Vol.181-2 TPPを語る前に地域農業の現状を知ろう(前編)


 【山梨総合研究所 主任研究員 古屋 亮】

1.はじめに

 ブルネイで開催されていた環太平洋連携協定(以下TPPと記載)閣僚会合が8月23日(2013年)に閉幕した。会合では、農産品などの関税の引き下げや知的財産の保護など10分野が議題として取り上げられた。日本では、米や麦、牛肉・豚肉、乳製品、サトウキビなどの甘味資源作物の5品目を日本が「聖域」として、関税撤廃品目から除外できるのかがクローズアップされていた。
 結果は、「2013年中に結論を出す」との目標を明記し、10月7、8日にインドネシアで開催されるアジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議が「重要な節目となる」と位置づけ、APECに合わせて開かれるTPPの首脳級会議で大筋合意を目指す方針を盛り込んだ共同声明が出された。
 TPPは、2010年10月1日に菅直人首相(当時)の所信表明演説で参加を検討するとしたことで日本国内に広く知られるようになった。十分な情報の提供もなく、あまりにも突然の参加表明であったこと。また、貿易の関税が完全に自由化されるという当時の理解のもと、参加の是非について、経済界と農業団体の対立に代表されるような、まさに国を二分するような論争が展開された。
 経済界では、経財産業省が出した試算[1]による影響が用いられる場合が多く見受けられた。
 それは、日本がTPPに不参加のままではEU・中国との自由貿易協定(以下FTAと記載)も遅延するとの仮定し、日本がTPP、EUと中国のFTAいずれも締結せず、韓国が米国・EU・中国とFTAを締結した場合、自動車、電気電子、機械産業の3業種(3市場向け輸出の5割相当)について、2020年に日本製品が米国・EU・中国で市場シェアを失うことによる関連産業を含めた影響を試算している。結果として、GDPが10兆5,000億円相当減少(マイナス1.53%)し 、雇用が81.2万人減少するというものであった。
 当時、韓国はEUとFTAを結んで発効していた。その結果、プラズマディスプレイ、フラットパネルのディスプレイなど、韓国はEUに向けて関税をかけずに輸出することができた。一方、EUとFTAを結んでいない日本がEUにこれらの商品を輸出する場合には、関税がかかることとなり、価格面で日本の競争力が落ちることになる。早く結ばないと日本が損をしてしまうという機運もあり、参加に賛成であった。
 一方参加に反対であった農業団体の主張は、主に農林水産省試算[2]による影響が用いられた。
 それは、全世界を対象に関税を無くした場合の農産物生産等への影響試算について、関税率が10%以上で生産額が10億円以上(林産物・水産物は含まない)の米、小麦、甘味資源作物、牛乳乳製品、牛肉、豚肉、鶏肉、鶏卵等19品目を対象として試算している。
 結果としては、農産物の生産額が4兆1千億円程度減少し、食料自給率(カロリーベース)40%が14%程度に低下。農業及び関連産業への影響として、GDPが7兆9千億円程度減少し、340万人程度の雇用が減少するとされた。とりわけ国の食料安全保障上の観点から、食料自給率が14%となることは大きな問題であるとされた。
 しかし、悪影響があるとされた農業関係内においても、日本産農産物の輸出拡大により、新たな販路開拓(国際競争力の向上)が可能になるという議論など、賛否両論の議論が展開されていた。
 日本農業は、北海道から沖縄まで気候が全く異なる南北1000キロ以上ある国土の中で、それぞれの風土、歴史のもと、多様な品目の農業生産が行われている。また、土地所有規模(経営耕地規模)の大小、農業従事者数、法人経営、専業農家、兼業農家など多種多様な農業生産が営まれている。さらに農業は、単に食料自給率維持向上のためや国際的な競争力を競うものではなく、治水機能や景観保全、都市住民による癒しの空間の機能、農村独自の文化の維持など、多面的な機能を持つ。これだけ多様な形態、機能を持つ以上、農業ほど分析に対する視点を変えれば違う結果となるものはない。それだけ基本となる構造・定義(議論の基礎となるもの)が定まっていないと言える。
 農業においては、TPP参加の是非を問う前に、議論の基礎となる地域農業の現実を偏りなく把握し、その上で影響を議論することが何よりも重要である。
 そこで本稿では、前編でTPPが農業に与える影響について、県内農業者の意識について概観し、次いでTPP参加における農業の影響として特に問題とされている食料自給率について、県内の状況を明らかにしながらその概念について整理する。
 その上で、後編において、本県農業の現状について明らかにし、TPPが与える影響の考察を加える。

