Vol.184-1 在来作物普及事業について
NPO法人都留環境フォーラム
代表理事 加藤 大吾
地域の売店で時々目にする、スーパーに並ばない作物たちを次の世代に引き継いでいこう。我々のNPOでは、こういった試みを山梨県都留市において2012年3月からスタートさせています。
まだ、産まれたばかりの事業ですが、事業概要から今後の展開までをご紹介します。
【在来作物普及事業 事業概要】
- 在来作物栽培生産
- 130aの農園を運営
- 栽培方法は、無農薬、無化学肥料で、主な栽培品種は在来種、固定種
- 農薬や肥料に依存しない作物と種子、苗の生産
- 在来作物調査
- 農家の方への直接取材、各地域で作り続けられている在来作物を調査
- 作物に関わる様々な文化(食文化・栽培方法など)を調査
- 種子を確保し、保護、普及
- WEBショップ無農薬種苗
- 通販サイト「無農薬種苗」を運用
- 種苗販売に関する受注、梱包、発送など、一貫した仕組みを確立
- 在来作物加工品
- 農園で栽培した原料を味噌、乾麺、餅などの加工品開発
- 無農薬無肥料で栽培した原材料を使用するなど、付加価値を高めた製品を開発
- 在来作物展
- 首都圏の都市部において在来作物の常設展示と情報発信
- 生産物などの即売会も同時に実施
- TEFの拠点を会場として、在来作物調査の報告と在来作物の展示
都留環境フォーラムで扱う在来品種の種子
【活動を本格的に始動した3つの理由】
- 農的な暮らしからの直感
代表理事加藤大吾の取り組みにより、4年前からその他の作物も同様でした。
生物多様性の視点を取り入れたこれからの農業の普及を考える上で、これらの事実を広く周知する必要があります。またこの周知は、恐れや回避などのネガティブな選択ではなく、“おいしい”や“楽しい”、“かっこいい”、そして“どういった暮らし方をしたいか”といったポジティブな選択によって、本来の人間の暮らしを豊かにすることが重要だと感じています。
- 絶滅する作物
店頭に並ぶ野菜のほとんどが一代交配種で、種苗会社の思惑(肥料・農薬を必要、見栄えと輸送コスト優先)に基づいて交配されたものばかりで、味や安全・安心・種の保全という視点は二の次になっています。気がつけば、農薬、肥料を毎年購入しなければいけないという事実もあります。
予備調査の結果、在来作物は数を大幅に減らし、残っている僅かな品種も絶滅の危機に瀕している状態であることがわかりました。さらに、在来作物とともに、食や習慣といった地域独自の文化も同じように消え去ろうとしていることも見えてきました。
- 経済に飲み込まれる食文化
事業実施にあたって山形県に視察に伺った際には、在来品種の藤沢カブ最後の栽培者にお会いしました。残念なことに、「俺が作らなくなったら、カブも焼き畑も漬け物もおしまいだ」と、おっしゃっていました。耕作面積の小さい山間部の農家は経済的に成り立たないという現状から、栽培を継続できず絶滅を待つしかない。といった状況を目の当たりにしました。
このような状況は、山梨県での予備調査でも全く同じ状況でした。つまり、在来作物とそれにまつわる食文化、暮らしが全国的に消滅しようとしているのです。
そこで私たちは、在来作物の経済性を向上すべきだと考えました。実際の暮らしを支える収入源とすることで在来作物の存続を支え、それらの文化を保護、普及することになります。
【地域に還元できること】
この事業展開において大切にしていることとして、「地域に何をもたらすことができるか?」があります。在来作物の普及事業においては“耕作放棄地解消”や“人口増加への貢献”が挙げられますが、本質的に捉えているのは“中山間地農業経営モデルの確立”です。
都留市では一枚あたりの圃場が小さいこと、地形が入り組んでいることから、これまでは農業経営は難しいと思われてきました。その環境を逆手に取り、種子の交雑を防ぐ地形として利用し、種苗生産農家として在来作物の種を主軸商品として確立することができます。
また、無農薬・無化学肥料で栽培した在来作物を使用した付加価値の高い加工品(在来大豆味噌、全粒粉乾麺、玄米餅など)を開発していきます。
このように、中山間地ならではの新たな農業経営モデルを示すことが地域を振興することにつながると考えています。
上記の農業経営モデルを活用することで、地域への新規就農を実現させていくことができます。これが、この事業が地元に還元できる最大のポイントとなります。
【在来作物普及事業の目的】
- 今、ある遺伝子資源を次世代に残す
- 強い種を普及する
大きくこの2つが本事業の目的です。
