。

降水量                 11,668

蒸発散量                 2,687

水資源量                 8,981(降水量に対する割合は約77%)

表面流出量                    683

地下浸透量             8,298(降水量に対する割合は約71%)


地下水涵養量          4,545(降水量に対する割合約39%・広瀬ダム318杯分)

許容地下水揚水量   3,636

単位:百万㎥/年

(2)山梨の水資源利用状況

 水資源の利用状況を、生活用水、工業用水、農業用水使用量の推移で見ると、生活用水は平成22年の一人一日平均使用量が402リットルであったが、平成6年頃から横ばい推移となり、今後、人口の減少、節水型トイレの普及など生活様式の変化に伴い減少していく傾向にある。

※生活用水給水量の現状と将来予測(単位:千㎥/日)

 

平成22年

平成32年

平成42年

平成52年

生活用水供給量

146,418

136,422

123,928

111,160

:出典H23・24水資源実態等調査(山梨県)

 一方、工業用水使用量(回収水を除いた補給量)は、産業構造の変化や中部横断道全線開通(H29予定)リニア中央新幹線開通(H39予定)による新たな企業立地などが予想されることから微増していくものと見込まれる。

※工業用水使用量の現状と将来予測(単位:千㎥/年)

 

平成22年

平成32年

平成42年

平成52年

工業用水使用量

102,826

125,683

135,190

144,877

:出典H23・24水資源実態等調査(山梨県)

 農業用水は、水田・畑地など耕地面積の減少に伴い需要量は減少傾向にあるが、農業への企業参入、6次産業化などの取り組みが活発化しつつあり、需要量は横ばい推移を見込んでいる。

※農業用水使用量の現状と将来予測(単位:千㎥/年)

 

平成22年

平成32年

平成42年

平成52年

農業用水使用量

683,837

683,837

683,837

683,837

:出典H23・24水資源実態等調査(山梨県)

 これを、地下水、地表水別に見ると、生活用水はその5割を、工業用水は8割を地下水に依存しており、地下水に大きく依存している。

 

地下水から

地表水から

 

生活用水

86,441千㎥/年

84,325千㎥/年

平成22年度山梨県の水道

工業用水

90,591千㎥/日

23,130千㎥/日

平成22年度工業統計調査結果報告・山梨県

(3)懸念される事項

 これらの解析をふまえ①水循環の視点 ②水資源活用の視点 ③流域・連携の視点 ④生活・防災の視点から課題を抽出すると、

  ①地下水の保全と適正利用を図るため、利用実態の把握や地下水の涵養などの取り組みが必要であること

  ②適正に保全された水から生み出される農林水産物や工業製品のブランド化、水や自然と健康をテーマとした観光分野での取り組みなど、山梨県の優位性を生かした産業振興が必要であること

  ③森林整備や水質保全、下水道等、様々な分野が流域内で連携した取り組みが必要であること

  ④将来に向けて安定的な生活用水の供給体制の整備が必要であること

などが挙げられる。

 これらをふまえ、条例・施行規則、「やまなし水政策ビジョン」が打ち出された。その概要は3.以下のとおりである。

3.条例・施行規則

 条例・規則のポイントは、

  ①地下水の適正な採取に関する規制

  ②水源地域の適正な土地利用の確保に関する規制

である。たとえば、

  • ポンプの吐き出し口の断面積が6c㎡を超える揚水設備を設置する場合は、設備内容採取量などについて設置の30日前までに届出が必要
  • 該当する揚水設備をすでに設置している場合は、平成26年3月31日までに届け出ること
  • 揚水機の吐き出し口の断面積が50c㎡を超える揚水設備を設置する場合は、地下水の涵養に関する計画の提出と併せて、毎年、地下水採取量を報告すること。
  • 水源地域の指定:関係市町村の意見を聞いて、適正な土地利用を確保する必要がある森林を含む地域を水源地域として指定。(昭和町を除く26市町村)
  • 所有権を移転する場合などは事前に届け出ること。指定された水源地域内での土地の所有権移転などについて、契約の30日前までに届出が必要。
  • 条例で定めた義務に違反すると、届出義務者の氏名や勧告内容を公表するほか罰則を適用する

などである。

 具体的にみると、地下水涵養努力義務・採取量の定期報告では、一定規模以上くみ上げている民間業者を対象に年間採取量の1%分に当る水を地中に返却するよう求め、森林整備、雨水を地中にしみこませる設備を備えたりして地下水の涵養に努めなければならないとしている。
 また、ミネラルウオーターの生産者など地下水だけを原料にした製品を出荷している場合は、原則1%に加え、年間出荷量の半分を目標に涵養を促している。
 上記のとおり、山梨県の「地下水及び水源地域の保全に関する条例」は、一定規模以上の揚水設備の設置の届け出や涵養計画の届け出、水源地域における土地取引の事前届け出などを義務付け、その具体的な取り組み方法を設定しており、全国に先駆けた取り組みとして注目されている。

