Vol.183-1 ICTを活用した新規就農者の支援への期待


山梨県指導農業士 樋口 正治

【現在の経営】

 農業には県の農業大学校を卒業した20歳のころから携わっている。現在58歳だから38年になる。最初は、近くのベテラン農家のところに通って技術習得に励み、それ以来は、自ら試行錯誤の繰り返しである。現在スイートコーンを1ha強、ナス13a、野沢菜80~90a(春・秋併せて)、キウイ等を栽培している。
 また、山梨県青年農業士を経て、現在山梨県指導農業士に委嘱されている中、後継者に育成にも力を入れている。

【スイートコーンの栽培いろいろ】

 私が所属するJA西八代がある甲府盆地内では、温室ハウスやビニールトンネルの中で、早春からスイートコーンを栽培するのが一般的である。甲府盆地では、春先の日照がとても豊富なので、ハウスやトンネルを活用すれば、外気温が低くても、スイートコーンを栽培することが可能である。そういった栽培方法を導入することで、早い時期に収穫でき、高単価で販売することができる。
 ビニールトンネルと書いたが、その中にもいくつか種類がある。①ビニールを2重に張る「二重トンネル栽培」、②ビニールを1重に張る「一重トンネル栽培」、③穴あきのビニール(パンチフィルム)を張る栽培方法があり、さらに①と②には、保温性を高めるために水の入ったビニールチューブを中にいれる「湯たんぽ」と呼ばれる栽培方式がある。
 労力を分散させつつ、切れ目のない収穫を行うために、スイートコーン栽培においては、これらの栽培方法を組み合わせている。
 また、スイートコーン栽培は、春先の霜等で凍害を受けることがあるため、凍害のリスクを分散するという目的もある。

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ビニールトンネルの中で栽培する早春のスイートコーン

【ひどかった今年の凍霜害】

 スイートコーンは、その年の気候によって、凍霜害(※霜や凍結による生育障害)を受けることがよくある。生育が進んでいるときに被害を受けやすい傾向があり、遅い霜によって成長した葉が枯れてしまい、ひどい時には種の蒔き直しをするが、ある程度減収となる。時期によって蒔き直しが間に合わないときには、著しい減収となってしまう。
 今年の3月は温かくて、スイートコーンの生育が進んだ状態であったが、4月に入ってからは激しい寒波が何度か来て、スイートコーンがひどい凍霜害を受けた。私の管理している圃場でも二重トンネルと一重トンネルの一部が、ほぼ全滅状態となった。
 通常の年であれば、日頃からビニールトンネルの換気をこまめに行って、スイートコーンを寒さにならしていくことで凍霜害を受けにくくなるが、今年の凍霜害では、そういったこまめな換気をしていた農家も、していない農家も、ほとんどすべての農家が被害を受けた。
 この地域に新規に入った若い農業者も大きな被害を受けて、ショックを受けていたが、負けずに頑張ってほしい。

【ICT技術導入による新規就農者の支援】

 現在、指導農業士(※県から委嘱された地域の指導的立場にある農業者)であり、県のアグリマスター(※県から委嘱された高度な農業技術を持ち、農業研修生を指導する農業者)として、研修生の指導に当たっている。
 西八代地域は野菜の生産が中心で、特にスイートコーン栽培が盛んである。新規就農希望者もスイートコーンの栽培希望者が多いが、前述したようにスイートコーンは多くの作型を組み合わせてリレーのように栽培する。
 その際にポイントとなるのは、ビニールトンネル栽培での換気の方法である。慣れてしまえば自然に換気できるのだが、新規就農者には最初に難しいようだ。私も最初は、先輩農家の圃場を頻繁に見学させてもらったり、いろいろ話を聞かせてもらったりして覚えた。適正な換気によってある程度凍霜害も防ぐことができる。

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 本来であれば、新規就農者にもそうやって覚えていってほしいが、なかなか習得まで時間もかかることもあるので、何か別の方法がないかと考えていたところ、JA西八代から「ICTを使った農業支援について、富士通と一緒に実験をやるから協力してほしい」との打診があった。平成24年3月のことであった。

 

 正直なところ、最初は「ICT」という言葉の意味も分からず、「なぜ富士通が農業を?」という感想であった。富士通の担当者から話を聞いたところ、ICT(Information and Communication Technology)とは、IT(Information Technology)とほぼ同義で、近年ではITに代わって用いられる言葉とのことである。実験は、富士通の持つICT技術を使って、「ベテラン農家のスイートコーンの換気の仕方をデータ化して、新規就農者に提供する」というもので、実用化すれば新規就農者が早期に技術習得できるという趣旨に賛同して、この実験に協力することとになった。

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 私のスイートコーン圃場の一か所に温湿度センサーやカメラを設置して、ビニールトンネルの開閉条件やトンネル内の温湿度がどのように推移しているのかを把握することとなった。データの解析については、山梨県総合農業技術センターの野菜専門科が受け持つこととなった。
 これまで2年に及ぶ実験を行ってきたが、明らかになってきたことがある。

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 新規就農者の管理の場合、換気が間に合わなかったりして、ビニールトンネル内の温度は、前頁図1のように推移する。日照条件によっては50度を超えてしまうことが多々あったようだ。
 それに対して、(少しおこがましいが)私のように栽培経験をある程度有する農業者が管理した場合は、ほとんどの場合、前頁図2のようになるとのことで、最高温度は45度以下に抑えられているとのことであった。
 甘々娘は普通のスイートコーンよりも高温で管理するように心がけてきたが、このようにデータで示されるととても分かりやすいと感じる。
 今後、新規就農者が使いやすい形にしていくことができれば、新規就農者の技術習得に役立ち、凍霜害のリスクを回避しつつ、高品質のスイートコーンを生産できるだろう。
 実は、実験の途中で、テレビ東京の番組:WBS(ワールドビジネスサテライト)が取材に来て驚いたことがあるが、こうした取り組みはまだ全国的にも事例がないのだろう。うまくいってほしい。

【後継者と今後のスイートコーン】

 現在、西八代地区で栽培するスイートコーンは、主に「甘々娘」という品種である。これまでの品種の推移をみると数年で品種が切り替わってきているが、甘々娘は食味が非常によく、市場からの評価が高いことから、10年近く前から今も高単価で取引されている。
 甘々娘は食味がいい半面、栽培が難しいため、高品質な甘々娘を栽培するには土づくりから肥培管理まで、総合的に高い栽培技術を要する。これまで、農家やJAや県の普及センターが一体となってそうした栽培技術を磨いてきた。
 西八代地区には、いろいろな新規就農者が入ってきている。我が家のように、息子が後継者として入っている事例や、他産業から参入した方や、県の農業協力隊という制度を経てから就農した方もいる。
 中には新規就農の方同士で結婚した事例もあり、今後もいろいろな方が就農することで、当地区は益々にぎやかになっていくだろう。
 これらの新規就農者に、私たちの培ってきた栽培技術を伝承していきたい。そして、これからも高品質なスイートコーンを生産していってほしいと思っている。

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当地区で生産される甘々娘