生物多様性の損失を食い止めようと国際的な活動が盛んになっていることもあって、野生動物が絶滅の危機に瀕すると相当な報道がなされ、共感し行動に移す人も少なくありません。しかし、その隣で育てられている農産物を取り巻く多様性はどうか? その作物の品種、遺伝子の多様性は、広大な圃場の生態系の多様性はどうか? 単一的作物を広大な土地で育てている風景は日本でもおなじみになっています。
それと同時に、山間部などに残された、この地域、この家族によって限定的に受け継がれ続けている作物が高齢化や経済的な理由によって絶滅の危機に瀕しています。しかし、報道される機会は圧倒的に少なく人の目に触れる機会はほとんどないという現実があります。
動物と植物という違いはありますが、もう二度と戻らないものであることは共通しています。この遺伝子資源を未来の子どもたちへきちんと受け継いでいくことが大切なのだと確信しています。
強い種とは何か? 私たちが言う強い種とは、人の手と自然環境に鍛えられた種のことです。
前提として、無農薬で自給できる有機肥料を少量(必要分)使用して栽培するということがあります。実際の私の体験として、地域の方々には在来大豆の無農薬・無肥料栽培では不可能と言われました。その通り、2年連続反収20kgの不作。しかし、種子は土地や気候に順応し、3年目以降は反収100kgを超えました。
このように、無農薬・無肥料栽培が作物の遺伝子を鍛え、その土地にあっていくことが間違いないと確信しました。つまり、その地域の自然環境に合わない遺伝子を淘汰させるのです。これに、私たちの外見や味などの好き好みや栽培の癖(私の場合は雑草を生やしてしまう)が加えられ選抜されるのです。この2つに鍛えられて徐々に強い種となっていくのです。今、私が育てている大豆は労働対収穫が高い。7月初旬に種をまき、雑草をろくに取らずに11月初旬に収穫し、反収120kgを達成しています。結果的に雑草に打ち勝つ遺伝子を選抜していると私は考えています。
無農薬・無肥料で栽培した大豆 大豆と雑草が混在する圃場
【これらの体感的結果は何を伝えているのか?】
食料自給率が40%を割り込み、日本の農業の再建は必須になっていますが、現実を見ると農業に必要な種や肥料は輸入品に依存していることに気がつきます。日本の食を任されている農家が依存している状況に不安が残ります。一方で無農薬・無化学肥料栽培は種も肥料も購入せずに、持続の可能性を僅かに見ることができます。生態系は気の遠くなるような時間をかけてその地域の環境にあわせて最も生産性の高い状態を作っています。そもそもの生態系の仕組みを充分に理解し、利用することが、自立した農業にとって本当の効率化を図れるのだと思うのです。
これを支えるのは、消費者の購買意識です。当たり前だけれど、食べ物に対してどのような視点に立つか?によって購入する物が変わります。その結果、農家の方向性を大きく左右します。どのような思いや姿勢で、どのような栽培方法で、といったモノの裏側にある情報を判断基準としてきちんともつことが、直接的に農家の目指す方向性も変えていくのだろうと思います。
【「めぐるカフェ」 〜循環する暮らしぶり〜】
今後の私たちの活動は、いままでの活動の継続は勿論ですが、それら生産物の加工を行い。無農薬有機栽培の味噌、乾麺、餅などの加工品を販売します。しかも、生産者自らが加工します。生態系が創り出す本当の美味さを自ら消費者にお届けし、全行程において顔が見えることで消費者の意識を喚起しようという試みです。
また、これらの栽培現場でのイベントを年間15回実施する予定です。今までは、田植えや稲刈りだけをイベントとして実施してきましたが、それでは本当のお米や田んぼの価値が伝わらないと判断し、種まきから口に入るまで行程に触れ、田起こしや草取りといった厳しい農作業を本格的に味わってもらおうと考えています。
めぐるカフェ」で提供する予定の食事 農業体験には海外(パプワニューギニア)からのお客様もいらっしゃいました
更に里山に受け継がれてきた農耕文化を継承していくことを目的とした「めぐるカフェ」を開設する予定です。数十年前までは全てが生態系という循環の中で成立してきたという事実があります。その循環する文化を農的な暮らしの中で表現し、都市住民と里山住民の交流をおこします。
まずは、古い民家の復活と馬の飼育に取りかかり、農耕馬技術を身につけます。お米だけでなく、藁を餌として利用し、堆肥を作り、作物を育てる。それらが生態系をより活発に力強くさせる。そういったその場にあるものを生かすことで循環を生み出す。このように全てが“めぐる”文化を継承した農的暮らしぶりを表現していきます。
当NPOは、このように地に足着いたところから種、文化、生態系などの循環する暮らしぶりを発信し続けていきます。