Vol.182-2 TPPを語る前に地域農業の現状を知ろう(後編)
公益財団法人 山梨総合研究所
主任研究員 古屋 亮
1.はじめに
前編では、TPPが農業に与える影響について、県内農業者の意識を概観し、次いでTPP参加において、農業の影響として特に問題とされている食料自給率を取り上げ、県内の状況を明らかにしながらその概念について整理した。
食料自給率の一例をとっても、農業ほど分析に対する視点を変えることで違う結果となるものはない。食料自給率で言えば、カロリーベースではTPP参加により40%から14%程度に低下すると試算され、その数字の低さとともに、国の安全保障上において大問題であると取り上げられた。しかし、国民の多くは、食料自給率にいくつかの指標があり、カロリーベースと共に取り上げられることの多い生産額ベースでみた食料自給率が、TPP参加によりどの程度の影響を受けるのかまでは理解していない。
TPPのインパクトを検証する場合は、作物別やその経営規模、農家経済状況等を整理した上で、その仕組み(従来からの助成金や輸入数量制限など)を含め、どのくらいの影響があるのかを整理し、農業関係者のみならず国民に向けた丁寧な議論を進める必要がある。
そのためには、まずは地域の農業の現状について理解し、その認識のもとTPPによる影響を考慮にいれ、地域農業の将来像、また日本農業の将来像を描き、議論を進める事が重要である。
そこで後編では、本県の農業の現状を概観し、TPPが与える影響について若干の考察を加える。
2.本県農業の現状
主要農産物生産額実績(表1、図1)の推移をみると、本県では、昭和30年代、40年初頭までにかけて、米麦・蚕繭を中心とした農業生産が展開されていた。その後、昭和40年代中頃から果実の割合が増加し、昭和50年代には40%、平成5年には50%を超える割合となっていることがわかる。このように、本県では昭和40年代からおよそ半世紀にわたり、果実が農業生産の中心であったことがわかる。
また主要農産物生産額実績(表1)の推移をみると、昭和50年代に1,100億円程度となっている。その後は減少傾向にあるものの、1,000億円前後で推移している。
表1 主要農作物生産額実績
出所:山梨県統計データバンク 主要農作物生産額実績昭和30年~平成23年より作成。単位:百万円
図1 主要農作物生産額実績
出所:山梨県統計データバンク 主要農作物生産額実績昭和30年~平成23年より作成。単位:%
次に、平成2年から平成22年にかけての農家戸数の推移(図2)をみると、全体では一貫して減少傾向にあり、平成2年の52,306戸から平成22年の36,805戸へと、15,000戸もの農家戸数が減少している。特に兼業農家の減少数が大きく、第2種兼業農家について平成2年と平成22年を比較すると8,000戸ほど、第1種兼業農家についても同時期に5,400戸ほどが減少して、兼業農家の減少数を合計すると13,400戸となっている。この間、平成17年には自給的農家よりも兼業農家数が少なくなっている。しかし、専業農家においては、平成12年までは減少傾向にあったものの、その後増加傾向にあり、平成22年には7,116戸である。
図2 農家戸数の推移
農業就業人口についても、農家戸数同様減少傾向が続いている。また平均年齢も67.8歳と高齢化が進行している(図3)。
図3 農業就業人口及び平均年齢
出所:山梨県統計年間より作成
経営耕地規模別農家数(表2)をみると、平成22年では、1ha層までが全体の80%となっており、特に50a~1ha層は全体の47.5%と半数近くを占めている。また、1.5ha層までについては、平成12年と平成22年を比較すると減少傾向にある。特に30a~50a層では平成12年からは30%ほど、50a~1ha層については平成12年から23%ほど減少している。経営耕地面積も、農家戸数、農業就業人口と同様に減少傾向にあり、平成2年と平成22年を比較すると、1万haほどが減少している(図4)。
一方、1.5ha以上層については、平成17年までは減少傾向にあったが、平成22年には増加している。
図4 経営耕地種別面積
出所:各年農林業センサス及び山梨県統計データバンク市町村別経営耕地面積 平成22年度より作成
表2 経営耕地規模別農家数
(単位:戸)
年次 | 経 営 耕 地 面 積 | ||||||||||||
30a未満 | 30a~50a | 50a~1ha | 1ha~1.5ha | 1.5ha~2ha | 2ha以上 | その他 | |||||||
昭和55年 | 22,827 | 13,234 | 21,697 | 5,591 | 981 | 486 | 87 | ||||||