2.県内農業関係者の意識について

 本県(山梨県庁)では、平成23年11月に「TPP協定締結による影響予測について」という調査結果[3]を公表している。
 その中に、農業関係者へのアンケート調査結果がある。このアンケート調査結果は、栽培品目、土地所有規模(経営耕地規模)、農産物販売額、法人経営、個人経営(専業、兼業別)など、階層別に結果が公表されていないが、県内農業関係者のTPP参加による影響についての意識が明らかとなっている。以下、簡単に紹介する。
 調査の期間は平成23年10月27日から11月1日までとし、調査対象としては、農業者(個人経営、法人経営)個人483人、法人113団体とし、回答は167件(回収率28.0%)。また、農業団体は35団体を対象にし、回収は25件(回収率71.4%)であった。

①TPP交渉参加への賛否については、

 ・農業者では、賛成、どちらかと言えば賛成を合計すると42件(25%)、反対、どちらかと言えば反対を合計すると109件(65%)であった。

 ・農業団体では、賛成、どちらかと言えば賛成の合計が1件(4.0%)、反対、どちらかと言えば反対の合計が23件(92.0%)であった。

②TPP交渉参加「賛成」の理由(複数回答)については、

 ・農業者では、「国がTPPと農業の両立対策を表明」が25件(60%)、「日本の農林水産業に国際競争力が必要」、「グローバル化の波に遅れる」がそれぞれ20件(48%)などとなっている。

 ※回答率は、賛成回答42回答の内の割合

③TPP交渉参加「反対」の理由(複数回答)については、

 ・農業者では、「食料安全保障・自給率確保のため」が77件(70.6%)、「農村・集落の崩壊の可能性」61件(56.0%)などとなっている。

 ※回答率は、反対回答109回答の内の割合

・農業団体では、「食料安全保障・自給率確保のため」が19件(82.6%)、「農村・集落の崩壊の可能性」19件(82.6%)などとなっている。

※回答率は、反対回答23回答の内の割合

 ④TPPに参加した場合の自己の農業経営への影響については、

 ・農業者では、「よい影響がある」が18件(10.8%)、「悪い影響がある」86件(51.5%)などとなっている。

 ・農業団体では、「よい影響がある」0件(0.0%)、「悪い影響がある」18件(72.0%)などとなっている。

 以上のように、TPP協定締結による影響については、TPP参加への賛否については、農業者(65%)、農業団体(95%)とも反対が過半数を占めていた。理由としては、農業者、農業団体とも「食料安全保障・自給率確保のため」、「農村・集落の崩壊の可能性 」などが挙げられている。
 しかしながら、農業者の42件(25%)は、TPP参加に賛成するとしている。これは「国がTPPと農業の両立対策を表明」(25件60%)といったなんらかの対策、政策への期待、「日本の農林水産業に国際競争力が必要」(20件48%)などの国際競争力強化への期待などが挙げられていた。
 最後に、TPPに参加した場合の自己の農業経営の影響については、農業者(51.5%)、農業団体者(72.0%)とも「悪い影響がある」が過半数を占めている。また、「良い影響がある」と回答した農業者は18件(10.8%)となっており、TPP参加へ賛成とした42件(25%)から24件(14.2%)減少している。
 これら農業者は、TPPに参加することで、自身の経営に「良い影響があるために」に参加に賛成としているわけではないことがわかる。
 TPPに参加に反対する理由として、農業者、農業団体とも「食料安全保障・自給率確保のため 」に最も多くの回答があった。
 これら農業関係者の意識は、農業関係者以外の国民の中で、TPP参加に反対する根拠として挙げられた食料自給率の低下(14%)を問題とした論調と同調している。では、TPP参加において、反対理由の要因とされるこの食料自給率とはどのようなものなのか。また本県における食料自給率はどのようになっているのだろうか。後編で述べる本県農業の現状把握においても重要な概念になるので、次に明らかにする。

 3.食料自給率について

 表1、2は都道府県別にみた食料自給率について、上位10位、本県、下位10位をあらわしたものである。
これを見ると、まず、食料自給率にはカロリーベースと生産額ベース[4]とがあることがわかる。
また、平成22年度の全国値を比較すると、カロリーベースは39%であるのに対し、生産額ベースでは66%となっていることがわかる。平成10年からの値の変化をみても、カロリーベースが40%前後、生産額ベースでは70%ほどで推移していることがわかる。
 平成10年からの本県の推移をみると、カロリーベースは20%ほどであり、平成22年度における全国順位は38位となっている。しかし、生産額ベースでみると、90%ほどで、平成22年度の全国順位は23位となっている。本県では、カロリーベースと生産額ベースで、実に70パーセントもの開きがあることがわかる。
 同じ食料自給率でも、なぜこれほどの違いがでるのであろうか。以下、都道府県別の食料自給率がどのように計算されたのかをみてみよう。
 都道府県別の食料自給率については、国全体の総合食料自給率の基となるデータや都道府県ごとの統計データ等を基にして算出している。

