Vol.182-1 農業後継者を育てる新しい仕組み
(有)マルサフルーツ古屋農園
取締役専務 古屋 一寿
【はじめに】
「日本一の桃の里」と呼ばれる笛吹市一宮町で、農業生産法人としてモモやブドウを中心に栽培している。消費者が安心して食べられる果物を生産することにこだわり、化学肥料を一切使用しない「低農薬農法」を取り入れている。そのため出荷先のフルーツ店や百貨店、消費者からは、高級フルーツとして評価をいただいているようだ。
【研修制度】
県からの紹介で今年の4月から訪れている研修生は、順調に研修を受けている。県外の高校を卒業したばかりなので、県の担当者が農大への進学を勧めればいいと思ったが、本人に「モモとブドウをやりたい」という明確な目標があるので、きちんとサポートしていくつもりだ。マルサフルーツには本人のやる気を活かせる仕組みがある。自信をもって研修生の受け入れを行っている。
【農業を始めるまで】
家が祖父の代からの農家で、自分が長男だから、なんとなく農業を継ぐものだと思っていた。大学は農業とはちょっと違う理工学部に進学した。大学時代は相撲部に在籍し、4年間みっちり心と体が鍛えられた。上下関係にとても厳しいスペシャルな世界だった。今でも地元のスポーツ少年のイベントで、ちゃんこを振る舞うことがある。
卒業後は一旦横浜で百貨店に就職して、そこで流通関係のさまざまなパイプをつくることができた。百貨店は忙しかったが、相撲部で踏ん張っていたことに比べれば余裕だった。
その後、百貨店をやめ、地元に戻り就農した。自分が農業をするために戻ってきたので、農業をやめるつもりだった父親も農業に力が入ったようだ。
平成15年に、(有)マルサフルーツ古屋農園を設立して経営を法人化した。
【農業経営】
マルサフルーツは、モモ、ブドウを中心に栽培している。主な取引先は、都市部のスーパーだが、ギフト需要も多い。
ちょっと変わった取り組みとしては、サントリーにマルサフルーツのモモを提供していて、「古屋農園のモモを使ったカクテル」というのを作っている。よく聞かれるが、このお酒用に提供するモモは、いわゆる「はね出し」ではなく、しっかりした製品のモモ。年間15tぐらい提供している。
もともとは、父親が伊藤忠商事の方とつながりがあり、その方経由でサントリーとの提携の話が進んだ。
果樹を中心に経営していると、どうしても冬場の仕事が少なく、年間雇用が難しい。マルサフルーツでは、冬季の経営品目として、アンポ柿とホシイモの生産を昨年度から始めた。
アンポ柿用の柿は年間50tぐらい使用するが、自社生産ではなく、柿産地の塩山や昭和の農家と提携している。収穫の時期は、「うちの柿を収穫しにきてほしい」という農家からのラブコールで電話が鳴りっぱなしの状態。
アンポ柿の値段が高かった頃は、農家が自ら柿を加工してアンポ柿として出荷して冬場の収入を得ていたが、アンポ柿の価格低迷と高齢化が進んで、自分たちで加工できない農家が増えている。それでも柿の栽培はなんとかできるから、収穫と加工をしてほしい、ということになる。
枯露柿ではなく、アンポ柿にしたのは、加工の回転が速いからである。加工できる面積が狭いマルサフルーツでは、場所の有効活用のため回転の速いアンポ柿を選択した。
冬場の品目として、もうひとつホシイモを導入した。自社だけでなく近隣の農業法人や農業者に依頼して、サツマイモを栽培している。しっかり品種選定したサツマイモから作ったホシイモはものすごくおいしい。ホシイモは素材の味がストレートに出る。サツマイモの品種はたくさんあるので、この地域に合った品種で、味がよい品種を選んでいくことがとても大切である。
ホシイモはとても有望で、現在50tのサツマイモを加工しているが、今後も生産量は増えていくと思う。昨年貯蔵庫や乾燥用のハウスを整備したが、生産量が増えればもっと施設を拡張するかもしれない。ただ、山梨の冬は寒すぎて、ホシイモが乾きにくいのがやや難である。
こうした冬場の仕事が増えれば、地域の雇用創出にもつながるので頑張っていきたい。
【のれん分けによる後継者の育成】
マルサフルーツが大きくなるにつれて、研修希望者が増えてきた。しかし果樹栽培の場合、研修後に独立しようとしても、運よく大面積の成園(収穫できる果樹畑)でも借りない限り、いきなりの独立は難しい。
そこで、マルサフルーツでは研修修了者に、マルサフルーツが管理している果樹園を最大50a程度、「のれん分け」のような形で提供している。研修修了者は、午前中はマルサフルーツで働いて賃金を得ながら、午後や早朝はのれん分けされた自分の果樹園で果樹栽培を行っている。果樹栽培に必要なSS等の農機具はすべてマルサフルーツのものを使い、収穫物はマルサフルーツがすべて買い取る方式である。もちろん求められれば、栽培指導も行っている。
これにより、研修修了者の経営が安定するとともに、マルサフルーツ独自の高度な栽培技術を学んだ農業者による高品質なモモをマルサフルーツが大量に確保することができるため、有利販売につなげることができ、両者にとって大きなメリットがある。
この「のれん分け」で現在7名の若者が独立し、毎日頑張って農業生産を行っている。自分の畑で仕事が少ないときには、丸一日マルサフルーツで働くこともできるため、非常に喜ばれている。
【今後のこと】
のれん分け方式が増えることで、マルサフルーツ本体の経営面積は現状より減って2~3ha程度となると考えている。
体力的な問題もあるが、生産から販売に力の入れ方をシフトしていく予定である。例えば売り方も、従前は農協に出荷するだけだったが、今はスーパーもあり、ギフトもありきめ細かい販売に対応していく必要がある。
そして、最も重要なことは、品質を高めていくことである。普通にモモを栽培すると普通のモモになってしまい、周りと差別化できない。新しい取り組みで注目を集めても中身がないとすぐに飽きられてしまう。
モモの品質を高めるため、注目すべきは「土づくり」、「品種選抜」、「剪定」である。
- 「土づくり」は堆肥の力を借りる。
- 「品種選抜」は、同じ品種の中から優良な樹を選定して、それを増やす。
- 「剪定」については、3~4年目までの初期の剪定で、樹の骨格をしっかり固めた上で、のれん分けで研修修了者に貸し出していく
こうすることで、マルサフルーツのモモのブランド価値を高め、研修修了者がしっかりお金を稼げるようにしていきたい。
今後は、こののれん分け方式で、より多くの研修生を独立させていき、できれば、マルサフルーツがある笛吹市一宮町塩田地区の多くの農地を守っていきたいと考えている。