60 | 23,777 | 12,376 | 18,969 | 5,056 | 914 | 492 | 104 | ||||||
平成2年 | 19,486 | 10,739 | 16,246 | 4,396 | 828 | 475 | 136 | ||||||
7 | 18,356 | 9,712 | 14,190 | 3,660 | 731 | 430 | 176 | ||||||
12 | 1,156 | 8,633 | 12,373 | 3,267 | 654 | 397 | – | ||||||
17 | 1,075 | 6,909 | 10,663 | 2,891 | 615 | 376 | – | ||||||
22 | 882 | 5,807 | 9,525 | 2,765 | 643 | 441 | – |
(注1) 平成12年から、調査の対象が「販売農家」のみとなった。
(注2) 「その他」は経営耕地面積10a未満、農産物販売金額50万円未満の農家。
出所:山梨県統計年鑑 平成24年
農産物販売規模別農家数(表3)をみると、各年とも500万円未満層までが全体の85%ほどを占めている。
各年とも50万円未満が最も多く、平成17年、22年とも次いで100~200万円未満、50~100万円未満層となっている。
表3 農産物販売規模別農家数
(単位:戸)
計 | 販売 なし | 50万円 未満 | 50~ 100未満 | 100~ 200未満 | 200~ 300未満 | 300~ 500未満 | 500~ 700未満 | 700~ 1,000未満 | 1,000~ 1,500未満 | 1,500~ 2,000未満 | 2,000~ 3,000未満 | 3,000~ 5,000未満 | 5,000~ 1億未満 | 1億 以上 | |||||||||||||||
平成12年 | 26,480 | 2,801 | 6,312 | 3,753 | 3,483 | 2,915 | 3,242 | 1,861 | 1,261 | 498 | 164 | 100 | 100 | ||||||||||||||||
平成17年 | 22,529 | 2,441 | 4,637 | 3,177 | 3,476 | 2,377 | 2,936 | 1,490 | 1,079 | 575 | 146 | 107 | 49 | 31 | 8 | ||||||||||||||
平成22年 | 20,043 | 1,982 | 4,477 | 3,102 | 3,157 | 2,350 | 2,302 | 1,121 | 828 | 406 | 112 | 102 | 65 | 20 | 9 |
(注1)平成12年の3,000-5,000未満については、3,000以上
出所:山梨県統計年鑑 平成14、19、24年より作成
まとめると、本県の農業は以下のことが言える。
- 米麦・蚕繭から果実中心の農業生産へと転換されてきた。
- これを支える主な農家は、兼業農家であったが、近年、減少傾向にある。
- 専業農家は、増加傾向にあるものの、減少数に対して十分な増加数ではなく、そのため農業従事者自体も減少傾向にある。また、農業従事者の平均年齢は8歳と高齢化している。
- 農業従事者の減少とともに、経営耕地面積も減少している。
- 経営耕地規模については、5ha層までが全体の80%を占めており、特に50a~1ha層が全体の47.5%と半数近くを占めている。
- 近年、5ha以上層において、増加傾向がみられる。
- 農産物販売規模別では、50万円未満が最も多く、次いで、100~200万円未満、50~100万円未満層となっている。
本県全体の農産物生産額については、農業従事者、経営耕地面積の大幅な減少がみられる中でも、近年1,000億円前後で推移していて大幅な減少はみられない。農産物販売規模別農家数をみても、販売農家数が減少する中、販売規模500万円以上層の大幅な増加がみられるわけではない。
本県の農産物生産額の過半を占める果実、ぶどう・桃の10a当たりの収量、収穫量、出荷量をみても減少している。
参考) ぶどう・桃の面積・収穫量・出荷量など
出所:各年 果樹生産出荷統計
近年の農産物生産額がほぼ横ばいで推移していることについては、農作業の効率化がはかられたこと、より付加価値の高い農産物を生産できるようになったこと、多様な販路の確保ができたこと、農産物販売価格が各年において変動があることなどが想定できる。ここに本県農業の構造的特質があることも想定できる。詳細分析については、誌面の関係から次回以降の課題とする。
3.TPPの影響について
最後に、TPPが本県農業に与える影響について簡単に触れておきたい。
まず、現在、海外からの輸入品に対してかかる関税について明らかにしたい。