 カロリーベースについては、供給熱量ベースの都道府県別食料自給率=1人・1日当たりの都道府県産熱量/1人・1日当たりの供給熱量であらわされる。分母となる1人・1日当たり供給熱量は、全国の1人・1日当たり供給熱量(平成23年度(概算値)は2,436kcal)と同じとしている。分子となる1人・1日当たりの各都道府県産熱量は、品目ごとに全国の国産供給熱量を当該県の生産量等に応じて按分して、全品目を合計し、これを当該県の人口で割って算出している。

181-2-1

出所:農林水産省「平成23年度食料自給率について」
http://www.maff.go.jp/j/zyukyu/zikyu_ritu/zikyu_10.html

181-2-2

出所:農林水産省「平成23年度食料自給率について」
http://www.maff.go.jp/j/zyukyu/zikyu_ritu/zikyu_10.html

  生産額ベースについては、生産額ベースの都道府県別食料自給率=各都道府県の食料生産額/食料消費志向額であらわされる。分母となる食料消費仕向額については、全国の食料消費仕向額(平成23年度(概算値)は14.3兆円)を当該県の人口に応じて按分して算出している。 分子となる各都道府県の食料生産額は、品目ごとに全国の国内生産額を当該県の産出額等に応じて按分し、これらを合計して算出している[5]
 より理解を深めるために簡潔にあらわすと、1960年、日本のカロリーベースの食料自給率は79%であった。これが低下した理由としては、日本における食生活の変化が挙げられる。食料消費量を1955年と2005年とで比較すると、肉類は8.9倍、牛乳・乳製品7.6倍、卵4.6倍など畜産物の消費が激増した。また、油脂類も5.4倍となっている[6]。カロリーベースの食料自給率では、畜産物自体が100%国産であっても、その飼育に必要な飼料の90%を輸入している場合、国産は10%のみカウントされることになる。また、自給率の高い米の消費も減少した。このことから、カロリーベースの食料自給率が低下したのである。
 一方、生産額ベースの食料自給率では、文字通り生産額が反映されるため、カロリーベースの食料自給率としてカウントされない野菜(カロリーがないため)が反映される。レタスはほぼ100%が国産である。また、キュウリ、トマト、大根などの国産割合が高い野菜はカロリーベースの食料自給率には反映されないが、生産額ベースの食料自給率にはカウントされることとなる。
 また、畜産についても、国内で生産されたものについては、全費用のうち輸入飼料の割合については外国産とされるが、この全費用には労賃、機械・施設の償却費も含まれているため、カロリーベースの食料自給率のように、10%のみが国産などいうことにはならない[7]
 こうして見ると、TPP参加の是非が、カロリーベースの食料自給率を基にして語られることには多少の違和感を覚えるが、本稿ではそのことに言及しない。本稿は、あくまでも、偏りのない理解のために、本県の農業の現状を明らかにすることである。

  以上から、本県の食料自給率をみると、カロリーベースの食料自給率が低い点としては、畜産、米、麦などの農業生産を主としていないとなる。これらの生産は、全国でも下位に位置してしまう。
 一方、生産額ベースの食料自給率が高い点は、産地ブランドが確立し、付加価値の高い果樹栽培などが盛んであり、また合わせて野菜などの生産が行われているとなる。
 全国シェアが高かい桃、ブドウ、サクランボ、スモモなどがけん引し、全国でも上位にいるのであろう。
 後編においては、より詳細に本県の農業の現状を明らかにしていく。

【参考文献】

生源寺眞一(2011)「日本農業の真実」ちくま新書


[1] 出所: 「EPAに関する各種試算」内閣官房 平成22年10月27日 PP7 経済産業省試算より

[2] 出所:同上PP6 農林水産省試算より

[3] http://www.pref.yamanashi.jp/seisaku/tpp.htmlを参照。

[4] この他にも、主食用穀物自給率、穀物自給率、飼料自給率がある。ここでは代表的なカロリーベースと生産額ベースを取り上げる。

[5] 出所:農林水産省「都道府県別食料自給率の計算方法について
http://www.maff.go.jp/j/zyukyu/zikyu_ritu/pdf/keisannhouhou.pdf

[6] 出所:生源寺眞一(2011)「日本農業の真実」ちくま新書

[7] 出所:同上