 ちなみに、地下水の保全(健全な水循環の維持)を目的に条例を制定している県は熊本県・鳥取県、水源地域における適正な土地利用を目的に条例を制定している県は北海道・群馬県・埼玉県・茨城県・山形県・富山県・石川県・福井県・長野県・岐阜県である。

4.「やまなし水政策ビジョン」

 以上のとおり、「水源地域の保全」「地下水の適正利用」などの喫緊の課題に迅速かつ適切に対応するため、24年4月に「森林環境税」を導入し、12月には「山梨県地下水及び水源地域の保全に関する条例」を制定、それらをふまえ、山梨県水政策基本方針を見直し、政策目標として「持続可能な水循環社会をめざして」を掲げ、この目標を実現するための基本方針や施策の展開方向を明確化した「やまなし水政策ビジョン」を策定している。

  ①育水と保全:健全な水循環の維持、地下水の利用実態の把握や保全対策などについての調査研究の推進

  ②魅力発信と活用:水を生かした地域産業の振興、小水力発電、ウエルネスツーリズム、農業の多面的利用の推進

  ③連携と相互理解:水を通じた交流の活性化、自治体、企業、NPO、大学等の連携による水循環の保全など

  ④暮らしと防災:安全な水の確保と暮らしを守る治水の推進、水質監視体制の確保、生物多様性の保全、河川環境の整備と災害時の生活用水の確保

を掲げ、健全な水循環の維持、水を活かした地域産業の振興、水を通じた交流の活性化、安全な水の確保と暮らしを守る治水の推進を基本方針としている。それぞれの項目に関連するが、特に②の水を活かした地域産業の振興、小水力発電、ウエルネスツーリズム、農業の多面的利用の推進については、水を“モノ”として捉えるだけでなく、水に関連した制御技術の開発や知識産業モデルの構築など知識産業化して新たな経済価値を生み出す視点が重要である。

5.まとめ

 県が3年に1回実施している「県民意識調査」によると、県民が期待する山梨県の将来像(イメージ)は「自然、安らぎ、安全、快適・健康」など自然環境に恵まれた地域像を支持する意見が圧倒的多数で選ばれており、森・水などの地域資源を将来にわたって維持保全していくべきであるとの意向を強く反映したものとなっている。今回の条例、ビジョンに対しパブリックコメントが多数寄せられたことからも、水政策に対する県民の関心の高さがうかがわれる。
 大分以前のことだが、まちづくりの研究でウイーンを訪問したことがある。そのとき説明に立ったウイーン市役所の担当者の第一声は“ウイーンにはアルプスがあります”であった。今でも鮮明に憶えている。四囲を3000メートル級の山々に囲まれた山梨に住まうわれわれは、アルプスがあることなどごく当たり前のことのように考えがちであるが、アルプスによって涵養される地下水、アルプスからの清浄な風の恵を彼らは痛感しているということではないだろうか。
 山梨県の森林総面積は34万7313ha、県土の78%を占めている。その内訳は国有林4645ha(1%)、県有林15万3408ha(44%)、民有林18万9260ha(55%)である。うち水源涵養保安林の指定面積は16万4102ha(森林面積の47%)である。
 森林経営は林業従事者の高齢化や需給バランスなどから市場経済に乗りにくい状況にある。しかし、経済価値だけでなく森林の持つ ①水資源の供給 ②国土保全 ③CO2吸収などの公益的機能を再認識しなければならない。
 水の世紀といわれるなか、国においても国内の水資源を保全するため「水循環基本法の成立に向けてうごいている。全国に先駆けて、地下水と水源地域である森林の保全を一体化して策定した「地下水及び水源地域の保全に関する条例」及び「やまなし水政策ビジョン」を山梨だけのとりくみとするのではなく、県内外に広く情報発信し、官民協働・連携して節水型社会の形成をめざし、持続可能な水循環社会の構築をめざしたいものである。

【参考文献】

国交省土地・水資源局「日本の水」

やまなし水政策ビジョン

山梨県地下水及び水源地の保全に関する条例・同施行規則・地下水涵養に関する指針

モード・バーロウ/トニー・クラーク「水戦争の世紀」

中村靖彦「ウオーター・ビジネス」

藤田紘一郎「水の健康学」

中西準子「水の環境戦略」ほか

紺野登「幸せな小国オランダの智慧」