本県に最も影響が想定されるものとして、
- 葡萄:季節変動関税で、3/1~10/31まで20%、11/1~2月末まで13%
(※葡萄等の果汁:同29.8%、20.5%)
- 桃:10%
- すもも:ネクタリン6%
- トマト、レタス、キャベツ:3%
- 精米玄米:341円/kg
- 牛肉:5%
- 豚肉:差額関税制度[1]
などが挙げられる。
まず本県の主要な農業生産の果実について単純に考えると、TPPにより関税が撤廃されれば、葡萄では従来の輸入葡萄より13%から20%安くなるものが店頭に並ぶこととなる。
桃、すももは10%、6%安いものが出回ることになる。
このことで、多大な影響が出ると考える農業生産者はどのくらいいるのであろうか。
本県の葡萄、桃、すももは、味、形ともはや芸術品と呼んで良いレベルとも言え、日本一の生産量を誇り、多くの消費者に認知されているものである。本県産と同レベルの葡萄、桃、すももを海外で栽培でき、同じ出荷時期に相当な安価(関税云々以前に栽培コストがかからない)で輸入されるとしたら影響も出るであろうが、ほとんど影響は無いと思われる[2]。
野菜に関しても果実と同様である。3%ほどの関税が撤廃されたからと言って、影響が出るのか疑問である。
米については、現在、キロ当たり341円の関税がかけられている。10キロのコメを輸入すれば、それだけで3410円が余計にかかる計算となる。これについては、国内産との価格差を考慮に入れると、間違いなく影響が出るはずであるが、現在のTPP交渉では、米は例外にするという交渉が続いている。
牛肉、豚肉などの畜産については、内外価格差から関税が撤廃されれば間違いなく価格競争となり、本県産のブランド牛、ブランド豚にも影響があろう。
つまりは、TPP交渉で関税が撤廃されれば、一番の影響を受けるのが米、砂糖、畜産などであり、本県の主要な農産物である果物、野菜には大きな影響は出ないものと想定ができる[3]。
そのために、米、砂糖、牛肉、豚肉などを例外として認めるものとして交渉を続けているのである。
※ 参考として、食料自給率が高い(カロリーベース、生産額ベースとも上位2位)道県を挙げておく。本県と比較するとわかるが、米、畜産における生産が主要となっている。TPPにおける影響の議論では、生産額ベースでの食料自給率には触れられることは少ないが、仮に例外品目が認められない場合は、国内全体における生産額ベースでの食料自給率も低下する事が予想される。
参考)農業生産額(食料自給率上位県:カロリーベース、生産額ベース)
出所:農林水産省:平成23年生産農業所得統計
http://www.e-stat.go.jp/SG1/estat/List.do?lid=000001104918
4.まとめとして
本県農業は、果実を中心とした農業生産が展開されている。その生産を支えてきた兼業農家の大幅な減少、農業就業人口の減少、経営耕地面積の減少、農業従事者の高齢化などが進展している。農業生産額の維持、専業農家増、経営耕地規模拡大等の動きがみられるが、本県の農業生産を支えているのは、1haほどの農地において、年間販売額が200万円未満の高齢者層が中心となっている。これらの層が10年、20年後と本県農業を支えていけるのであろうか。TPP参加による影響以前に、本県農業が崩壊に向かうことは間違いない。
言うまでもなく、農業は単なる農業生産物を作り出すものだけにあるのではない。
癒しの空間として都市住民との交流の場になり、豊富な自然環境の維持に貢献している。そのことが本県のイメージにつながり、観光面等においても多大な影響を持っている。
TPP参加により国民、県民の目が農業に向けられている今こそ、それぞれの地域の農業をどのようにしていくのか、丁寧な議論が求められている。
[1] 輸入価格が分岐点価格(524円/kg)を下回れば基準輸入価格(409.90円/kg)との差額を課税される。輸入価格が分岐点価格を超える場合は、4.3%課税される。農林水産省資料:
http://www.maff.go.jp/j/study/yoton_yokei/yoton_h17_1/pdf/data9-1.pdf
[2] ただし、葡萄果汁については、季節により30%ほどの関税があるため、これが撤廃されれば多少の影響があることが想定できる。果汁については、本県葡萄生産量のうちどの程度の量であるのか、また農業所得に占める割合がどの程度かについて明らかにしていないため、詳細についてはわからない。
[3] 当然、稲作農家、畜産農家については影響が大きいことが想定できる。本県の主要な農産物である果実生産における影響が少ないのだからTPPについては問題ないと言っているのではない。例外規定が認められない場合は、何らかの対処が必要である。