“ブラック”とならぬように


毎日新聞No.397【平成25年10月18日発行】

 ブラック企業という言葉が定着している。あらためて言うまでもなく、従業員に過酷で過剰な時間外や休日の労働を強要する体制を持ち、場合によってはその手当等を支給しない企業のことである。先行き不透明な景気も相まって、インターネットネットなどで当然のようにこの単語が使われ、ブラック企業ランキングなども設定され話題になっている。寂しい話である。
  最近、このブラック企業に関連して考えることがある。高齢者の在宅介護のことだ。厚生労働省は「在宅医療・介護の推進」をうたい、高齢者の介護を施設でなく、在宅を中心に行う方針を示している。「住み慣れた地域での暮らし」を基本に地域包括ケアシステムを構築し、病院と施設、地域が連動する仕組みである。実現すれば理想的な形態だが、十分に機能しなければ、急激に増加する高齢者介護の負担を、ただ家庭に押し付けただけという結果になりかねない。

  歴史的にも例がない超高齢化社会を迎えている中では、これまでの「家族だから親の面倒を見るのは当然」という社会通念は、ブラック企業の「社員だから自分を犠牲にして会社のために働くのは当然」という考え方と何ら変わらず、通用しない。当事者は圧倒的な仕事量と長時間の労働を強いられ、身体的にも精神的にも追い詰められて、行き場を失うだけである。
 わが家では同居の父親が2年前に認知症となり、体も不自由になる一方だ。食事の補助、排泄の処理、入浴の介助、そして深夜早朝を問わずに起こる問題行動への対応…。介護保険を活用したデイサービスや訪問介護で昼間の負担は減らせても、つらい深夜の対応は家族がするしかない。なぜ自分がこんな過酷な労働を強いられなければならないのか、疑問を感じるほどだ。
 在宅介護を否定するわけではない。ただ、一刻も早く地域包括ケアシステムなどを実効性のある支援形態として確立させていかなければ、在宅介護は、働き手である家族に大きな負担を与え、社会を破綻させていく恐れがある。

  山梨県の2013年度高齢者福祉基礎調査では、65歳以上の高齢者は22万1823人(高齢化率25・7%)、認知症高齢者は2万3352人(高齢者の10・5%)、在宅寝たきり高齢者は7541人(同3・4%)と、早いペースで増加している。親の在宅介護が必要となり、耐えることのできない肉体的・精神的負担が、一斉に多くの現役世代にのしかかることは避けなければならない。高齢者介護は“ブラック”なものであってはならないからだ。

(山梨総合研究所 主任研究員 河住 圭彦)